更に翌日、黄昏北部の平原にパーカー率いる『血塗られた戦旗』の傭兵団凡そ百名が集結していた。
多数の馬車と馬を用意し、皆がボルトアクションライフルを装備。
更に馬に牽かせた大砲や機関銃も複数見受けられた。
これらの装備は『ターラン商会』や『闇鴉』、『カイザーバンク』からの資金援助により手に入れたものである。
彼らは傭兵らしくこれらの装備の取り扱いに関しても、日々訓練を怠らず仕事に備えていた。
「こうしてみると壮観なもんだな」
「今回の雇い主は随分と羽振りが良いみたいじゃねぇか。大砲まで用意してる組織なんて『会合』クラスじゃねぇか?」
皆を眺めるパーカーの隣には、長年相棒を勤めてきた大男のレッグが居た。
「だな、俺達もデカくなったもんだ」
「けどよ、新参相手にするのは大袈裟じゃねぇか?パーカー。これじゃまるで軍隊を相手にするようなもんだ」
「油断大敵って奴だよ、レッグ。『暁』は『エルダス・ファミリー』をぶっ潰したんだぞ」
「おいおい、数だけ多いゴロツキ集団と俺達じゃ訳が違うぜ?」
「それでもだ。リューガの奴は軍隊を相手にするつもりでやれって言いやがった。アイツは臆病な野郎だが、だからこそ相手を良く見てる」
「そんなもんかねぇ」
「町の回りには陣地みたいなもんがあるそうだ。まっ、忠告通りにやろうや。今回は秘密兵器もあるしな」
「ああ、あれか」
二人は振り向いて、鉄板を張り巡らせた馬車に視線を向ける。
「馬車に鉄板を仕込むなんて、誰が考えたんだ?パーカー」
「さぁな、使い物になりゃそれで良い。少なくともこいつなら銃弾を防げるだろ。難点は重くなって動きが鈍いくらいだな」
「さしずめ戦車だな、こいつは戦車だな」
「戦車か。良い名前だな」
黄昏の北部に『血塗られた戦旗』の部隊が展開していることは、周辺を索敵していた『猟兵』のエルフ達が察知。直ぐ様警報が発せられた。
リナは直ぐ様詳細を観察するように指示を飛ばし、自らも現地に移動する。
一方警告が発令された黄昏の町は騒然となった。街道を行き交う人々のために警備員の数を増やすと共に北部陣地に主力を配置。周辺警戒を行いつつ襲撃に備えていた。
「急げーっ!少しでも陣地を強化するのだ!奴らは手強いぞ!」
『暁』戦闘部隊を率いるマクベスは自ら黄昏北部陣地に着任。各方面に警戒の為の戦力を残しつつ、残存戦力の主力を率いて北部陣地の強化を急がせた。
砲兵隊、戦車隊も北部陣地へ移動。改良を済ませた機関銃部隊も大半を北部陣地に配置して決戦に備えた。
警報を受けたシャーリィもまた動きを見せる。
「攻撃は間近です。これより私はセレスティンとエレノアさん達海賊衆を伴って北部陣地へ向かいます。ただし、黄昏をもぬけの殻のするわけにはいきません。よって、ドルマンさん達とリナさん率いる『猟兵』の半分を黄昏警備に残します」
「俺達はどうする?お嬢の護衛をするつもりなんだが」
「シスター、ベル、ルイはもちろん連れていきます」
「おう」
「むしろ貴女はここに居なさい、シャーリィ」
「お断りします、シスター。お気持ちは嬉しいのですが、ここが正念場ですから」
シャーリィの言葉に、カテリナは深々と溜め息を吐く。
「舌の根の乾かぬうち……仕方ありませんね。貴女の無鉄砲を叱るべきか、貴女を駆り出さねばならない状況を嘆くべきか」
「いつか平和になったら幾らでも口を聞きますよ、シスター。そうですね、私の子供に話してください」
シャーリィの思いがけない言葉にカテリナは目を見開く。そして、穏やかな表情となる。
「そうですね、貴女の子供が生まれたらたっぷりと教えることにしましょうか」
「子供って、シャーリィお前……」
頬を赤らめるルイスにシャーリィは視線を移す。
「まだ先の話ですよ、ルイ。貴方にも覚えてもらうことが山ほどありますからね」
「おっ、おう」
シャーリィの流し目に何故か背筋を伸ばすルイス。そんな二人を見ながら、ベルモンドも笑みを浮かべる。
「あんなに小さかったお嬢がもう子供を産める歳になったのかぁ、早いもんだ。今から楽しみだな。どんなお転婆が産まれるか」
「男の子かもしれませんよ?ベル。答えを知りたければ、皆長生きしてくださいね」
「お嬢様のお子さまでございますか。爺もまだまだ長生きをせねばなりませぬな」
何処か嬉しそうに目を細めるセレスティン。
「まだまだ楽隠居をさせてあげられませんが、その代わり産まれたらセレスティンが一番に抱いてくださいね」
「勿体無いお言葉でございます、お嬢様」
シャーリィの言葉にセレスティンは僅かに涙をにじませ、深々と一礼する。
幼かったシャーリィの口からでた自分の子供の話。時の流れを感じながら、そんな未来に想いを馳せ幹部連は出撃する。
黄昏北部陣地。ここに警備のための人員を残して残存戦力を結集させたが、それでも総勢は百名に満たなかった。
「馬車が多いですな」
シャーリィは塹壕陣地でマクベスと一緒に双眼鏡を片手に『血塗られた戦旗』の部隊を観察していた。
傍らにはベルモンドが待機しており、カテリナ、エレノア、ルイス、セレスティンは既に幾重にも張り巡らされた塹壕内で待機している。
「人数も多いですね。それにあれは……大砲ですか」
シャーリィは双眼鏡で観察しながら、大砲の存在を確認する。
「八門ですか。見たところ旧式でありますが、数では此方のQF4.5インチ榴弾砲を越えますな。それに、此方は放談が少ない」
『暁』砲兵隊が装備するQF4.5インチ榴弾砲は四門。更に先のスタンピードで大量の砲弾を消費したため使用できる砲弾も決して多くはない。
「撃ち合いになれば不利ですか?」
「射程距離は此方が勝っていると思われますが、大砲を馬に牽かせているならば接近されるのも時間の問題。敵兵は全て馬に乗っておりますからな、機動力も高い。これは厄介な相手です。鉄条網を撤去したのが下策でした」
完全に破壊された南部陣地の強化を最優先にしたため、シェルドハーフェンのある方角で比較的安全な北部陣地から鉄条網を撤去して南部陣地へ移していた。
武器弾薬の生産を最優先にしたため、新しい鉄条網の製造は間に合わなかった。
「圧倒的に不利ですね。装備の質に開きはなく、練度は彼方が上。となれば、各員の奮励努力に期待するしかありませんね」
「はい、我々に作戦を選ぶ余裕はありませぬ。戦車の働きに期待するしかありませんな」
「戦車隊の準備は?」
「手筈通りに。しかし、宜しいのですか?あれを防衛に使えば或いは……」
『暁』の保有する戦車は陣地内に見当たらない。
「レイミ曰く戦車の強みはその機動力にあると。私は妹の言葉を信じるだけです。合図は任せますよ」
「はっ!その為にも真正面から激突せねばなりませんな」
「だから私はここに居るんですよ。敵を惹き付けます。私の首を取れば、大戦果ですからね」
自らの存在を明らかにしながら、シャーリィは『暁』の命運を掛けての戦いへと身を投じる。
レイミの言う防衛戦に於ける戦車の有効活用を信じて。
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