アリエッタは訳が分からなかった。
何故知らない神様と名乗る人が、自分の体を使ってみんなを助けて、そして何故自分と同じ姿で、思いっきり土下座しているのか。
『……うん? あれ? 言葉が通じる?』
混乱していて気付いていなかったが、普通に話せている。
『はい、その事についてもお話しします。ええと……』
『あの…まずは土下座を止めませんか? 事情を知らないから、いたたまれなくて……』
神様かどうかはさておき、意味も分からずに土下座されるのは逆に辛い。
とりあえず立ってもらい、話を聴く事にした。
(えっと、お茶とかは……あるわけないか)
『ではお茶でも飲みながら、順次説明していきますね』
無理だと思った矢先に、いきなりちゃぶ台と緑茶のセットが目の前に出てきて、声が出ない程驚いてしまう。
『あ、ここは貴女の精神世界……まぁ夢の中とでも思ってください。思った通りの事が出来ますよ。今は私が支配権持ってますけど』
『は、はぁ……』
『ちなみに緑茶は私のお気に入りです。貴女の前いた次元で、友達とよく飲むんですよ』
うふふと微笑んで、アリエッタに座布団を勧めるエルツァーレマイア。
頭が追いついていないアリエッタは、おとなしく言う通りに従った。
そしてエルツァーレマイアは、お茶を上品にすすった後、ゆっくりと話し始めた。
『実は先日……友達のトヨタマと一緒に、コノハナサクヤの所に遊びに行ったんです。5泊80年で……』
(……? なんか知ってる名前が出てきたな)
宿泊日に妙な違和感を感じたものの、前世で聞いたような神様の名前の方が気になってスルー。しかし別に神話に詳しいわけではなかったので、結局全スルーした。
『土下座もコノハナサクヤに教えてもらったんですよ、うふふ』
(なんでそんなの教えてもらったかな……)
『それでですね……ちょっとケーキを食べ過ぎて、みんなでダイエットしようと走り回っていたら、偶然にも要石という物に躓いてしまって……』
『……へ?』
『そしたら現世では大地震ですよ。驚いて慌てて要石を戻したら、地割れまで起こってしまいまして……』
『えぇ……』
『それに貴女を巻き込んでしまったという訳なんです』
『………………』
途中からドン引きである。
つまり目の前の神のドジで、自分は死んだと言う。
なんとも言えない感情が渦巻き、アリエッタは絶句してしまっている。
しかし、この話はまだ序ノ口だった。
『慌てて様子を見てみたら、1人の男が落下してたんです。地熱やら衝撃やらでもう亡くなっていたのですが、これはバレたらマズイと思って、魂を拾いました。この事は一緒にいたトヨタマとコノハナサクヤしか知りませんし、こうして…別次元の私が預かりましたので、大丈夫…だと思います』
冷や汗を流しながら、視線を合わせずに話す。まるっきり、悪戯を隠す悪ガキの発想である。
徐々に体を縮こませながら、さらに話を続けるエルツァーレマイア。
『それでその……自分の次元に急いで帰って、父上に「魂拾ったから育てて良いですか?」って聞いたら、「そんな魂拾うんじゃない、返してきなさい!」って怒られてしまったんです』
『……捨て犬かい』
話の次元が違いすぎて、もはや呆れるしかないアリエッタ。
『100年程粘って説得してみたんですけど、どうしても許して貰えなかったので、仕方なく隣の次元にある森に家を作って、私の子供がいたらこんな感じだろうなーって思う肉体を与えてからそこに住まわせて、頻繁に様子を見に来ようと決めたんです』
『ちょっと……』
気づいてはいたが、改めて確信するアリエッタ。ちょっと顔が引きつっている。
『で、一度父上に報告してからすぐに戻って来てみたら、家にはいないし、なんだか変なのに襲われてるし、悲しんじゃってるし……慌てて体に入り込んで記憶同期したら、名前まで貰って、すっかりあの人達に懐いちゃってるし……もう酷いじゃないですか!』
『酷いのはアンタだよっ! ドジと家庭の事情と趣味で、僕の人生滅茶苦茶にし過ぎでしょ!』
『あうっ! ごめんなさい……ごめんなさい!』
結局土下座に戻ったエルツァーレマイア。
理由を知った今度ばかりは、アリエッタも止めようとはしない。
『事情は分かったけど、言葉が一切分からないのはどういう事なんですか? 神様なんだからなんとか出来るんじゃ?』
『……私がこの次元の言葉を知らないからです。というか、人と関わるとも思っていませんでした。貴女の知ってる日本語に関しては、トヨタマのお陰でバッチリなんですけど』
『最悪だよこの神。そんな所に捨てていくなんて』
『う゛っ……捨てたわけじゃ……』
100日以上放置された時点で、アリエッタにとっては捨てられたも同然。エルツァーレマイアを見る目は、自然とジト目になっていた。
神と人では、時間感覚が違いすぎる。
『……これが娘に嫌われる心境なのですね。なんという辛さ……母上ごめんなさい、今度謝りに行きます』
『いや娘て……』
土下座しながら、母の気持ちを知ってしまったエルツァーレマイア。
怒りよりも呆れが勝ったアリエッタは、静かに立ち上がりエルツァーレマイアの傍でしゃがむ。そしてジト目のまま、そっと手を伸ばし……
トポポポポ……
『ん゛い゛!? あわちゃちゃちゃちゃちゃ~~~!!?』
なんと女神の頭から背中にかけて、熱々のお茶をゆっくり注いだ。たまらず転がってのたうち回るエルツァーレマイア。
精神世界だから物理的に火傷しないとはいえ、よい子は真似してはいけない行為である。
『はひぃ……あ…アリエッタちゃんひどい……』
『……ちょっとスッキリしました』
『しくしくしく……』
エルツァーレマイアの態度は、もう既に娘に反抗されている親バカな母親みたいになりかけている。
『で、僕はこれからどうしたら良いんですか? 神様が来たから連れ戻されるとか?』
『一緒にいられないのに、そんな事しませんよ……したいけど。日本には戻せなくなってますが、この次元か、私の次元なら、可能な限り望みは叶えます』
そう言われて、アリエッタは考えた。
神様について行けば、また何もないところからのスタートだけど、言葉は通じる筈。しかし……
『僕はこのまま、ここで生活します』
言葉が分からないこの次元を選んだ。
『そうでしょうね……あの2人の事が大好きですものね』
『えっ…あ……その……』
真っ赤になって目を逸らすアリエッタ。いつの間にかミューゼとパフィは、ただの恩人ではなくなっていた。
『でも大丈夫ですか? 先程のような生物が現れた時、貴女はどうしますか?』
『あ……』
アリエッタは前世でも戦った事が無い、か弱い少女である。
自分でも何か出来る事は無いかと、必死に考えた。
『あのっ……さっきみたいな強い力は僕には……』
『あれは私の力ですから、力の弱い貴女では到底真似出来ませんよ。でも私が産みだした貴女の体にも、同じ力自体はあります』
『産み……なんだか本当に神様の子供みたいじゃないですか』
『事実ですから』
とても嬉しそうに微笑む。
『はぁ……それで、あの力は何なんですか?』
『それにはまず、私の事を教えますね。私は【実りと彩の女神エルツァーレマイア】と呼ばれています。家の前にあった野菜も、私が作った特別品なのよ。便利だったでしょ?』
『そ、そうなんだ……不思議な芋とほうれん草だなぁって思ってたけど……』
なんと毎日食べていたのは、神の作物だった。
原理はともかく、神様が作った物なら、毎日採れるという不思議な事が起こっても、おかしくないと思える。
『そして色を形にする事で、一時的に思い描いた物を創る事ができるのです。あの生物に攻撃したのは、色を物理的に創り出して、それをぶつけやすい形にした物なのです』
『………………』
『形を好きに出来るから、武器でも何でも、粘土のように簡単に作る事が……って、アリエッタ?』
色を使った力を教えていると、アリエッタが黙って考え込んでいる事に気づく。
しばらくして、アリエッタは決心したように、真剣な目でエルツァーレマイアを見た。
そして──
薄暗い部屋の中、アリエッタは目を覚ました。
最初に感じたのは、手に感じるぬくもり。パフィの手だった。
「ぱひー……」
精神世界で疲れてきたアリエッタは、握られた手を一旦離し、そっとパフィの腕に抱き着いて、今度は普通の眠りに落ちた。
(ぱひー、みゅーぜ。今度は僕が……)
そして部屋の中には、その様子を射殺すような鋭い視線を送る者がいる。
(なにアレなにアレ!? なんっっって羨ましいの!? お願いアリエッタちゃん、私も抱いて!! 食べ物でもお金でもなんでも貢ぐから!)
読書用の小さな明かりに照らされたリリの顔は、普段の美しさの面影は無く、涙と涎にまみれて歪んでいた。
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