テラーノベル
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窓の外には、宝石をぶちまけたような東京の夜景が広がっている。しかし、遮光カーテンが引かれたこのスイートルームに、その煌めきは届かない。
「……ねぇ、目黒。さっきから何回目?」
低く、けれど柔らかな声が、静寂を孕んだ空気を震わせた。
ベッドの端に腰掛けた阿部が、眼鏡を外してサイドテーブルに置く。その仕草一つが、どこか獲物を追い詰める学者のような、冷徹なまでの優雅さを纏っていた。
目黒は喉を鳴らし、一歩後ずさった。
背中に冷たい壁が当たる。逃げ場は、もうどこにもない。
「阿部ちゃん、あの……、明日の朝も早いし、今日はもう……」
「ダメだよ。自分から誘ったんだから、最後まで責任取ってくれないと」
阿部がゆっくりと立ち上がる。
普段の穏やかで知的な「気象予報士」の顔は、そこにはない。代わりに浮かんでいるのは、執着と熱を帯びた、一人の男の顔だった。
目黒の心臓が、耳の奥でうるさいほどに鼓動を刻む。
グループの中でも背が高く、モデルとしても活躍する自分が、阿部の前に立つと、まるで檻に入れられた小さな動物になったような錯覚に陥る。
阿部が長い指先で、目黒の首筋をなぞった。
「……熱いね。目黒、顔真っ赤だよ」
「っ、それは……阿部ちゃんのせいでしょ」
目黒が目を逸らすと、強引に顎を掬い上げられた。
視線が絡み合う。逃げようとする意志を、阿部の漆黒の瞳がすべて吸い取っていくようだった。
「俺のこと、困らせるの好きでしょ? 収録中も、楽屋でも。……ここなら誰にも邪魔されないから、存分に甘やかしてあげる」
阿部の唇が、目黒の耳元に寄せられる。
「明日の仕事、声が出なくても……俺は知らないからね」
その囁きは、甘い毒のように目黒の全身に回っていった。
阿部が目黒のシャツのボタンに手をかける。一つ、また一つと外されるたびに、ホテル特有の冷えた空気が肌を撫でるはずなのに、熱は高まる一方だった。
「……阿部ちゃん」
「なあに?」
「……優しく、して」
消え入りそうな声で目黒が呟くと、阿部は一瞬だけ、いつもの優しい微笑みを浮かべた。
けれど、その直後に降りてきたキスは、呼吸を奪い去るほど深く、激しいものだった。
柔らかなベッドに沈み込みながら、目黒は悟る。
今夜、この部屋から出る頃には、自分はもう、この「優しくて怖い」恋人なしではいられなくなっているのだと。
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