夜中になるとこのアパート、大騒ぎが頻発する。
「神が……神が降りているーッ!」
突然の絶叫はかぐやちゃんのものだ。
オキナとうらしま、なぜかカメさんも加わってジャラジャラと麻雀大会の真っ最中らしい。
今夜はかぐやちゃん、一人勝ちか?
「うるッさいねん!」
ぼやきながらも眠りに落ちたころ、今度は桃太郎に叩き起こされた。
「リ、リカ殿! 恐ろしや、恐ろしや!」
「何や? 今度はどんな騒動や」
目を擦りながら起きあがる。
チラリと時計を見ると夜中の二時だ。
階下での麻雀大会は未だ続行中らしい。
桃太郎は青い顔でカクカク震えていた。
「そ、そこの屋根の上でイタチが暴れていたのじゃ。余は見た──イタチが大ネズミを獲っているところを! そしてペロリと食したのじゃ」
「ふーん……」
ずいぶん生々しい現場を目撃してしまったようだ。
でも寝てる人を起こすような話か?
「で、その話のオチは?」
そう言うと桃太郎はプイッとふくれた。
「西の女子(おなご)はあさましい。すべての会話にオチを求めおる」
「そ、それは当たり前やん。オチもないのに喋ったらアカンで」
特にこんな夜中に寝てる人を叩き起こすなんて最悪や。
再びアタシは眠りについた。
絶対騒ぐな、朝まで寝かせろと桃太郎に念押ししてから。
麻雀のジャラジャラ音を子守唄に、徐々に深い眠りに落ちていく。
その瞬間。身体がフワリと浮遊する感覚。
ああ、眠りに入るこの心地良さ。
タオルケットの肌触りがまた何ともフンワリして気持ちいい……。
「ギャアァァアアアァァッッッ!」
だから何やねんッ?
「うるっさいわ! 今度は何やねん、桃太郎!」
久々に腹の底からキレて桃太郎を睨み付けるも、奴は隅の定位置でタオルケットにくるまってスヤスヤ寝息をたてていた。
奴の寝言というわけでもなさそうだ。
じゃあ、今の悲鳴は?
「じじじ事件ですかぁ?」
壁の向こうからワンちゃんの叫び声。
続いてドアを開け放つ音。
悲鳴を聞きつけてワンちゃん、サンダル引っ掛けて廊下に飛び出したみたいだ。
「ギャアアアァァッッッ!」
再び、同じ声。
これはただ事ではない。
そう感じて、アタシも飛び起きた。
玄関を出たところで、廊下の向こうでうずくまったワンちゃんを発見する。
「メガネ、メガネ」と言いながら床に手を這わしていた。
「はい、メガネ」
拾ってやると驚いたようにこちらを見やる。
「すすすいません。メメガネがないと何も見えないので、メガネを探すこともできないんです」
たしか以前、桃太郎も同じようなことを言ってたな。
「ギャアァァアアァァァ!」
悲鳴は断続的に続く。
これは廊下の奥──2─4から聞こえる声や。
「あそこは確か問題の花阪Gの部屋!」
アイツは家賃を半年も滞納しているとお姉がぼやいていたっけ。
パチンコで稼いだら倍にして払います、と言いに来たらしい。
見かけによらず駄目なギャンブラーだ。
外見からは、ものすごい超能力でパチンコ玉も自在に操り……ってイメージがあるねんけど。
奴も昔はヘビメタバンドのボーカルをしていたらしいというワンちゃんのプチ情報もある。
パチンコにハマって、身も心も持ち崩したらしい。切なすぎる…。
「じいさん、Gさん? 大丈夫か!」
ドアをドンドン叩くと、悲鳴と共に小柄な少年が転がり出てきた。
花阪Gだ。
「ようせいが……ようせいがぁ…………」
「ようせい?」
違和感に気付いたのはその時だ。
「じいさん? 頭が……?」
雲間から月明りが漏れる。
窓越しの月光に、廊下が不意に明るくなった。
ピカッと何かが光る。
「ひぃゃぁぁっ?」
ワンちゃんが、ヒュッと息を吸い込みながら悲鳴をあげた。
その声を聞いた花阪Gが顔をあげる。
「ま、眩しいっ!」
それは花阪Gの頭だったのだ。
ピカッと光る眩い頭──ツルッパゲ頭。
まさに丸坊主。
「じいさん、何があったん?」
「よ、ようせいがみえるぅ……」
「妖精やて? 何言ってんの!」
「はなにすんでるようせいが、じぃのあたまを……」
花阪Gはアタシにしがみ付きながらも自分の部屋を指差した。
「な、中に何かいるの? え? 妖精……?」
部屋の中にはさすが花阪G(花咲か爺)というだけあって、植木鉢が大量に並べられていた。
きれいな花が咲いている鉢もいくつかある。
それは普通なら癒される景色の筈なんやけど……。
「きょうあくなようせい。かみつく……くびにガッとかみつく」
──凶悪な妖精。噛み付く……首にガッと噛み付く?
こ、怖いことを言う。
「さぁ、リリリカさん、行ってください」
ワンちゃんがそんなこと言うので、アタシはどうにも引っ込みがつかなくて部屋の中へと入っていった。
ズルイわ、ワンちゃん。アタシが一番危険な役どころやん。
これでも肩と足、負傷中やのに。
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