「音無くん、やってくれるよね?」
「うん、任せて──」
そう、今僕の手には武器が握られている。目の前の美女を、これまでのモンスターたちの中でも最強格であるだろう美女を倒せる武器が。
スライムにサッカーキックが有効で、ゴブリンには負けた。そのゴブリンを仕留めたスイングは弾力のオークに負け、オークを斬り裂いた刀は硬い鎧に防がれ、堅固な死霊騎士は聖なる音色に消え去った。
これは出来レースだ。最後に僕にそれが回ってきたのは南野さんだけが知る法則だろうけど。
そして何故オークが避けなかったか、デュラハンが邪魔しなかったのか。それもルールなんだ。
──ターン制。
何よりも絶対に守られるルール。こちらが動かなければ一生終わることがないとさえ言えるルールが敷かれている。きっとあの機械によって、だろうけど。
だからそう、今僕の手の中で蠢き姿を現そうかという武器が完成するまで……いつまでだってこうしてゆったりと待ち構えていられる。
ヴイイイイイイイイイイン……
くっ、この振動……まさか超振動を起こしどんな獲物をも真っ二つにしてしまえる、そんなテクノロジー武器か?
早くその姿を見せてくれ……こんなモザイクタイルみたいな見た目の棒から早く……。
『いやあああああぁっ、おぬし何を手にして妾の前に立っているっ⁉︎』
「ああっ、僕の聖剣(予定)が⁉︎」
くっ、まさか向こうから僕の武器を叩き落としに近づいてくるとはっ! 変身中は敵も黙って見てるのがマナーじゃないのか⁉︎
僕は美女にはたかれて落とした聖剣(予定)を拾い上げて非難の視線を投げかける。
『お、おぬし……そのナニカで妾をどうしようと……?』
「ふっ、やはり恐れるか……この振動はお前を仕留める正義の力! 勘弁してくれと、許してくれと懇願したところでこの手は止まらないだろうっ!」
『ひ、卑猥な!』
卑猥? 卑怯の間違いなら分かるが。いや、まだ武器が出来上がってないうちに手を出してきた向こうのが卑怯だし。そう、みんな順番に出てきたのは、前の選手が負けてから武器が生産されるからだ。南野さんが美女に負けてからまだ時間も経ってない。僕の武器はこれから──
「お、音無くん……それなんなの?」
「南野さんまで……僕の武器はまだ完成じゃないんだ。南野さんたちと同じでもう少し時間が──」
「いや、俺たちのは突然完成も何もなくそこにあったぞ?」
「え?」
ヴイイイイイイイイイイン……
「え?」
「え?」
ヴイイイイイイイイイイン……
そんな、ばかな。それじゃあこの絶えず振動してなんかぐるぐる回っている風に見えるピンク色っぽいモザイクの棒は──。
『妾の貞操の危機なのじゃああっ!』
「うわああああっ、音無のやつやべえもん持ってるぅっ!」
「きゃああっ、近寄らないでえっ!」
「おい、ちょお前ら……」
美女が、クラスメイトが僕から離れていく。
「ちょ、南野さんもなんか言って──」
「──変態」
保健委員女子とともに、南野さんもいつのまにか僕とは大きな大きな距離を取っていた。挙句にいま聞こえたのは僕を擁護してくれる声じゃなくって……。
「変態」
「へーんたいっ」
「へんたいっ」
『変態なのじゃっ』
いくつもの、心無い言葉は何に向けられているのか。
「せっかく仲良くなれそうだったのに……そんな人だったなんて……」
美しく可愛く、優しく聡い彼女の頬を濡らすのは、さっきの演技のそれではなかった。
「待ってくれっ、僕のこれはっ、僕のこれはみんなが思ってるようなものじゃなくって──」
『妾には分かるっ、それは妾にあんなことやこんなことをするためのあの、あれなのじゃ!』
「うっせえっ! ぶっ刺すぞ!」
『どこにっ⁉︎』
……終わった。これほどの静寂は小五で漏らした時以来だ。
「先生はあっ! どんな音無でも応援するぞおっ! 何なら先生も先生の彼女も愛用しているっ!」
「──っ!」
もはやその全身が机の中に収まるほどに隠れている担任教師になんてなんの価値もないと思ってたけど、どうしてなかなか……心強い味方じゃないか。彼女さんはとばっちりもいいとこだけど。
「くそっ、僕の評価なんて元々クソッタレ以外の何でもなかったんだ! こうなったらお前の醜態も晒してくれるっ」
『なっ、この期に及んで……!』
死なば諸共。僕の手の中の振動棒は、きっと束の間でも得難い快感を与えてくれるだろう。
僕も、お前も。
その快楽の海に呑まれてイケばいい。
『一人でイッておれ、童貞めが』
「なっ──⁉︎」
美女に突貫した僕だったはずなのに、美女は霞のように消えて勢い余って倒れ込む僕を見下ろしていた。
『時間がの、ちょうどほれ』
「ああっ」
美女がその手を横に振るうと、クラスメイトたちに向けて白い光の波がふわりふわりと迫っていく。
光の波はクラスメイトを触れたそばから凍らせていく。進行の速い者遅い者とあるけれど、確実に氷に閉じ込めていく。
「ああっ、みんなっ、南野さんっ!」
勝てない。モザイクで隠しきれないピンク色の振動棒ではこの美魔女には。
できることはクラスメイトを、南野さんだけでも助けることくらい……。
「音無くん、ダメよこっちに来ちゃっ!」
「そんなっ……こんな時まで!」
相変わらず僕の右手にある震えるこいつが嫌らしいけど、すでに足先から凍りついて来ている時にまで毛嫌いしなくても……っ!
「ううん、違うの。狙われてるのはまだわたしたちだけだから……音無くんにはあの人を倒す役目があるから……」
「南野さんっ、そんなこと、僕ではもう……っ!」
ヴイイイイイイイイイイン……
それでも希望として捨てられず、こんなものを握りしめて近寄る男子はどれだけキモいだろうか。
「聞いて、音無くん。武器を受け取ったわたしたちは、みんな物語が好きな人だったの。だからっ、きっとわたしよりもずっと本を読んでる音無くんが最後の砦なんだって、そう思ったの」
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