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その日の夜、時計の針が静かに20時を指した。
古都の風情と現代の欲望が入り交じる街、京都・祇園。
その煌びやかな夜景を眼下に収めるように聳え立つ、久条ホールディングス直営の最高級会員制クラブ『Club Lotus』。
一般の高校生はおろか、財界の重鎮ですら一握りの者しか足を踏み入れることの許されないその最上階。
幾重もの厳重なセキュリティを抜け、誰の耳にも声が届かぬよう完璧な防音設計が施された特注のVIPルームにて──。
イタリア製の豪奢なアンティークソファ。
その玉座の中央に、久条亜里沙は静かに、そして息を呑むほど冷たい威厳を纏って腰を下ろしていた。
やがて重厚なマホガニーのドアが静かにノックされ、
彼女に絶対の忠誠を誓う美しき騎士たちが一人、また一人と姿を現す。
◇西園寺撫子(さいおんじなでしこ / 華道の家元 / 3年)
──凛とした和装を纏い、一歩歩くごとに洗練された完璧な所作を見せる。
◇東條院伽耶(とうじょういんかや / 浄光真蓮宗総本山「東條院家」の直系 / 3年)
──仏の教えとは裏腹な、他者を平伏させるような底知れぬ凄みを瞳に宿す。
◇一条院瑠璃(いちじょういんるり / 関西医療財団の理事長の娘 / 2年)
──冷徹な知性を銀縁眼鏡の奥に光らせる、データ至上主義の理系の才女。
◇星野綺羅々(ほしのきらら / ITベンチャーの社長令嬢でインフルエンサー / 1年)
──現代の権力である「数字と拡散力」を無邪気な毒として操る小悪魔。
◇鳳麗奈(おおとりれいな / 超有名プロゴルファーの娘かつ高校生プロゴルファー / 1年)
──勝負の世界で生き抜く、研ぎ澄まされた刃のような野心家。
そして、そこには2年のメンバーとして、結城莉奈の姿もあった。
音無奏に恩義を感じながらも、この絶対的なヒエラルキーから逃れることはできない。
彼女は少しだけ緊張した面持ちで、しかし確実にこの闇の集いの一員として直立していた。
「亜里沙様、お待たせいたしました」
西園寺撫子が、流れるような優雅さで深く一礼する。
久条亜里沙は完璧な笑みを浮かべ、ゆっくりと頷いた。
「そろったわね。白蓮会。突然の招集に応じてくれて、みんなありがとう」
京都の由緒正しき私立高校、洛北祥雲学園。
その各学年から、血統、財力、実績、容姿、学力
──すべてにおいてずば抜けた二名ずつのみが選抜されるカリスマ女子高生たちの私的な交流サロン。それが彼女たちの集い「白蓮会」である。
表向きは優雅な淑女の集まり。しかしその実態は、学園の暗部を完全に支配し、裏から操る冷徹な統治機関だ。
西園寺が、その場の空気を確かめるように、静かに口を開いた。
「まずいつもどおり冒頭に、我々、白蓮会の理念を確認しましょう。ただ伝統文化やマナーを学ぶだけではない。将来、メンバー全員が世界で活躍できる、圧倒的な影響力を持つ女性となる。そのための情報交換と交流の集いです。みなさん充分に理解して、日々の学園生活を送るように」
その言葉に星野綺羅々が、最新型のスマホの画面から目を離さずに甘い声で続く。
「その理念を実現していくためにも、来週の文化茶会は重要ですね。亜里沙様の指示通り、大阪の蘆屋女学院、神戸の仁和寺女学館など、関西の超名門校から選りすぐった才媛たちを数名のみ、特別に招待しています。これでまた私たちの強固なネットワークは広がりますわ」
東條院伽耶は、目の前に置かれた最高級の茶器に白魚のような指先を添えながら、静かに微笑む。
「そうね。私たち白蓮会は、家柄・素養・実績──すべてを兼ね備えた、選ばれし者だけが加われる神聖な場なのよ」
その静謐な気配だけで、室内の温度がふっと下がったかのように場が引き締まった。
その時だった。鳳麗奈が、その予定調和の会話を冷たく、そして鋭く遮った。
「亜里沙様。そのお話ならば、普段の定例会で十分にできるはずです。今日、この時間に、わざわざVIPルームに亜里沙様が我々を緊急招集したのは、そのような表向きの綺麗事のためではないでしょう?」
鳳麗奈は、真っ直ぐに久条へと向き直る。その瞳には、肉食獣のような好戦的な光が宿っていた。
「我々の、もう一つの顔……『諜報機関』としての力が、今すぐ必要になったから。違いますか?」
久条はふっと息を吐き、満足そうに頷いた。
その瞬間、彼女の顔から「完璧な優等生」の仮面が剥がれ落ち、冷徹な女王の素顔が露わになる。
「ええ、その通りよ。今日、緊急招集をかけたのは他でもないわ。私たちの美しき王国に這い入ってきた、一匹の目障りな害虫についてよ」
彼女は、今日の昼休みに音無奏と交わした茶会での攻防を思い出す。
『天宮の隣というちっぽけな玉座に興味はない』と言い放ったあの男の不遜な瞳。彼女は怒りを冷たい刃に変え、メンバーに事の次第を共有した。
「音無奏は私たちのルールを完全に理解し、そしてその上で、私たちが築き上げたこのヒエラルキーを根本から破壊しようとしている。これはもはや、ただの反逆や戯れではないわ。白蓮会そのものへの、明確な宣戦布告よ」
久条の澄んだ声が、VIPルームの重い空気を切り裂く。
「私は、彼の『出自』そのものが、最大の弱点であり急所だと推測しているわ」
彼女は立ち上がり、六人の騎士たちをねめ回すように見つめて指令を下す。
「彼の奨学金入学の経緯。あそこには絶対に、何か隠された裏があるはずよ。その全ての泥を洗い出しなさい。あなたたちの親が持つ権力、財力、情報網をフルに使いなさい。理事会、PTA、教職員の内部資料、過去の経歴……あらゆるルートを使って、音無奏という人間の出自の全てを、白日の下に晒し上げるのよ」
一条院瑠璃が眼鏡のブリッジを押し上げ、静かに、しかし鋭く同意した。
「確かに、奨学金制度の基準から考えても、理論的に説明がつかないわね。特別な家柄もなく、強力な後ろ盾もなく、かといって突出した学力や能力の記録もない。そんな『透明な生徒』が、どうしてこの洛北祥雲学園に、特待生のような顔をして存在できているのか……明らかに異物よ。徹底的に調べ上げる価値はあるわ」
久条は口角を釣り上げ、酷薄な笑みを浮かべた。
「さすがね、瑠璃。そう、そういうことよ。嘘で固められた足場を崩せば、あんな男、一瞬で地に堕ちるわ。完膚なきまでに叩き潰すのよ」
そして彼女は、煌めく夜景の見える窓際からゆっくりと振り返り、玉座の前に立って力強く、そして決定的な死刑宣告を下した。
「白き蓮は、濁る泥水の中では決して咲かない──。排除すべきね、あの泥を」
その言葉を合図に、結城莉奈を含めた六人の美しき少女たちは、誰一人として遅れることなく静かに立ち上がった。
そして、絶対的な女王に向けて、深く、優雅に頭を下げる。
「御意に、亜里沙様」
京都の夜を支配する彼女たちの冷たい宣戦布告。
音無奏という規格外の観測者を潰すための、強大すぎる権力の歯車が、祇園の夜景の向こう側で、今、静かに、そして確実に回り始めた──。
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