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2人がそれぞれ最後の射精を終えて、グッタリとベッドへ倒れ込む。千紘が仰向けに寝転がると、凪は目を瞑って呼吸を整えていた。
腕を差し出したからといって凪の方から頭を預けてくれることはない。そんなふうに甘えてくれたら両手を振り回して喜ぶのに。そう千紘が思ったところでそれは願望に過ぎない。
けれど、自分が甘えてみる分にはいいかもしれない。今まで付き合った男性は、皆自ら甘えてくるタイプだったから、千紘の方から甘えることはほとんどなかった。
支えるのはいつも自分の役目で、頼られることの方が多い。凪のことだってもっと甘えて欲しいし、頼って欲しいとは思うが凪が相手なら自分の方が甘えてみるのも悪くないと思えた。
千紘はそっと凪の腕と胸の間に頭を預けた。凪の顎先が下を向くのがわかった。一瞬視線を感じたが、特に声をかけられることなく振り払われることもなかった。
代わりに掌が千紘の頭を撫でた。
凪は心の中でヤベ……と呟く。ついいつも甘えてくる客にするように頭を撫でてしまったのだ。これも職業病だ。なんたって千紘の頭は女性と同じくらい小さかった。
自分の腕にフィットする大きさが、自然とそうさせたのだ。
しかしそんなことなど思ってもみない千紘は、めいっぱい目を開いて凪の手の感覚を感じた。神経を研ぎ澄ませて、頭を撫でられている皮膚の呼吸まで堪能した。
うわ、なにこれ……。腕枕ってこんなに心地良いの? 俺、いつもする側だったから知らなかった……。こんなに気持ちいいものだって知ってたら、もっと早くしてもらえばよかった。って言っても、凪じゃなかったらしてもらおうなんて思わなかったかもなぁ……。
そんなことを考える千紘は、幸せな時間を味わうように目を閉じた。誰かを甘やかすばかりで甘えることなんてできなかった自分が、ようやく寄りかかれる場所を見つけた気がした。
「お前、重い」
凪がそう言ってようやく千紘は頭をどかした。しかし、凪に腕枕されてから既に30分以上は経っていた。その間、凪は頭を撫でることはしなかったが、掌を千紘の頭においたままそっとしておいてやった。
「居心地よかった」
「あっそ」
「交代しようか?」
「いい」
「じゃあ、次回」
「……気が向いたら」
絶対にヤダ。そう言われると思っていた千紘はまたもや驚かされるはめになった。なんだか前回までとは違う気がした。
自宅に入れる前とも違う気もした。確かにアダルトグッズを見せてからかった時には本気で怯えて怒っていたはずなのに、あれから凪の中で何が変わったのか千紘には想像もつかなかった。
けれど、理由などどうだってよかった。ほんの少しずつでも凪が自分を受け入れようとしてくれている気がしたのだ。その些細な変化を感じられただけで十分だった。
「お前、明日も仕事じゃないの?」
「仕事だよ。凪もでしょ?」
「俺はまぁ、11時からだから帰って十分寝れるし」
「……泊まってく?」
「泊まんねぇよ。仕事だろ」
「ん……。凪ならいつまで居てくれてもいいんだけど」
「俺も仕事なんだってば。帰るよ、そろそろ」
「残念」
穏やかに会話をして、凪は上半身を起こした。散乱したティッシュペーパーと濡れたシーツ。それを目にして凪は顔をしかめた。
「すげぇな……」
「ね。片付けておくからいいよ」
「部屋、思ったより綺麗でビックリした」
凪は率直な感想を述べた。もっと汚いと思っていたのに。清潔感たっぷりの男に似合う美しい部屋だった。なんとなくそれを伝えてやりたいと凪は思った。
「思ったよりってなに。俺、けっこう綺麗好きだよ」
「そうみたいだな。でも生活感なさすぎて自炊なんてしないだろうなって思う」
「んー、作れないこともないんだけどね。料理してる時間がもったいないっていうか。その時間あったらカットの練習できるし」
「料理できんのも意外」
思っていた人物像とはだいぶ違うようだと凪は目を丸くさせた。出会って数ヶ月、何度か体を重ねてみても、知らないことの方がが多い。お互いに深い話をしないから、ふとした瞬間に知ることになるのだ。
「凪は料理しそうだね」
「今はあんまり。セラピストやる前は金もなかったから自炊してたけど」
「お金に余裕出てきて金銭感覚狂った?」
「いや、そんなことないと思う。ただ、まあ自炊はしなくなったな」
「じゃあ、凪と一緒に住んだら俺が作るね」
にっこり笑う千紘に対し、凪はあからさまに嫌そうな顔をした。それから立ち上がって服を纏う。腰から下半身にかけて重くて鈍い痛みが走った。しかし、腹の中ではキュンと何かが疼き、凪は浅く息をついた。
エントランスを出て外の空気を吸う。外への一歩は凪が先に踏んだ。
「ほんとに送ってかなくていいの?」
千紘が心配そうに尋ねた。夜はかなり更け込んで、辺りも暗い。
「大丈夫だって。女じゃねぇんだから。誰も襲ったりしねぇよ」
お前の方が女みたいな顔してるくせに。凪は心の中で悪態をつくが口に出すことはなかった。
「心配だよ。凪は可愛いから」
「そう言うの、マジでお前だけだからな」
「凪の魅力に気付くのが女だけでよかった。いや、女の子も許せないけど……」
わなわなと拳を震わせる千紘を見て、凪はははっと可笑しそうに笑った。
「何言ってんの、お前。ほんとバカだな」
どんな言葉を浴びせられたって、凪の笑顔を見たら許せてしまい、千紘はそれにつられて笑った。
「凪、おやすみ」
「もう寝ろよ。明日遅刻しても知らねぇぞ。起きられねぇんだから」
「ちゃんと目覚ましセットするって」
「目覚ましで起きねぇじゃん」
そんなふうに呆れる顔も千紘は好きだった。こんなふうに日常会話をできるまでの仲になった。この時間も、凪自身も全部自分だけのものならいいのにと思わずにはいられなかった。
「凪、キスしたい」
「ダメだ。外は無理」
「じゃあ、ギュッてしていい?」
「ダメ」
凪が言ってる途中で、千紘は上着の両ポケットに突っ込んだままの腕ごと凪を抱きしめた。
「……んとに、人の話を聞かねぇな」
「うん。凪、好き」
「わかったよ。おやすみ」
凪は右ポケットから手を出して、わしゃわしゃと千紘の頭を撫でた。そうでもしてやらないと解放されない気がした。
凪を抱きしめたまま顔を上げた千紘は、しっかりと凪の目を見つめた。
「寂しい」
「はいはい。またな」
遂には抱きしめていた腕を持って解放されてしまった。しかし、凪の方からまたなと言ってくれたのは初めてのような気がして千紘の胸は高鳴った。
「……連絡するね」
「はいはい」
「ちゃんと返してね」
「わかったわかった」
言いながら凪は千紘に背を向けた。これで本当に今日は最後か。と千紘は急に寂しくなった。今日の変化を幸せだと感じたのに、どんどん欲が膨らむ。自分でも強欲だと感じるが、凪を目の前にするとどうしても独占欲に支配される。
千紘は凪の背中が見えなくなるまでじっと見つめ、交差点の角を曲がったのを見届けてからエントランスへと入っていった。