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その日の夜。入学式を終え、新しく出来た友人達と別れ家に帰ってきた八ッ橋の頭の中には、赤福が叫んだ『サーターアンダギー』という言葉がリフレインしていた。
「一体サーターアンダギーとは何なのかしら? ちょっと調べてみましょう」
八ッ橋は自分専用のデスクトップ端末でサーターアンダギーという言葉を検索した。
次の日、自分より遅れて登校してきた八ッ橋を見つけた赤福は元気に挨拶をする。
「おはよー!」
「赤福さん、今日の放課後は時間がありまして?」
挨拶を返しもせずに予定を聞く八ッ橋の目は、妙な輝きを放っていた。
「えっ、今日? ……うん、大丈夫だけど」
「サーターアンダギーを買いに行きましょう!」
突然の言葉に理解が追い付かず、ぽかんと口を開けて八ッ橋を見る赤福。彼女にとって『サーターアンダギー』とは目の前にいる少女に瓜二つの夢の中に出てきた人物だ。買いに行くとはどういう事なのか?
「いいよ、どこに行くの?」
数秒の間をおいて、笑顔になる赤福。出来たばかりの友達と一緒に遊びに行く事になるのが嬉しかったのだ。それに謎のサーターアンダギーについて自分も興味がある。
「うふふ、聖護院モールですわ」
説明しよう! 聖護院モールとは八ッ橋の親が出資して作られた、巨大なショッピングモールである。具体的には東京ドーム十個分(※約47,000㎡)ぐらいの広さがある、無駄に広大なスペースを持つ一大商業施設なのだ。立地としては私立すあま女学院から約500m程しか離れておらず、学院の関係者も頻繁に利用しているのである。
「おお、それだ! なんか聞いた事あると思ったら、八ッ橋の苗字と一緒じゃん!」
聖護院モールは国内でも最大の広さを持つショッピングモールなので、有名な観光地にもなっているのだ。赤福も何度か家族で訪れた事があった。
「お父様がお金を出して出来た場所ですからね」
とんでもない金持ちである。赤福は八ッ橋の父親とはどんな人物なのか気になった。
「すごーい! 見た目通りのお嬢様だね」
「大した事ではありませんわ」
特に自慢するような事でもないと言いたげに首を振る八ッ橋だった。
放課後。二人は早速バスに乗って目的の場所へと向かう。モールは広いので徒歩での移動は無謀だ。
「様々なお菓子を売っているお店があるのですわ」
お菓子と聞いて目を輝かせる赤福。お小遣いは足りるかな? と目的が何だったかも忘れて楽しい買い物に思いを馳せる。
「着きましたわ!」
バスを降りると、甘い香りが二人の鼻腔をくすぐる。小腹が空いていた事もあり、赤福の口の中が唾液で満たされた。
「美味しそうな匂い! 何あれ?」
店先で大きな鍋に満たされた油に浮いている茶色い物体を指差す。匂いはそこから香ってくるのだ。揚がったらしいその物体を店の人が大きな網ですくっている。
「ああ、なんて素敵なお洋服!」
「洋服?」
茶色い丸を食い入るように見つめる八ッ橋の様子から、恐らく揚げ物の衣の事だろうと推測する赤福。お嬢様の美的感覚は分からないなーと思いつつ、キョロキョロとお菓子を物色していく。そこに運命的な出会いが待っているとも知らずに……。
最初は、ただの袋詰めビスケットだと思った。
だが、何か違和感がある。何だろう、とても異質な存在感を放っているそれ。赤福が目にした袋には、『金楚糕』と書かれていた。
「なんて読むんだろう、きん……?」
袋を手に取り、ぐるぐると回してみる。案の定、小さく読み仮名が書いてあった。
『ちんすこう』
赤福は雷に打たれたような衝撃を受けた。これこそが自分の探し求めていたお菓子だったのだ!
夢の中で、確かに赤福はちんすこうと呼ばれていた。八ッ橋はサーターアンダギーを探しに来たと言う。間違いない、あの夢はこの出会いを予知していたのだ!
「これください!」
迷いはなかった。
「サーターアンダギーを手に入れましたわ! ……あら?」
満面の笑みで二つの茶色い丸を持ってきた八ッ橋は、赤福が購入したちんすこうを見て首を傾げた。
「ちんすこうだよ!」
「??」
それがどうしたと言わんばかりの八ッ橋。だが、赤福は運命の出会いに感動し、浮かれていた。すぐ後ろに大人の男性がいる事にも気付かず、袋を大きく頭上に掲げたのだ。
「ちんすこうを手に入れた! ごまだれ~♪」
「こらっ、店の中で騒いではいかん! お前達、すあま女学院の生徒だな?」
後ろにいたいかついおじさんは、なんと生活指導教諭の【仙台 萩乃月】だった。
「その手に持っているのはサーターアンダギーか……こ、これはちんすこう!? けしからん!」
没収はされなかったが、二人は生活指導室へ連行され、一週間の放課後買い物禁止を言い渡されたのだった。
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