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ガラルトとロナメアは、お互いの父の態度に辟易としていた。
彼らは、二人の婚約についてあれこれ口出しをしてくる。ガラルトに関しては、破談まで話に出たくらいだ。
「もちろん、家を取り仕切っているのは父上だ。しかしながら、今回の父上は横暴としか言いようがない。僕がこれ程良き縁談を持ってきたというのに、それを突っぱねようとするなんて信じられない愚行だよ」
「私のお父様も同じです。あれこれと指示を出してきて……私は純粋にガラルト様を愛しているというのに、これでは不純です」
二人は、お互いの不満を打ち明け合っていた。
そうやって日頃の愚痴を述べるのは、まだ二人が以前の婚約者と婚約していた時からの習わしのようなものだった。
他の人には言えないことを言う。二人にとって、その行為は特別なものだったのだ。
「……ロナメア、もうこんな家は見捨てないか?」
「え?」
「僕達にとって重要なのは、僕達の幸せであるだろう? 僕達が二人でいる。それ以上に重要なことなどあるだろうか」
「……ええ、それはもちろんその通りです。私達にとっての幸せは、隣に愛する人がいるかどうかということだけです」
「それなら、二人で出て行かないか? どこか遠くに行って、二人でのどかに暮らすんだ」
ガラルトの突拍子のない計画に、ロナメアは乗り気であった。
駆け落ちする。その言葉に二人は酔っていたのだ。それがどれ程険しい道であるかなんて、二人は考えてもいなかった。
「そうだ。山の上なんてどうだろうか? 自然に囲まれて、自給自足で生活するんだ。とても心地いい生活になると思わないか?」
「それはいいですね。賛成です」
高慢な貴族として生きてきた二人は、民がどのように生きているかなんてまったく気にかけたことがなかった。
夢として語るその生活が、苦労の上に成り立つものであるなどとはわかっていなかったのだ。
だが、二人は止まらなかった。駆け落ちという理想の生活に、二人はどんどんと憧れていく。
「よし、それなら出発はいつにしようか?」
「早い方がいいでしょう。悟られないように、出かけるのは夜がいいかと……」
「なるほど、それなら今晩早速出て行くとしようか」
二人は、いとも簡単に駆け落ちすることを決めてしまった。
次期当主であったはずのガラルトは、最早ザルパード子爵家の未来など忘れていた。彼の頭の中には、理想の生活に対する憧れしかなくなっていたのだ。
それは、ロナメアも同じである。父親という障害、二人はそれによって想いを燃え上がらせて、極端な行動へと身を預けていくのだった。
◇◇◇
ガラルトとロナメアは、いくらかのお金を持ってザルパード子爵家から抜け出した。
そんな彼らが向かったのは、アナプト山という子爵家の屋敷からそれ程離れていない場所にある山である。
ガラルトは、その山に既に使われていない家があることを知っていた。一応、ザルパード子爵家の資産となっているその家を、彼は有効活用することにしたのだ。
「……すごいツタだな?」
「ええ、本当に……」
宿で一夜を明かして、食料などを買い込んだ二人は山の中腹にある家を見て、絶句していた。
その家は、すぐに使える状態ではない。放置されていたその家の周りには草が生い茂っており、既に自然の一部とかしていたのだ。
「まったく、父上は何をやっていたのだ。この家をこんな状態で放置しておくなんて、信じられん」
「……中も埃っぽいですね?」
「なんてことだ。人が住める状態じゃないじゃないか」
ザルパード子爵家にとって、その家は特に価値がないものだった。
故に子爵は、特に手入れなどしていなかったのである。
そもそもの話、アナプト山は人が住むのに適した環境とは言い難い。この家にかつて住んでいた住人が、特殊だっただけで、過酷な環境なのである。
それをガラルトとロナメアは、まったくわかっていなかった。この場所を別荘程度に快適であると、そう思っていたのだ。
「と、とにかく掃除するしかありませんか?」
「掃除といっても道具がないだろう? ああいや、家の中を探せば何か出てくるか?」
「埃っぽいですし、とりあえず窓を開けていきますね。ガラルト様は、使えそうなものを探してください」
「ああ、わかった」
それでも二人は、この家から去ろうとはしなかった。
それはこの逃避行が、二人にとってはちょっとした冒険でしかなかったからである。
心の奥底で、ガラルトもロナメアも家に帰ることができると思っていた。
ザルパード子爵家の領地の子爵が知っている場所を逃亡先に選んだのが、その何よりの証拠である。
もしも困ったら、助けを求めればいい。そんな安易な考えが、二人の中にあった。
故に、その環境で一夜を明かすということを受け入れてしまった。それが、どれだけ過酷な一夜になるとも知らずに。
「おお、ほうきがあったぞ?」
「風通しは、悪くないみたいです。窓を開けただけで、幾分かのほこりが出て行きました」
「なんだ。意外となんとかなるものだな」
「ええ、見た目は悪いですけれど、これなら普通に住めそうですね」
自らが置かれた環境がどういうものかを知らず、二人は呑気な会話をしながら、作業を続けるのだった。