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急ぎ着替えを済ませたリリアンナは、ナディエルとともに医務室へ駆け戻った。
扉を開けると薬の匂いが鼻を刺し、薬師と助手が慌ただしく動き回っている。寝台の上では、カイルが蒼白な顔で横たわっていた。
「カイル!」
リリアンナは駆け寄り、寝台の傍らに膝をついた。
その様子に、処置にあたっていた老医師セイレン・トウカが、リリアンナのすぐ背後へ控えたナディエルを見咎める。
「……侍女殿、顔色が悪い。あなたも寝込む前に休みなさい」
「い、いえ……私は大丈夫で……」
「大丈夫ではない」
きっぱりした声に、ナディエルが肩を震わせる。二人のやり取りにリリアンナが振り返ると、確かにナディエルの顔面は青白く、いつもならバラ色の頬にも色味がない。カイルのことばかりに頭がいっていていたとはいえ、気付けなかったのが不思議なくらい足元がふらついていた。
「ナディ、気付かなくてごめんなさい」
その様子に、リリアンナは自分のわがままでナディエルに無理をさせたこと、彼女の体調不良にセイレンが指摘するまで気付けなかったことを深く悔やんだ。
こんな状態で自らの着替えばかりでなく、リリアンナの着替えまで手伝ってくれたのだと思うと申し訳なさに視界が滲む。
(私、カイルだけじゃなくナディエルまで)
心の中でつぶやいてギュッと両の拳を握りしめると、リリアンナは「お嬢様……」と不安げにこちらを見つめるナディエルにニコッと微笑んで見せた。目の際にいっぱい溜まった涙は、なんとかこぼさずにいられた。
「私は大丈夫だから! お願い、休んで? ナディ」
リリアンナが言葉を掛けると、ナディエルは悔しげに唇を噛みしめる。
「ではお嬢様も一緒に……」
「私はカイルの様子をもう少し見てから……」
ナディエルの誘い掛けに、そこだけはフルフルと首を振ってここへ残りたい旨を告げると、ナディエルは一瞬だけ凄く不安そうな顔をした。
だがリリアンナの瞳の奥に、頑として動きそうにない意固地な色を見つけると、諦めたように吐息を落とす。
「お嬢様を……どうかよろしくお願いいたします」
ややして告げられた言葉は、すぐそばへ立つ老医師セイレンに対して。ふらついているくせに深々と頭を下げる辺りがナディエルらしかったけれど、それでふらりとバランスを崩したところをすぐそばにいたセイレンの助手に抱き留められた。
「お嬢様、くれぐれも無理だけは……」
それでも真っ青な顔のままリリアンナを気遣うナディエルに、リリアンナは何度もコクコクと頷いてみせた。
「あとでナディの様子も見に行くね。ちゃんと寝てなかったら怒るんだから!」
ぷぅっと頬を膨らませてみせるリリアンナに、ナディエルは淡く微笑んだ。
ややしてナディエルはセイレンに引き留められた従者に支えられながら、医務室を去っていった。
セイレンは、今度はリリアンナへと視線を向ける。
「リリアンナお嬢様。先ほどは侍女殿にワガママを申されておりましたが、貴女もお下がりください。ここは血と薬の匂いが満ちています。今は気が張っていてお気づきではないのかも知れませんが、無理をなさっていては体調を崩されますぞ?」
しかしリリアンナは、そんなセイレンにも首を横に振ってきっぱりと言い切る。
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