コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
やっと仕事が終わったのは夜の十時を過ぎていた。家に着き、まずはシャワーを浴びて、さぁ何かツマミながら酒でも飲もうかな、と思っていた矢先にスマホが鳴った。
“彼女は預かった。助けたければ海鮮に来たれ。”
同時に送られてきた写真にはピースして自撮りしている誠。この後ろにはテーブルに突っ伏してる彼女の姿がバッチリ写っている。
「は!? 何だこれ! 誠のやつ!!」
急いで誠に電話をかけるが一向に出る気配がない。
「クソっ!」
既に部屋着に着替えていたがスウェットを急いで脱ぎデニムに履き替え、トレーナーの上にダウンを羽織り急いでアパートを出た。
誠から送られてきた海鮮。写真からして個室の居酒屋。つまり駅前の海鮮居酒屋な事は直ぐに分かった。
車を駅のパーキングに止めて海鮮居酒屋まで走った。これほどパーキングが遠いことを恨んだ事はない。真冬だっていうのに額に汗が浮かんできた。
店に着き勢い良く店に入ると店員さんが驚いた顔でこちらを見ている。でも俺はそんなのおかまいなしにさっきの写真を店員に見せた。
「すいません! この人が入ってる個室は何処ですか!? 合流したいんですけど部屋が分からなくて」
「あ、この方達なら一番奥の個室にいらっしゃいます」
「ありがとうございます! 一人追加で!」
競歩並みの早歩きで奥まで進みガラッと扉を開けると写真に写っていたまんま彼女はテーブルに突っ伏している状態だった。
「真紀!!! 大丈夫か!?」
慌てて近寄ると微かに聞こえる寝息。スースーと気持ち良さそうな表情で彼女は寝ていた。
「……誠、これはどういった状況なのか説明しろ」
切れる息を整えながら寝ている彼女に着ていたダウンをかける。
誠はなんの悪ブレもなさそうに笑いながら話し始めた。
「はは、大雅汗すっご、そんなに真紀さんが大事なんだね……」
「んな事は当たり前だろ! ちゃんと話さないと怒るぞ」
「別に何も変な事はないよ、ただ真紀さんに誘われて飲んでたら潰れちゃったから大雅の事呼んだだけ」
用事って誠と飲む約束だったのか。俺の知らない間に二人が仲良くなってた事に少し嬉しさが溢れる。自分の好きな二人が仲が良いのは素直に嬉しい。
「あぁ、悪かったな、真紀がこんな風に潰れてるの初めて見たから、誠、教えてくれてありがとう」
「別に、こんな重そうな人一人じゃ運べないからね」
「誠……それ真紀が聞いてたらぶん殴られてたかも知れないぞ」
「ははは、かもね、じゃあ大雅も来たことだし帰りますか!」
俺は彼女を背中に乗せ、誠が会計を済ませてくれた。
店を出ると一瞬で身体の芯まで冷える程外は寒い。
空を見上げると建物の街頭にも負けじと星が綺麗に輝いていた。
あんなにも騒がしかったのにさぞぐっすり眠っているのか全く起きる気配もなく俺の背中でスースーと眠り続ける彼女。背中から感じる熱がパーカー越しにでも感じる程熱い。
「誠ごめんな、払ってもらっちゃって、後でお金渡すからさ」
「いーよ、後で真紀さんに請求するから」
「ははは、それがいいかも、真紀の事だから起きて一番に支払いの事気にしてそう」
「分かる分かる、あー、でも本当に大雅は真紀さんが好きなんだね」
「当たり前だろ、真紀の事世界で一番愛してるよ」
「愛してるって……あの冷徹だった大雅の口からそんな愛の言葉が出てくるなんて……やっぱり真紀さんは凄いな~」
誠は目尻を下げ少し寂しげな表情で俺の背中にいる彼女を眺めていた。
(も、もしかして誠も真紀の事好きになっちゃったとかじゃないだろうな……)
どうか勘違いであって欲しいと願いを込めて誠にストレートに聞いてみた。
「もしかしてとは思うけど誠って真紀の事……その」
「まさか好きなのかって聞きたいの? それは無いね、むしろ生意気でムカつくくらい。でも……人としては好きかな」
「そっかそっか! 二人がいつの間にか仲良くなってて嬉しいよ」
「まぁね……ねぇ、大雅は私の事……好き?」
酒を飲んで少し酔っているのか誠の瞳は赤く充血し、潤んでいた。そんな瞳が俺をしっかりと見つめる。
「当たり前だろ? 好きじゃなきゃこんないい歳した大人になっても一緒にいないよ、誠は家族同然なんだからさ」
誠は夜空を見上げ、まるで星を手で取ろとしているみたいに両手を上げ「あ~! 大雅スキー!」と大きな声で叫んだ。
「おまっ、酔ってんだろ!?」
「もちろん酔ってますよ~、大雅スキスキスキスキ~真紀さんも少しスキ~」
「ったく、ほら車着いたから早く乗れ」
後部座席にそっと彼女を降ろし横に寝かせると少し位置が悪かったのか、ンンッと身体をモゾモゾさせフィットした位置が見つかったのかまたスースーと寝始めた。なんだろう。酔っているせいか彼女の頬は薄紅色に染まっており、スーツも乱れている。時たま漏らす声が色っぽ過ぎて、いつもスーツ姿はキッチリしている彼女が乱れているのを見ると無性に抱きたい欲が湧き上がる。もっと乱したい……
「ちょっと大雅、真紀さん見てフリーズするな!」
「あ、あぁごめん、つい真紀が可愛くて見入ってた」
「常に惚気かよ……あーもう! 二人とも幸せになれ! じゃなきゃ許さない!」
「何だよ急に、当たり前だろ? 真紀の事は絶対に幸せにするから」
彼女の事を幸せにするなんて当たり前の事、それ以上にもっともっと俺と一緒にいて楽しんで欲しい、安心して欲しい、喜怒哀楽全てを俺に曝け出して欲しい。彼女の為なら何でもできるだろう。
誠を助手席に乗せアパートまで送る車内は彼女の寝息しか聞こえないくらい静かだった。
「ん、着いたぞ」
ガチャと無言で車を降りるなり誠は外側からコンコンと運転席の窓を叩き「窓開けろ」と手でジェスチャーをしてきた。全開にするとせっかく暖まった車内が冷えてしまうと思い半分だけ窓を開けた。
真冬の冷えた空気が車内に流れ込んでくる。
「どうした?」
なかなか話出さない誠のいつもと違う雰囲気に何か違和感を感じた。酒を飲んでいるせいか誠の目は少し赤く充血し潤んでいて、何度も深く息を吸いハァと深く吐いては口をムッとつむっている。まるで小学生の時の誠を見ているようだった。
「……あのさ、私、大雅の事ずっと好き」
「ん、あぁ、俺もだよ」
子供の頃から何回、何十回と聞いている誠の好きに俺はいつも適当に返事を返す。
好きと言っても友達としての好きだと思っていたから今日の誠からの好きを流すように返事をした。
「多分大雅が思ってる好きと私の思ってる好きは違うと思う。私は大雅の一番になりたかった。……本当はずっと言うつもりなかったけど、真紀さんには負けたわ、大雅が一目惚れするだけあるね」
潤んでいた瞳からは涙がポロリと溢れ、それを気にするな! と言っているかのように誠は満面の笑みで笑った。今まで女装している誠を綺麗と思った事は一度も無かったのに、何故か今目の前で目を潤ませ満面の笑みで笑っている誠が凄く綺麗に見えた。
「……っと、その、気づいてやれなくてごめん、誠の事は家族として好きだよ、でも俺の一番は真紀であって愛してるのも真紀だから」
「分かってる分かってる! あースッキリした! 最近凄いモヤモヤしてたんだよね! なんか自分がどんどん嫌な奴になっていく気がしてさ。これからも今まで通りにしてよ? じゃあ、おやすみ~!」
誠は一度も振り返る事なく足早にアパートに入って行った。
「はぁ……」
思わずため息が出た。こんなにもずっと一緒にいた誠の気持ちに気づかなかった自分に腹が立つ。
誠が今までどんな思いで俺と一緒にいたのだろうか。
だから真紀に一目惚れする前までに付き合った今までの元カノに対しても態度が少し冷たかったのだと今更ながらに納得ができた。