テラーノベル
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アメ日
◇戦争賛美,政治的意図はございません
うなるサイレンの音は,遠い昔に聞いたあの音に似ていた。
脳天まで響く轟音,降りしきる爆弾の雨,逃げ惑う人々…。
忘れてはならない,けれど何よりも忘れたくて仕方の無い苦々しい記憶が,僕の頭の中でこだまする。
遠くで誰かが呼ぶ。
ああ,呼ばないで。呼ばないで。あなたの声は,あいつに似ている。
今はあなたの声を,聞きたくない……………
ぴ,ぴ,ぴと規則的な電子音がした。ぼやけた意識は一時的に覚醒し,その音の正体を確かめようと,神経へと信号を下す。ぎこちなく動いた僕の腕がその正体を確かめる前に___誰かの手に捕まえられた。
誰だ。
鉛のように思い瞼を開いてみると,そこには見慣れた顔があった。
「日本…良かった…」
アメリカさん。
「日本,お前ずっと寝てたんだぞ…」
僕の手を愛おしそうに握った彼は,涙ぐんでそう言った。
寝ていたって,どれぐらいだろう。ずっとって言っているんだし,一週間…あるいは一ヶ月?それ以上に寝ていたのかもしれない。
「…ぁ………」
アメリカさん。
彼を安心させようと,名前を呼ぼうとしたのに,僕の口はまともに動かなかった。どうやら,想像以上にこの身体はダメージを負っているらしい。
「日本,無理に話さなくていい。起きたばっかりだし,色々と辛いだろ。」
僕が何か話そうとしていたのに気付いてか,彼はそう言ってくれた。そのままゆっくり僕の腕を寝かせて,布団を掛け直してくれた。
…優しい。
胸の中にじわじわ広がっていく暖かい感情を,何と表せばいいだろう。言葉にできないこの感情を伝えるなら,起き上がって彼を抱き締めたい。そうすれば,言葉にはできなくても,きっと伝えられる。けれど,今の身体では叶わない。
焦がれるような,もどかしい思いで,再び腕を動かす。今度は,彼に向かって。
アメリカさんは何も言わず,僕の手を包み込んだ。
アメリカさんの体温……
ほっとするような温かさに,自然と顔が綻んでいく。
その熱に浮かされた僕の意識は,再び途切れてしまった。
次に目を覚ました時,アメリカさんは居なかった。
それもそのはず,日時を確認すると,今日は平日の真っ昼間だったから。しかしそれ以上に僕を落ち込ませたのは,おそらくあのサイレンを聞いたであろう日から,数週間は経っていたこと。正確な日時なんて覚えちゃいないけど,とんでもない間眠りこけていたことは確かだ。
アメリカさんは,仕事かな。
僕の感覚ではついさっきことの様に感じる,意識が途切れる前のこと。そのとき見たアメリカさんは,どこまでも優しくて,あたたかかった。
恋人を放って,仕事ですか!
思わずそう言いたくなったが,仕方がない。いつまでもつきっきりなんて無理に決まってるし,彼には彼の生活がある。
それでも,少しでも長く僕の側に居てくれたらな…。そんな,ずるいことを考える自分に,少し嫌気が差した。
…ずるいと言えば。
サイレンを聞いたあの時,僕は何だか…とっても,ずるいことを考えていた気がする。
必死に思い出そうとするが,いくら考えても思考は同じ場所を行き来するばかりで,しまいにはかすかな頭痛すら覚えた。
仕方無く考えることを辞めた僕は,おそらく病院だろう,看護師さんを待つことにした。
病室の扉が開く音がした。スリッパの音がして,誰かがカーテンを開く。
看護師さんだ。
「日本さん!起きてたなら,ナースコールしてくだされば良かったのに!」
そういえば,ナースコールもあったのか。
「すみません,気を付けます」
「ああ,ごめんなさい!責めている訳じゃないんですよ,日本さんの恋人さんが,とっても心配してらっしゃったので。次に目が覚めたら,すぐ行くっておっしゃってましたよ」
「あはは,そうだったんですか」
アメリカさんはそんなことを言ってたのか。
つまり,もうすぐ来てくれるのかな。
またアメリカさんに会えると分かり,舞い上がったが,早速今後の説明やら検査があるようで,再び肩を落としたのだった。
「日本!」
病室の扉が勢い良く開き,アメリカさんが飛び込んで来た。
「アメリカさん…他の患者さんもいらっしゃるので静かにしてください…!」
「えっ!?あ,あぁ,悪い…」
息も切れ切れにそう言う彼。きっと,病室まで急いで来てくれたんだろう。
「て言うか,日本,もう起きて大丈夫なのか!?話せるのか!?無理してないか!?」
「落ち着いてください。随分長い間寝てましたからね,もう起き上がれるぐらいには。」
一気にまくし立てる彼に,丁寧に返事をする。
実を言うと,大分筋肉が衰えていて,起き上がるのもかなり辛い。けど,せっかくアメリカさんが来てくれたんだし,起き上がるぐらいはしたい。
「さっき,看護師さんから色々説明を受けました。…三週間,寝込んでたんですってね。随分長い間寝てしまいましたね」
「…日本,寝込むのは悪いことじゃないからな。」
「…大丈夫ですよ,ありがとうございます。」
アメリカさんは気を遣って,優しい言葉をかけてくれる。けれど,事の重大さは自分が一番理解している。
「これから色々検査をして,問題がなければ,リハビリを受けられるそうです。まぁ,そのリハビリにかなり時間がかかりそうなんですが…。」
「…そっか,リハビリ受けられるといいな。きつかったら,無理するなよ!」
「ありがとうございます,アメリカさん」
意識が途切れる前は呼べなかった彼の名前。今は,呼ぶことができる。
口を,動かして,筋肉を動かして…
「アメリカさん,もっと寄ってください」
やけに距離をとっている彼に言う。
「どうしたんだ?」
彼はゆっくり近付いて来て,僕が座っているベッドの真横に立った。仕事から抜け出して来たんだろう,スーツ姿のままだ。
腕を伸ばして,彼の腰に手を回す。そのまま,今出せる精一杯の力で彼を抱き寄せ,頭を預けた。
…あたたかい。
「…日本?」
あたたかい。
「どうしたんだよ…珍しいじゃん,日本から抱き付いてくるなんて」
彼の声は,僅かに震えていた。
「…アメリカさん,僕,いつだったか分かりませんけど…一度,目を覚ましましたよね。そのとき思ったんです,アメリカさんを抱き締めたいって。アメリカさんが手を握ってくれたから,ぽかぽかして,とっても,とっても…!嬉しかったんですよ!」
上手く言語化ができなかったが,精一杯の説明をした。
「…あのさ」
やけに静かになった彼の顔を見上げると,その目には大粒の涙がたまっていた。
アメリカさんが僕を見下ろし,僕はアメリカさんを見上げている。当然,その涙はぽろりと溢れて,僕の頬を濡らした。
「日本,二週間ぐらい寝込んでさ…医者には,昏睡状態ですねって言われたんだ…」
押し込めたような声で,彼は話し始めた。
「だって,それって…もう,目覚めないかもしれないって事だろ?そんなの,無いだろ…。」
「でもさ,日本が目覚めたからさ,凄く安心したんだ…。あのときは,手を握ってやるぐらいしか出来なかったけど…本当は,抱き締めたかった」
そう言って彼は,僕の肩に手を回した。その腕は震えていて,ああ彼は怖かったのだと気付かされた。
「お前さ,触れたら壊れそうなんだぜ!前も痩せてたのに,更に痩せちゃってさ…。骨折なんかもしてるし,怖くて…怖くて,触れられなかった…」
スカイブルーの瞳がきらめく。潤んで,あやふやになった輪郭から,涙が溢れ落ちる……
「…本当に,生きてて良かった…」
生きてて良かった…。
何だか,久しぶりに聞いた言葉だ。
「…アメリカさん,心配かけてごめんなさい…」
子供のように涙を流す彼の身体に頬を寄せ,少しでも僕の体温が伝わるといいと願った。ああ,ずっとこのままでもいい。
病室の中の時間がやけにゆっくりと流れていく。それでいて,瞬きをする間のような短さだ。気付けば,面会時間はとっくに過ぎていた。
「アメリカさん,もう面会時間はおしまいですよ」
「…やだ」
駄々をこねるアメリカさんを何とか引き剥がし,早く戻るよう促す。できることなら僕だって,一秒でも長くこうしていたい!
「…リハビリの許可が下りたら伝えます。きっともうすぐ帰れますから,それまで待ってて下さい」
「…分かった」
そう伝えると,彼はしぶしぶ僕の肩に回した腕を話した。その温もりが離れてしまったことに,少し寂しさを感じる。
アメリカさんは名残惜しそうに目を細めると,僕の頬に小さくキスを落とした。
「また会いに来るからな!」
そう残して,病室を後にした。
…頬から熱が引かない。
さすし
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読み終えました。第1話からすごく繊細な空気感が漂っていて、惹き込まれました。アメリカさんが「生きてて良かった」と涙をこぼす場面、胸がぎゅっとなりましたね…。昏睡状態の間、ずっと怖かったんだろうなと思うと、抱き締めてあげたくなりました。日本くんの「ずるいことを考えていた」という記憶も気になります。続きが楽しみです!