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🩷視点
2限目の体育。バスケのボールが床に叩きつけられる音が反響して、やけに頭の奥に残る。
モブ1「交代!」
笛の音と審判の声でベンチに戻りながら、俺は無意識に視線を端にやる。壁際の長椅子。ジャージの上着を羽織って、膝の上にタオルを置いてる仁人。顔は心無しか青白く見える 。うん。やっぱり白い。
最初から気づいてたわけじゃない。でも。なんというか、ただ、今日はやけに静かだったから。いつもなら見学してても、バスケできないくせにこっちのプレーに一言二言、毒飛ばしてくるのに。その仁人が今日はずっと黙ってる。よく見てみるとずっと視線も落ちたままで。肩をちょっと内側に丸めて。いつもより猫背が酷い。
モブ2 「勇斗ー、お前次トップな。」勇斗 「うぃ。」
チームのメンバーからの言葉に返事しながらも、意識は完全にコートの外だった。これ……生理、だよな。確信があるわけじゃない。でも、前に仁人から少し濁らせながらも聞いたことがあるし、こんなこと仁人に言ったら「 キモい 」って言われると思うけど丁度前回仁人が青白い顔してたのも生理だとしたら一ヶ月前ぐらいだし。辻褄が合う。
仁人が文化部でぶつぶつ文句言いながらも体育休まない理由も、休憩の時にやたら「大丈夫だから」って言い張るのも、全部知ってる。コイツは無理する。誰にも言わない。一番しんどい時ほど、平気な顔する。めんどくさい幼馴染。だよなマジで。プレー中も、休憩に戻るたびにチラチラ見る。そのたびに、仁人は気づいたように目を逸らす。
仁人「 ( 見んな。 ) 」勇斗「はいはい。」
小さく、でもはっきりと唇が動いた。俺は思わず苦笑してコートに戻った。試合が終わり、休憩中。コートの傍の水筒の水を飲んで、タオルで汗拭いて。ちらりとまた、仁人を見る。今度は、違和感が明確にはっきりとした。仁人が、立ち上がろうとしてる。ベンチに手をついて、ゆっくり体を起こして。ゆっくりと体を起こした次の瞬間。
仁人 「… っ…………、 」
仁人が眉間にシワを寄せ、ふわりと体が揺れてそのまま、膝が折れて座り込む。ヤバいこれ。
モブ3「勇斗?次どうする?」
勇斗「わり…、ちょい待って。 」
チームメンバーの声も床を蹴る音も、ドリブルをする音ももう何もかも全部が遠く聞こえる。タオルを投げるみたいにベンチに置いて、数歩近づく。仁人は気づいてない。顔色は完全に真っ白。
勇斗 「仁人。 」仁人 「 … なに。 」
俺に名前を呼ばれて、あからさまに嫌そうな顔をしてこちらを振り向いた。「何。」とそう呟く声が、いつもに増して低い。というか、最後の力を振り絞ったように掠れてる。
勇斗 「お前顔色最悪。」仁人 「黙れ。」
勇斗「今移動しようとしてた?」
仁人 「… べつに。」
勇斗 「別にじゃねぇ………、」
余計な体力を使いたくないのか短い言葉で毒を吐いて不貞腐れる仁人にしゃがんで目線を合わせると露骨に目を逸らした。
仁人「 ガン見やめ、キモい。 」勇斗「無理。」
仁人 「プレー戻れ。お前休憩短いし。」
勇斗「はいはい。説得下手か。」
ほんとは今にも倒れそうなぐらい辛いのに。どんだけ心配かけたくねぇんだよ。たまには頼れっつの。
勇斗「立てる?」
そう聞く俺に仁人は、俯いて答えなかった代わりに、もう一度立ち上がろうとして今度は、はっきりとよろける。
勇斗「ちょ、おい。」仁人「…さわんな…、」
意外にも細い身体を支えると強がりの言葉と裏腹に、体重は完全に俺に預けられる。支えた肩から、細やかな震えが伝わる。いつもは威勢がいいのに今は驚くほど脆い。
勇斗「俺がいなかったら倒れてたくせに。」
仁人「うるさい。」
勇斗「あー、もう素直じゃねぇな。仁人。正直に言って。しんどい ?」
あえて逃げ道を塞ぐように問い詰めると、仁人はしばらく俯いたまま唇を噛んでいた。やがて、観念したように小さな、でも絞り出すような声が漏れる。
仁人「っ……、わかんだろ…、見れば…、」
勇斗 「分かるから聞いてんの。 仁人の口から聞きたい。」
少しだけ声を落として促す。すると、堰を切ったように不満が溢れ出した。
仁人 「…マジでむり………、しんどい……、腹バカ痛い。避ける………、」
いつもに増して毒舌でキレキレな仁人に縁起でもないが笑いそうになる。そんなに痛いなら最初から頼ってくれてもいいのに。
勇斗 「んはは 笑 すげぇ言うじゃん。」
勇斗「…プレー中さ、仁人のことずっと見てた。」仁人 「… あ ? 暇かよ。 」
勇斗 「暇じゃねぇよ。 笑 俺は仁人がいつ倒れるか気が気じゃなかったんだって。 」
仁人 「 … バカかよ。 」
勇斗「 バカで結構ですぅ。 ほら、保健室行くよ。」
軽く仁人の体を触ると薄いジャージ越しでもわかるくらいに冷えていて、小刻みに震えている。これ、相当我慢してたな。
勇斗 「たまには甘えとけ。ん。乗れよ。」
仁人「……は ? 」勇斗「ほら、おんぶ。」
勇斗「お前今の足取りじゃ保健室着くまでに力尽きるだろ。」
仁人「……歩けるし。それぐらい。」
意地を張ってふらりと一歩踏み出した瞬間、仁人の膝がまたガクッと折れそうになる。咄嗟にその腕を掴んで、俺は無理やり背負い込んだ。
勇斗 「っ……、ぶっねぇ…、っ…、ほら言わんこっちゃない。 大人しくしとけ。」
仁人「は…、ちょ、おい!!下ろせ!!目立つ!!……、ね、はやと…、っ…!」
バタバタと暴れようとするけど力が入っていないのは丸わかりで。
勇斗「暴れる元気があるなら最初から痛いって言えよ。あ、もしかしておんぶじゃ不満だった?お姫様抱っこでもしとく?」
仁人「………あ???マジで滅びろ。」
勇斗「んは 笑 滅びろはないだろ。 笑 まぁ、力抜け。腰響くんだろ。」
トーンを少し落として言うと、仁人は悪態をつきながらようやく俺の首に腕を回した。背中越しに伝わってくる体温は、いつもより少し低くて、心細そうに震えている気がした。
仁人「…ちょっとやっぱ…、まって。」
勇斗「なに。」
仁人「いや、俺重いだろ……、やっぱ…、」
俺が背中を向けて待ってると、腕を回したくせに体重をかけないでいた仁人が消え入りそうな声でそんなことを言った。意外な言葉に、 思わず肩越しに振り返る。
勇斗「は?何気にしてんの。お前が重いわけないだろ、むしろ軽すぎて心配するレベル。」
仁人「…お前が筋肉バカなだけだろ。」
勇斗「はいはい。分かったから。」
勇斗「ほら、早く。ぐずぐずしてると余計目立つ。」
しぶしぶといった様子で、仁人の体重が遠慮気味に俺の背中にかかる。よいしょ、と腰を浮かせて背負い直すと、案の定、軽い。こいつ、ちゃんと飯食ってんのかよ。その時、遠くで審判をしてた先生や、コートで「次どうする?」って顔してたメンバーたちがこっちに気づいた。
勇斗「わり!!ちょっと仁人具合悪そうだから保健室連れていくわ!後で戻るから先試合してて。」
体育館に響くデカい声でそう叫ぶと、メンバーたちが「おー、勇斗マジか」「吉田、大丈夫かー?」と声を上げてくる。
仁人「ちょ…、!!おま…、バカ!!!声がデケェんだよ!!」
勇斗「ごめんごめん 。 笑笑 でも隠すほうが不自然じゃんね?な、ほらしっかり捕まっとけ。」
背中でおとなしくなった仁人を背負い直して、俺は一歩ずつ、冷たい床を蹴って保健室へと歩き出した。耳元で聞こえる、少し早くて苦しそうな呼吸。誰にも頼ろうとしない不器用な幼馴染の重みを、今はただ、真っ直ぐに受け止めてやることにした。
体育館を出て、静かな廊下を歩く。背中の仁人は、さっきの毒舌が嘘みたいに大人しくなって、俺の肩に額を預けていた。保健室に着き、ガラガラ、と引き戸を開けると、室内はやけに静まり返っている。
勇斗「先生??」
返事はない。出張か。それとも校内巡回中か。
勇斗「…くそ…、居ないのかよこういう時に限って。」
とりあえず仁人を一番奥のベットに座らせると仁人は力なくシーツに沈み込んだ。
仁人「さんきゅ。多分寝れば治るから勇斗もう戻れよ。」
勇斗「戻れる訳ねぇだろ。お前さっきより顔白いし。」
救急箱や棚をガサゴソ探してみるものの、肝心の体温計がどこにあるのかさっぱり分からない。備品管理が厳重すぎるんだよ、この学校。
勇斗「…体温計なくね??仁人、お前場所知らねぇの?」
仁人「知るかよ。俺だって滅多に保健室なんて来ねぇし。」
受け答えも、もう限界そうだった。生理だとしても熱があるのか、それとも貧血で冷え切っているのか。それを確かめないことには安心できない。
勇斗「はぁ。しょうがねぇな。」
俺はベッドの横に膝をついて、仁人の顔を覗き込む。少しだけ戸惑ったような仁人の視線を無視して、前髪を掻き上げる 。
仁人「は…、ちょ、なに。」
勇斗「 動くな。 体温計ねぇからこれで我慢して。」
そう言って額をぴたっと押し当てると、仁人の体がびくりと跳ねた。さっきまであんなに青白かったはずなのに、至近距離で見る仁人の頬は、みるみるうちに熱を帯びたように赤くなっていく。
勇斗「…っ……、」
……近い。近すぎて、仁人の微かな呼吸が俺の鼻先を掠める。ふと目に飛び込んできたのは、ぎゅっと閉じられそうになって震えている、やけに長い睫毛。
勇斗「(睫毛なが……………、)」
内心でそんなことを思っていると、額から伝わってくる熱が、予想以上に熱いことに気づいた。
勇斗「仁人。いや…、これ相当熱ある。」
仁人「…はぁ…、ッ…、うるさ……、ちかいって…、」
仁人の声は、さっきまでの尖った感じが消えて、熱に浮かされたように熱を帯びていた。顔が赤いのは、照れてるだけじゃなくて、明らかに熱のせい。ただの腹痛だけじゃない。生理のしんどさに加えて、知恵熱か、それとも無理が祟って風邪でも併発したのか。
勇斗「近いとか言ってる場合かよ。体ガタガタ震えてんじゃん。」
俺がそう指摘すると、仁人は観念したようにふいっと視線を逸らした。でも、逃げようとする力すら残っていないのか、繋がったままの額からは、じりじりと熱い温度が俺に流れ込んでくる。
勇斗「…ったく…、どんだけ我慢してりゃ、こんなに熱上がんだよ。」
俺は額を離すと、今度はその熱い頬を両手で挟み込んだ。ひんやりした俺の手のひらが気持ちいいのか、仁人は一瞬だけ、猫みたいに目を細めて俺の手に体重を預けてきた。頬を挟んでいた手を離すと、また 力なくベッドに横たわった。でも、その姿勢がまた辛いのか、すぐに身体をエビのように丸める。
仁人 「…… は…、っ…、クソ痛てぇ…、ッ…、」
見れば、仁人は自分のお腹を壊れ物を抱えるみたいに凝縮させて押さえている。自分の手のひらをぎゅっと握る指先には白くなるほど力がこもっていて、眉間には深い皺。さっきまで熱で赤かった顔が、痛みの波が来るたびにまたスッと青ざめていく。
勇斗「ちょ、そんな握ったら手傷つくから。ん、見せて。」
俺はベッドの脇に腰を下ろして、仁人の強く握られた手を優しく解く。手を解いてみると案の定軽く爪が食い込んでいて微かに血が滲んでいる。
勇斗「あー……、痛てぇなこれ。消毒しちゃおっか。」
仁人 「………っ…、ん………、」
救急箱セットから消毒液とコットンを取り出して優しく傷つかないように触る。
仁人「…っ”“…、!ぃ”…、ッ………、」
勇斗「っ… 痛いな。ごめん。 もうちょっとだから。」
時折痛そうに顔を掠める仁人に胸がギュッと痛くなる。代わってあげたい。何度も思ったことか。そうこうしている間にようやく、消毒が終わり仁人の俺より一回り小さい手の平に絆創膏を貼る。
仁人「ごめん…………、」勇斗「謝んなって。笑笑 」
勇斗「まだ腹痛む?」
仁人「ん…、ッ…、いてぇ…………、」
勇斗「わり、ちょっと触るわ。」
あまりにも痛そうな仁人に居ても立っても居られなくて俺は躊躇わず、仁人のジャージの裾を少しだけ捲り上げた。捲り上げて少し触ると仁人のお腹辺りはびっくりするほど冷え切っていた。自分のズボンのポケットを探ると 朝、家を出る時に「念のため」と突っ込んできた使い捨てカイロが指に触れた。
勇斗「…あった。ん。ほら、これ使え。」
カサカサと袋を振って、俺の手のひらで少し温めてから、仁人がお腹を押さえているその手の隙間に滑り込ませた。ちょうど下腹部の、一番痛みが強そうなあたり。
仁人「 …っ…、あったか…ぁ……、」
熱を帯びたカイロが肌に触れた瞬間、仁人の強張っていた肩が、ほんの少しだけ緩んだ。
勇斗「俺の手よりはマシだろ。笑 そのまま押し当ててたら少しは楽になるから。」
俺はカイロの上から、自分の大きな手を重ねて、ゆっくりと圧をかけるように温める。仁人は苦しそうに呼吸を整えながら、じっと俺の顔を見上げてくる。
仁人「おま…、なんでそんなのもってんの…、」
勇斗「…別に。今日寒いから予備用。」
嘘。本当は、一ヶ月前に仁人が腹痛いってうるさかったから。念のためって持ってきた。茶化されるから死んでも言わねぇけど。俺の手のひらから伝わる熱が、カイロを介して仁人の腹部に染み込んでいく。
しばらくそうしていると、仁人の荒かった呼吸が、少しずつ、深くて静かなものに変わっていった。眉間の皺がふっと解けて、ぎゅっと結ばれていた唇がわずかに開く。見上げれば、潤んだ大きい瞳がじっと俺を捕らえる。いつもなら「見んな」って追い払われる距離なのに、今はその視線が、どこか縋るように熱い。
仁人「はやと……、」
勇斗「ん……、??まだ痛い?」
仁人「…、んや……、あったかいから平気。」
そう言って、仁人は俺の手の甲に、自分の細い指をそっと重ねてきた。力を入れるわけでもなく、ただそこに「居てほしい」と言わんばかりの、弱々しい触れ方。
勇斗「っ…、めずらし…。お前から触ってくんの。」
仁人「たまにはいいだろ……、今だけだし。」
仁人はシーツに顔を半分埋めるようにして、小さく呟いた。熱のせいか、それとも痛みが少し引いて気が緩んだのか。
仁人 「 … ほんとは今日学校来んの怖かった。」
勇斗「 … うん。 」
仁人「朝からやばいの分かってたしさ。 ………でも……、お前が活躍すんの見たかったら………、」
その言葉に、俺の心臓がドクンと跳ねた。いつもは「バスケなんて脳筋の遊び」だの「うるさいだけ」だの毒吐いてるくせに。
勇斗「おま…、そんなこと思ってたのかよ…、」
仁人「いわせんな……、だから…、ッ…、、お前に…、おんぶされた時なんかちょっとホッとした。」
仁人は耳まで真っ赤にして、繋いだ手に少しだけ力を込める。
仁人「勇斗はさ…、言わなくてもいつも気づいてくれんじゃん。」
勇斗「まあ…、幼馴染だし。お前のことなんか大体わかるわ。」
仁人「…っ…、だから……、 いつも言わねぇ……けど……、 感謝してる………、(小声)」
勇斗「……… は?…え、今なんて言った?」
仁人「っ…、なんもねぇって…、ッ…、俺もう寝る。」
顔を真っ赤にして布団を頭まで被ろうとする仁人の肩を、俺は慌てて抑えた。
勇斗「んは 笑 聞こえてたっつーの。笑 ゆっくり寝ろ。先生来るまでずっと居てやるから。」
俺の手を振り払おうともせず、仁人は布団の中から「……ずっと?」と確認するように覗いてくる。こういう時は可愛い。ムカつくわ。
勇斗「ん。ずっと。」
そう答えると、仁人はようやく安心したように、俺の手の温もりを抱きしめるようにして目を閉じた。
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