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「そんな……! 私をあしらうために、嘘をついているんじゃないですか?」
元カレの彼女らしい女性、その名は野堀 麻衣(のぼり まい)が、大声で抗議する。周囲の客がチラチラとコチラを見た。
「野堀さん、そんな大声を出すと、他のお客さんに迷惑ですよ。それにスマホで動画でも撮られて、『喫茶店で、大声で怒鳴る迷惑女』ってアップでもされたら困るのでは?」
冷静にそう指摘すると、野堀は「うっ」と唸り、声のトーンを落とす。
「でも西園寺先輩は言ったんです。『マイとの結婚を考えているけど、愛梨澄が復縁を迫って困っている。浮気していたこと、会社にばらすって脅されているから、結婚できない』って」
「ですから、それはありません。さっき話した通り、西園寺さんから復縁を迫られたのは私です。理由はあなたと結婚をしたくないから。新入社員のあなたはこれから仕事を頑張るつもりで、結婚なんて考えられないと話していたのですよね?」
私の言葉に野堀は眉をしかめる。
なぜそれを知っているのか、という顔だ。
誰が話したと考えれば、それは元カレだとすぐ分かるだろう。
さらなるダメ押しで、元カレの真意を伝える。
「西園寺さんはまだ結婚するつもりがないんですよ。あなたと浮気したのも、私が結婚を匂わすようになったからと本人が言っていました。結婚しなくてもいいと言えば、仲が戻るんじゃないですか?」
「そんな……!」
そこで野堀は歯軋りした。
「私、仕事なんて元々したくなかったんです。でも大学卒業してプーになんかなったら、家から追い出すって両親に言われて……。仕方なく就職したんです!大学になって自由を満喫していたのに。また高校生みたいに、決められた時間に毎日起きて会社に行くなんて、ウンザリなんですよ!」
この野堀という女は。
元々結婚は考えていなかった。でも元カレのことを心底好きになり、結婚したくなったのでは?と少し期待したが、そんなことはやはりないようだ。
「じゃあ最初から結婚相手を探していたということですか?」
私の言葉に野堀は頷く。
「なんで結婚に興味がないなんて素振りをしたんです?」
「だってそうしないと男はみんなすぐ逃げるから。結婚で責任を負うのは嫌なのに、体の関係だけすぐ求めるじゃないですか」
それは奇しくも理解できてしまう。
確かにそんな男性も多くいるわけで。
「だから真面目そうで、押しに弱そうな男性を捕まえて、もうできちゃった婚を狙おうかと」
野堀のあまりにも稚拙な考えに、驚かずにはいられない。
こんな安易な考えで子供をつくり、ちゃんと育児をするつもりなのだろうか? それにそんな適当な発想で出産ができると思っているのかしら? ……思っているから、今の発言なのだろう。
「つまり騙そうとしたわけですよね? 西園寺さんのことを。騙そうとしていることに勘づかれた。それで西園寺さんは私を隠れ蓑のしたのでは? あなたと結婚しない理由をでっち上げ、それで体の関係だけ、続けているのでは?」
黙り込んだ野堀は、私の話を検証しているようだ。
騙そうとした野堀も悪いが、騙そうと気づいた後に私を利用し、関係を続ける元カレはもっと最悪だ。
「……結婚できないって言い出してからも、お泊りはあったのに、最近はそれもなくなったんです。理由を聞いたら『愛梨澄が浮気の件を会社にバラされたくなかったら、私と寝ろってしつこいんだよ。それで一度相手したら……。今度はそのことをネタに、連日求められてさ……。もう。俺、体がもたいないからお泊りは無理』って言われました」
本当に最悪な元カレだ。
どうしてこんな奴と、十年近く付き合っていたのだろう?
「私はそんなこと言っていないですし、していませんから。よく、西園寺さんのこと、観察してください。巨乳の若い女が彼の周囲にいませんか? 新しい女を見つけて、そっちとよろしくやっているんじゃないですか」
「避妊具に針で穴を開けていたの、バレたのかなぁ」
野堀の発言にギョッとしてしまう。
そんなことをしているの、この子は!?
恐ろしい。
とにかく縁を切りたい。
「ともかく、私は無関係ですから」
「でも……」
「迷惑です。今日みたいに待ち伏せされても」
野堀は唇を噛みしめ、黙り込む。
「私はもう帰らせていただきます。店員さんに言って、自分のコーヒー代は払って帰りますから」
テーブルには手を付けていないショートケーキが乗っている。野堀が注文したものだ。女友達とおしゃべりするために来たわけではないのに。野堀はケーキを注文していたのだ。
「では失礼します」
そう言って立ち上がり、歩き出すが、野堀は俯いたまま何も言わない。レジまで行き、野堀の方を見ると……。
ショートケーキを食べている……!
かなり図太い神経の持ち主のようだ。
自分の分のコーヒー代を払い、とっと帰宅することにした。
念のため、回り道をして、後をつけられていないか確認しながら帰宅することになった。おかげでスーパーに寄れず、かつなんだか疲れてしまったので、デリバリーを注文した。
部屋に届いたビビンバを食べながら、このモヤモヤした気分を解消するべく、猫動画でも見ようかとアプリを起動していると……。
悠真くん……!
「もしもし」
応答ボタンをタップし、ドキドキしながらスマホを顔の前に持ってくる。
「あ、鈴宮さん! お疲れ様です。もう家ですか?」
「はい。悠真くん、今は?」
「こっちは今、お弁当を食べて休憩中です。車の中で一人です」
そこでしばらく、悠真くんとのおしゃべりタイムとなる。私は話すかどうか迷ったが、野堀麻衣のことを悠真くんに聞かせた。
「うわあ、かなりこじらせた女性ですね。それにしてもいろいろ怖いな。……後をつけられないように遠回りをしたのは正解です。その野堀という女性もそうですが、元カレも……最低だな。鈴宮さんのことを貶める発言が、許せないですね」
そこで一呼吸をした後、悠真くんは。
「でも鈴宮さんは僕の彼女ですから。手出しはさせません。僕が守りますよ、鈴宮さんのこと。……なんなら引っ越しましょう。今のマンション、セキュリティーはしっかりしていますが、駅から遠いですよね? 駅近でセキュリティーがしっかりしているマンション、探せばいくらでもありますから」
えっと、それって……。
一緒に暮らそうということ……?
もうドキドキして全身が熱くなってしまう。
「悠真くん、ありがとう。そんな風に言ってもらえると、すごく嬉しいです。でも一旦、様子を見てみます」
「はい。……何かあったらすぐ連絡くださいね。僕が動けなくても、マネージャーに頼んだり、助けを呼んだりは、できると思うので」
悠真くん、優しいな。
……って、今、マネージャーと言いませんでした!?
「ゆ、悠真くん、今、マネージャーって……。マネージャーさん、口うるさい方なんですよね? 大丈夫なんですか? 怒られたのでは……?」
「安心してください、鈴宮さん。ちゃんと許可してもらいましたから。仕事をきちんとして、クライアントに迷惑をかけないようにするなら、任せると言ってもらえたので。勿論、マスコミにはまだ秘密ですけど」
なんと!
もう事務所公認ということなのかしら?
絶賛売り出し中なのに、どうやって説得したのか気になる。
「あ、俺、そろそろ時間です。……もっと鈴宮さんの声、聞いていたいのに」
なんて可愛いことを言ってくれるの、悠真くん!
「鈴宮さん、後で、留守電残してください」
「? 留守電を残すの?」
「はい。僕のこと好きって……言ってもらえると……嬉しいです」
これにはもう、その場でキュン死させられてしまう。「わ、分かったわ!」と快諾したものの。この後、私は地獄を見ることになる。だって、納得のいく「好きです」がなかなかできず、何度も言い直すことになったのだから。
月曜日から私、何をやっているのだか……(苦笑)。