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⧉▣ FILE_013: 解答者 ▣⧉
朝食を終えてすぐ、Aは一度自室に戻ると、パソコンを持ち出した。そして──誰にも見られぬよう、“とある部屋”へ向かう。
薄い鉄製のドアの前。
Aは左右を一度だけ確認し、小さく息を吐く。
──ガチャ。
中に入り、すぐに鍵をかけた。カチリ、という重たい音が、背中の肌を撫でる。
部屋の中は、窓もなく、電灯も暗い。
壁にはLANケーブルが這い回り、電源タップは延長に延長を重ねてコードが密林のように絡みついていた。棚にはルーターやスイッチングハブ、熱のこもったサーバーユニットまである。床には空のハードディスクケース、スクラップになった古いマザーボードの山。
ここは──“かつてLと呼ばれた少年が使っていた部屋”。
ワイミーズハウス唯一の個室であり、今は空き部屋になっている。
Aはパソコンを床に置き、背後をもう一度確認する。誰もいない。聞き耳を立てる気配もない。
パソコンの電源を入れる。
ディスプレイが光を灯す──ワイミーズハウス内部回線へ自動で接続され、URL入力欄に前回の履歴が残っていた。
> https://wammy-l-auth.org/init
“Lのために用意された特設サイト”。
Aは、再び、世界の扉を開く──
──僕は、Lについてあまりにも知らなすぎると思った。
正体も分からない。どんな人なのか、どこにいるのか、なぜ僕とBが最初に選ばれたのか。
そして……そもそも、Lという探偵にそこまで興味がなかった。
自分がLになる前も、なった後でさえも、推理小説なんて読まなかったし、パズルも嫌いだ。クイズ番組より、歌番組を見ている方が好きだった。
──しかし、知らなくていいとは、思えなかった。Lという名を背負う以上、僕の無知が誰かの命取りになるかもしれない。
たとえば、Lを名乗った僕が出したひとつの判断で、本物のLが巻き込まれる可能性だってある。それを“迷惑”と呼ぶのは滑稽かもしれないが──僕は、Lの名前に泥を塗りたくなかった。
たとえ興味がなくても。
あの人は──僕より、ずっとすごい人だから。
Lを学ぶ必要があると思った。
……サイト内の「Archives」というタブをクリックする。
そこには、Lが関与した過去の事件記録が並んでいた。
─────
【CASE_017: チューレ密室殺人事件】
【CASE_031: キプロス通信傍受事件】
【CASE_042: ジブラルタル財団資金洗浄事件】
【CASE_056: スリナム政府要人毒殺未遂事件】
【CASE_073: オスロ人体標本連続失踪】
【CASE_129: エルサレム神父連続心臓死】
────
──見たことも聞いたこともない。けれど、すべて“現実に起きた事件”。
クリックするたび、次々に表示される、事件の概要と解決プロセス。
“Lが何を見て、何を見落とさず、どうやって結論に至ったのか”──それを読むだけで、頭がぎゅっと締めつけられるようだった。
(──こんなの……僕にできるのか?)
瞬間的にそう思った自分が悔しくて、ディスプレイの中に爪を立てたくなった。
「……」
事件を読み進めながら、Aの頭に浮かんできたのは──あの、かつてワイミーズハウスにいた少年の姿だった。
誰も近寄らなかったのに、彼だけは、最初から“異質”で、“完成されていた”。
ワイミーズハウスの最高傑作。
僕が知っている“L”といえば、ここにいた彼しかいない。
(──あの子が、本当にL……?)
スクロールしていく事件記録には、解決者として“L”の名前が出ているわけではなかった。
代わりに並んでいるのはLという名前ではなく、全て偽名。表に出るような名もあれば、聞いたこともない偽名もいくつかあった。
“ひとりのL”が、これだけの名前を使い分け、世界各地で同時並行的に事件を追っていたという現実。それはつまり──“僕がLとしてやらなければならないこと”は、今読んでいるこの何十件にも及ぶ事件を、同時に解決することと同義だった。
「……」
Lになるって、こういうことなんだ。
ここで初めて、Aは気づく。
自分が“Lを継いだ”のではなく──“Lという絶望を被った”のだと。
「……………」
やっぱり、Lなんて──やらなきゃ良かった。
思わず、そんな言葉が心の中で漏れた瞬間だった。
──ピロン。
「……っ!?」
パソコンが突然、通知音を鳴らした。
Aは反射的に音量を下げ、辺りを見回す。もちろん誰もいない。
画面に、小さな赤いマーク。
メールボックスの未読通知「1」。
「……ワタリから……?」
ワタリの名で届いたメール。だが、件名にはこうあった。
──「Lより」
Aは迷う暇もなく、すぐに開封ボタンを押す。
画面に表示されたメールは、たった一行だった。
────
件名:Lより
お時間よろしいでしょうか?
────
「…………」
──それだけ。
事件の話も、命令も、何も書いていない。
ただ、“L”が、Aに話しかけてきた。
心臓の鼓動が、ドクン、と跳ねる。
たった一文なのに、それが“Lからのもの”だとわかるだけで、全身がひやりと冷えたような気がする。
Aは、固まったように数秒画面を見つめ──そして、震える手でキーボードを叩いた。
> 大丈夫ですよ。
送信した瞬間、音もなく画面が暗転した。
いきなりの着信通知。
通信ウィンドウがせり上がるように開き、Aは思わず手を引っ込めそうになった。
一瞬、カーソルが“通話を拒否”の位置に滑りかけたが、これは、Lからの連絡。逃げてはいけない。そう思い直し、Aはクリックする。
応答──
白い画面に、大きな文字が現れた。
『L』
それだけ。
姿も声もない。ただ、その文字が、光を放っている。
すると次の瞬間──加工された音声がスピーカーから流れた。
〈……Lです〉
くぐもった、歪んだ電子音。
何重にも加工され、誰の声か判別できないようになっていた。
「ぇ、Aです。……初めまして、L」
そう名乗った瞬間──通話越しに、Lがふっと、息を吐くような音を立てた。
何重ものフィルターに包まれているはずなのに、それが“安堵”だと、はっきり伝わる。
〈……元気ですか〉
穏やかに、けれど確かに、そう問うた。
「えっ、あ……はい……」
思わず背筋が伸びる。質問は簡単なのに、なぜか緊張で喉が渇いた。
〈よかった。では……早速で申し訳ないのですが、本題に入ります〉
まるでスイッチが切り替わるように、Lの声が淡々としたリズムに戻った。
〈今、アメリカ・ペンシルベニア州で起きている“免疫反応による集団死”について──ご存知ですか〉
「……はい。ニュースで見ました。研究所で、31人が……」
〈ええ。犯人は、現時点では特定できていません。ただし──この『事件』に関して、有力な情報を持っている人物との連絡に成功しました〉
Aは、内心で舌を巻いていた。
(……今朝のニュースなのに、もう?)
さっき食堂で見たばかりの報道。わずか数時間前の出来事だ。にもかかわらず、Lは既に“事件”として判断し、さらには“有力情報を持つ人物”との接触まで済ませている。
──速い。
──恐ろしいほどの嗅覚。
Lの背後には、どれだけの回線と、どれだけの情報網が敷かれているのか。想像もできない。
“Lはやはり本物だ”。
いや、それはもう知っていた。けれど──実感が、また一段階深くなった。
僕はLに問いかけた。
「誰です?その……有力な情報を持っている人物って──」
Lの声が、そこで少し間を置いた。
〈──エラルド=コイルです〉
Aの心臓が、一段階強く跳ねる。
「……エラルド=コイルって──」
Aは思わず、言葉に出していた。
「Lに並ぶ、世界三大探偵のひとり、ですよね……」
その名を、ニュースで、ネットで、憶測と伝説に満ちた伝聞の中でしか見たことがなかった。
「政府の最高機密に触れた者」「軍の人工知能プラットフォームを一晩で解体した者」「ネットワークの構造そのものを設計し直せる者」──
呼び名も、肩書きも、現実感のあるものはほとんどなく、むしろ“本当かどうか”さえ疑わしい。
──そんなコイルと、Lは。
〈……いま、交信できる状態にあります〉
Lの声が、冷静に続く。
〈ただし、これは一時的なものです。コイルは常に自分の位置情報を撹乱し、通信経路も固定されていません。連絡を取れる“窓”は数時間に限られます〉
「……そんな……」
Lの声色が、わずかに沈んだ。
〈──以前、コイルの方から接触があったとき、こちらは外部との接続を一切持たない“完全スタンドアローンの密閉環境”だったにもかかわらず……“内部の事件データすべてが謎の消去を受けました”〉
「えっ……」
〈バックアップも、一部は破損しています。 ……“訪問の挨拶”がこれでは、礼儀知らずと言わざるを得ません〉
Lは、皮肉を交えた口調で言った。
〈正直……これは予想外でした。エラルド=コイルほどの技術を持つ者が、今まで私の“機密領域”に一度も介入してこなかったこと──それ自体が、今思えば“不自然”だったのかもしれません〉
「……。じゃあ……なんで、そんな相手と連絡を?」
Aは当然の疑問をぶつけた。
これほどの危険人物。
これほどの侵入者。
それでも、Lが“接触”を選んだ理由は──何だったのか?
〈エラルド=コイルが、ペンシルベニアの“免疫反応事件”に関与している可能性が高いからです〉
Lの声は、いつも通り淡々としていたが──そこには確かな緊張があった。
〈コイルは現在、アメリカ国防総省から“依頼”を受けています。──今回の件は『事件ではなく、“放射線事故”として処理するように』、との依頼です。すでに、それ相応の報酬が、国外経由で振り込まれています〉
「──え? どうして、“事件を事故にしたがってる”んですか?」
Aはそう聞きながらも、内心で舌打ちしていた。
(間違えた。こういうのを推理するのも僕の役目だろう……)
それが“L”という存在に与えられた義務なら、いちいち答えを待ってるようじゃ──減点。
きちんと、自分で考えなくちゃ。
〈国が世間の目を気にしているんでしょう〉
Lは答えを用意していたかのように答えた。
〈ペンシルベニアでの死亡者数は、確認されているだけでも31人。すでに海外メディアも反応し始めています。事実が“殺人事件”であると露呈した場合──これは“国際問題”となる恐れがある〉
「国際問題……」
Aは、思わず繰り返した。
〈ええ。核・生物兵器の開発疑惑。放射線管理下の施設で免疫系の異常。これらが繋がるだけで、国家間の『軍事問題』に直結します。 ──ゆえに、アメリカ政府、特に国防省は、『国内で起きた放射線事故』として処理したいと考えている〉
「だから……国はコイルに“事故”として処理するよう依頼を?」
〈はい。エラルド=コイルは、“事故として処理するため”に国に雇われた。つまり──コイルは、事件を解くための探偵ではなく、“国家の立場を守るための代弁者”ということです。与えられた筋書きに沿って、“でっちあげの放射線事故を証明する”──そのための“証拠集め”をすでに始めています〉
Aは息を呑んだ。
嘘の事故を成立させるために──
証拠を、集めている?
与えられた筋書きに、沿って……そのための“証拠”。
まるで“スタックド・デック”。
最初から勝敗の決まった、細工済みのゲーム。探偵と名乗りながら、ディーラーとグルのプレイヤー──そんなの、ただの“イカサマ師”じゃないか。
なんてやつだ──
こんなの探偵と呼べるのか?
Aの中で、少しずつ──“自分がLとして動く理由”が、形を持ち始めていた。
「なんで……Lは国が動いてることまで知ってるんですか? どうして分かるんですか……?」
Aの声には、思わず本音が滲んでいた。
〈FBIの協力を受けています〉
Lは、あっさりと答えた。
〈今回の件──“免疫反応による大量死”という異常事態に対して、FBI内部でも“ただの事故ではない”という認識が広まりつつあります。彼らは本件の背後に、国家機関の関与がある可能性を懸念しており、“国防省が隠蔽を図っている兆候”を既に把握しています〉
Aはごくりと唾を飲んだ。
〈ただし、FBIは内部で動くことしかできません。だからこそというべきか、私にすぐ情報が回ってきます。その中で、コイルの“動き”も完全ではありせんが、追跡し──“コイルが正式に国防省から依頼を受けたこと”が確認できました〉
Aは、言葉を失っていた。
Lは、国家機関と並行して、既にここまでの網を張っていた。
──信じられない。
しかし、それが“L”なのだ。
「だったら──Lもコイルに依頼してみればいいんじゃないですか……?」
〈……?〉
ぽろりと、Aは言った。冗談でもなく、皮肉でもなく、ただ“選択肢の一つ”として。
「エラルド=コイルが金で依頼を受けて、事件を“事故”に偽装するなら──“Lの名前で”、その逆をコイルに依頼すればいい。“これは事件だ”と明確に、公式に、世界に向けてコイルに解かせて、政府が“事故として処理しようとしている”現実ごと、引っくり返すのは……ダメなの……」
ふと、そんな考えがよぎった。
──相手がイカサマを仕掛けるのなら。
こちらもイカサマを利用して、その“ルール”ごとひっくり返してしまえばいい。
正面から戦うのではなく、“勝つ条件”そのものをすり替える。
敵がトリックを使ってくるなら、それすら逆手に取って──“告発”の矛先を、コイル自身に向けさせる。
そんな事を考えている自分に、ぞっとした。
最終的には──事故を装うコイルに、「じゃあ君がそれをバラせ」と言わせるようにすればいい。
仕組んで、仕掛けて、そう“言わせる”のだ。
証拠を集めさせ、それをコイルの“正義”で自爆させる。
その発想は、明らかにLのそれではなかった。いや──もしかすると、L以上に“危険”なものだった。
けれど一つだけはっきりしていた。
Lとは違うやり方で、“Lと同じ場所”に立とうとしている自分がいる。
それがどれだけ危険なことか──
僕には自覚が足りてなかった。
〈………………〉
一瞬、回線の向こうが静かになった。
Aは、しまった、と思った。が、もう遅い。
──それは、倫理的にも、戦略的にも、“Lがやらない”ことだと、どこかで分かっていたから。
〈……私は、“腐っても探偵”ですよ〉
返ってきたLの声は、確かな意志を含んでいた。
〈……私は、“依頼をする側”ではなく、“パズルを解く者”です。コイルの手を借りるなら、私でなくていい〉
「……手段を……選ぶんですか?」
Lが何かを言う前に──Aの声が重なった。
「コイルに依頼した方が、あなたのためにもなると思います。別に喧嘩腰になる必要なんて、ないじゃないですか。 そのやり方を逆手に取ることすらできないほど、あなたの一策は“鈍化”してるんですか?」
一瞬の沈黙。
そして──Lの声がふっと小さく緩んだ。
「……言いますね、A」
けれどAは、その微笑に眉をひそめた。
「なんだか……あなたらしくないです」
〈……私らしくない、ですか〉
加工された音声がわずかに揺らぐ。
〈でも、そうかもしれませんね〉
Aはドキリとする。けれど、Lはすぐに続けた。
〈私は今回、ただ“事件を解決”したいわけではありません。犯人を特定する──それは当然として、その先に、もっと確実に得たいものがある〉
Aは、息を呑んで聞いた。
「得たいもの……?」
〈──“名前”です〉
「……名前?」
〈ええ。エラルド=コイルという、“名探偵としての名”。私はそれを、“勝ち取る”つもりです。 そして、私は、“犯人”だけでなく──“探偵”も裁くつもりです〉
くぐもったLの電子音が、確かにそう言った。
Aは──思った。
Lって、もっと“正義の象徴”みたいな、真っ直ぐな存在だとばかり思っていた。
でも今──この声の主は、はっきりと「他人の名前を取る」と言った。目的のために、他者の地位すら“奪い取る”と宣言した。
──正直、少し、怖かった。
この人は、綺麗な人間なんかじゃない。
むしろ、自分の正義のためなら、何でもする覚悟を持った“やばい探偵”だ。