TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

凪は暗い夜道を歩きながら、後口と腹部の違和感を抱いていた。重たい痛みは筋肉痛みたいなもので、初めて千紘に抱かれた時の痛みとは違っていた。

腹の中が疼くと、千紘の熱で奥まで突かれたことを思い出す。体が千紘に慣れ始めている。凪はそう思いながら、服の胸元をギュッと握りしめた。


家になんか行かなきゃよかった……。そう思いながら俯いた。もしもセックスした先がホテルだったなら、こんなモヤモヤとした感情は抱かなかった。そう思えてならなかった。

アダルトグッズが散らばった千紘の寝室を見て背筋が凍った。千紘のことが怖いと思った。それと同時に裏切られたような気持ちになった。


心のどこかで千紘はそんなことをしないと思っていたのだ。それが、組み敷かれた瞬間に全て覆された気がした。ただ、嘘だと笑われてしまえば、安堵と同時にそりゃそうだよな……なんて納得したりして。

いつの間にか千紘が自分のことを好きでいる事が当たり前になっている気がした。


気持ちには応えられない。そう思っているくせに、千紘からの好意は当然として受け取る。セラピストとして接客している内に好かれることが“普通”になってきている。

仕事としてなら金のためだと割り切って、その好意も利用してきた。けれど、千紘との関係はややこしい。


写真で脅され、仕方なく会っただけだったはず。それなのにいつの間にか連絡を取り合って、セックスをする仲になった。

千紘の気持ちを知っていて、のらりくらりとそれをかわす。千紘は凪に会えたらそれでいいと言うが、名前のないこの関係性は凪を複雑な気分にさせた。


さっさと帰ってシャワー浴びよ。頭を左右に振って凪が考えるのをやめると、それを待っていたかのように「ねぇ」と後ろから話しかけられた。


男の声だった。こんな時間に誰だ。千紘の声でないことだけは確かだと思いながら、凪は振り返った。


最悪、後ろから殴られることも覚悟した。1人で歩いている所に声をかけるなんて、強盗か頭のおかしい殺人鬼くらいのものだと身構える。


刃物でも持っていたら厄介だと思いながら声の主に目を向けた。予想していた人物像とは違い、凪は軽く瞼を下ろす。細目で相手を見れば「お前、千紘と抱き合ってたろ」と言われた。


千紘という名前が飛び出して、すぐに彼の知り合いなのだと納得する。けれど、敵意を放つ相手からは不穏な空気を察した。


身長は凪よりも少し低いくらいで痩せ型だった。丸い瞳が特徴的で、マッシュの髪型が余計に中性的に見せた。といっても、千紘の艶やかな女性的とは違って、子犬のように可愛らしい顔立ちをしている。

ただその容姿を見ただけで、凪はおそらく千紘の元彼なんだろうというくらいは想像がついた。


「お前、誰? アイツの元彼?」


「っ……」


図星だったのか、男はかあっと顔を赤くさせて、鋭い眼光を放った。しかし、すぐに凪と距離を詰め、「千紘と付き合ってんのかよ!」と声を荒らげた。


凪は面倒くさそうに息をつく。


最悪……。何でこんなとこで捕まるかな。つーか、俺が出てくるところ見てるとかアイツのマンションの前で待ち伏せしてたってことだろ。

とっくに別れてんのに? こわ……。


凪はそう思いながら、腕に鳥肌が立つのを感じた。凪もその昔、付き合っていた彼女を振ってからストーカー行為に悩まされたことがあったのだ。

千紘くらい人気があれば執着されるのも頷けるが、まさか自分がそこに巻き込まれるとは思ってもみなかった。


「付き合ってねぇよ……」


「じゃあ、ただの友達……?」


男は疑うような目で凪を見る。まさに子犬のように瞳を潤ませて、体の関係がないことを期待しているかのようだった。


「そんなのお前に関係ないだろ。別れてんならあんまり執着すんなよ」


「お前こそ、関係ないだろ!」


「そう思うならアイツに直接聞けよ。めんどくせぇ」


凪はつい本音がこぼれて、右掌で自分の首の後ろを撫でた。なんでアイツの元彼に俺が絡まれなきゃなんねぇんだ、という気持ちが先立った。


「お前、千紘のこと好きなわけじゃないの?」


自分とは違い、あからさまに面倒くさそうな顔をする凪に、男は期待を込めた目で見つめた。


「好きじゃねぇし、付き合ってねぇ」


凪の言葉に男はぱあっと目を輝かせた。てっきり付き合っているものだと思っていた男を安心させるにはもってこいの言葉だった。


数少ない街灯が凪と男を照らす。お互いの顔がわかる位置まで距離が近付くと男は「それなら千紘から手を引いてよ」と口角を上げたまま言った。

目を見開き、口元が緩んだ顔は狂気に満ちていた。


うわ……。なんか、コイツやべぇ……。


凪は本能的にそう思った。千紘に執着していること、凪を尾行してきた時点で行き過ぎだとは思っていたが、表情を見ると冷静さを欠いているようだった。


「手を引くもなにも……」


なんならアイツに脅されてんのは俺の方なんだけど……とも言えない凪は必死で言葉を探した。


「何で千紘のことを好きでもないお前が家に上げてもらって、俺は放ったらかしなんだよ」


「いや……放ったらかしもなにももう別れてんだろ?」


「俺は納得してない! こんなに好きなのに! 好きじゃないなら千紘に近寄るなよ……」


ジリジリと距離を詰められると、途端に凪は恐怖に襲われる。自分よりも小柄だし、おそらく力も弱い。しかし、目に見えるような殺気は何をしてくるかわからず、正体不明の不気味さが溢れていた。


「近寄ってるわけじゃねぇし。アイツが……」


「なにそれ。自分は千紘に好かれてるって自慢か?」


目を大きく見開いた男が、鋭い視線を凪にぶつけた。

ヤバい、言葉ミスった……。凪がそう思うも遅く、男は無心で凪に襲いかかった。


髪を掴む勢いで右手を振りかざした。凪は何とか身を翻してそれをかわす。身体能力が高いのが取り柄だった。何のスポーツもしていなくても身軽でよかったと思う他ない。

けれど男は全く諦める気配はなく、タックルしようとしているのか、猛スピードで凪に突進してきた。


さすがにヤバすぎるだろ。そう顔を引きつらせた瞬間、男の体はぐんっとその場で静止した。かと思ったらそのまま勢いよく後ろに引かれ、ズシャッと音を立てて尻もちをついた。


「……なにしてんの」


呆れたような、憤りを孕んだような低い声。それはさっきまで聞いていたもので、声の主はミルクティー色の髪を美しく揺らした。

ほら、もう諦めて俺のモノになりなよ

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

21

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚