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四十九日の法要が終わり、私たちは籍を入れた。
マンションのリフォームも終わり、祖母が使っていた和室は無垢のウォルナットを天井と床に張った、木の温もりが感じられる寝室に生まれ変わった。
その部屋の半分以上を占めるのが新たに購入したダブルベッドだ。
「ひなと杏子と川の字になって寝られるなんて夢みたいだ」
晴れて夫となった鷹也が感動を噛みしめている。
「パパはここ、ママはここ、ひなはまんなかー」
「ひな、パパが絵本を読んでやろう」
「わーい! じゃあきょうはこれ!」
そう言って持ってきたのは『いいから、いいから』というほっこりするおじいちゃんのお話だ。
鷹也は張り切って情感たっぷりに読み上げ「いいから、いいから!」と二人でハモっている。
本当に見ていて微笑ましい。
……でも私は知っている。この後起こることを。
絵本を読み聞かせているうちに寝てしまった父と娘。さあ、ここからだ。
ダンっ
「ウッ……」
ボカッ
「イテッ」
わぁ……始まった。
ひなは寝相が悪いのだ。
狭いシングルベッドにいつも二人で寝ていた私は慣れているけれど、たまに一緒に寝る大輝はいつも悲鳴をあげていた。
あら、でも鷹也起きないわね。
やられっぱなしなのに起きる気配はない。
でもとりあえず、川の字で寝るのは今日でおしまいかもしれない。
鷹也が白旗をあげる可能性大だから。
私は最初で最後になるであろう二人の様子をスマホで撮影し、ひなの隣に潜り込むことにした。
ついでに自撮りで川の字になった3人を撮っておく。自撮り写真を確認、確認。
「『川』じゃなくてこれ『H』ね……」
翌朝、朝食の準備をしていると寝室から声が聞こえた。
「パパー! おっきってーっ!」
バフンッ バフンッ
「ウッ……ひ、ひな……くるし……」
「おきたー?」
「う、うん……おはよう……ひな、ちょっと重いかな……」
「ひな、おっきくなった?」
どうやら、ひなが鷹也に馬乗りになって起こしているらしい。
やっぱりうちの子、最強だわ……。
朝からひなのキョーレツな洗礼を受けた鷹也が、フラフラしながらキッチンまでやってきた。
「おはよー」
「……おはよ……顔洗ってくる……」
あーあ。やつれちゃってるよ。
今夜はきっとギブアップするんだろうなー。
そう思っていたのに、展開は意外なことに。
「ひな、きょうからひとりでねる」
「ええっ? どうしたの?」
「いいの。ひなおねえちゃんだから」
「??」
ふふん、とドヤ顔のひな。
大人になるって意味かな?
今日は仕事で遅くなって、知美さんが迎えに行ってくれたのよね。保育園でなにかあったのかしら?
さっさと自分の(旧私の)ベッドに入っていたひな。眠りについたのを見計らって、知美さんにメッセージを送ってみた。
すると直ぐに折り返しの電話が。
「ひなちゃん何か言ってた?」
「今日から一人で寝るんだって」
「フフフ、そう。りょうくんのおかげね」
「りょうくん?」
知美さんは保育園の帰り道に聞いた話を教えてくれた。
ひなは仲良しのりょうくんに、大きなベッドで寝た話をしたらしい。
パパとママとひなの三人で。
するとりょうくんが「パパとママといっしょにねたらおとうとができないんだぞー」と教えてくれたらしい。
なんでも一人で寝られない子の所には「こーのとりがきてくれないんだ」と言っていたそうだ。
なるほど……。それはきっとりょうくんのご両親が「弟が欲しい」という息子のリクエストにそう答えたのね。
「可愛いわよねー。ひなちゃん、早速実行に移したんだ」
「そう、みたいね……ハハハ」
「じゃあ、気を利かせてもらったんだし、励まないとね」
「知美さん!」
な、何を言うんだ、この義母は!
「でも、鷹也くんだって二人目欲しいんじゃない? あんなに子煩悩なのに、妻の妊娠出産を経験していないんでしょう? ひなちゃんの生まれたときのことも知らないわけだし。やっぱりちょっと気の毒だわ。写真やビデオを見たところでリアルな状況は伝わらないわよ。実際に妊娠出産を一緒に経験したいんじゃないかな」
「……うん」
そうか。鷹也はひながお腹にいるときから知っているわけじゃない。
二人目かー……。
「ただいまー」
「あ、おかえりなさい! もっと遅くなるかと思ったわ」
鷹也は研究会の後、先生方を飲みに連れていくことになりそうだと言っていたのだ。
「それが、H大の先生方、皆さん家庭が第一らしくて、懇親会が終わったらさっさと帰って行ってしまったんだ。課長は飲みに行きたそうにしていたけど、無駄に経費を使うだけだし却下した」
なるほど。たしかにうちの会社でも若者ほど飲み会に行きたがらない。
皆さん家庭を第一に考えているから、新歓と忘年会だけなのよね。全員揃うのは。
役職者の皆さんは旧体質でよく飲みに行かれているけど……。
でも森勢の名を持つ鷹也がいなかったら、課長は飲みに行きたかったんだろうな……。
鷹也じゃないと却下できなかったと思うからいい仕事をしたよ。
「え! ひな、もう寝たのか?」
「ああ……うん。さっき寝たとこ」
「え~! 急いで帰ってきたのに、間に合わなかったのか」
「ハハハ……残念だったね」
鷹也はがっかりしながらお風呂へ入りに行った。
「ひな、なんで部屋に戻ったんだ?」
「あー……」
風呂から出てきた鷹也がタオルで頭を拭きながら聞いてきた。
昨日キョーレツな洗礼を受けたというのに、それでも一緒に寝たかったのかしら。
そこで私はさっき知美さんから聞いた話を話してみた。
家族計画……って話し合ったことがなかったのよね。
子供は何人欲しいとか、いつ欲しいとか、夫婦になったんだから話しておかないとダメよね。
ベッドの中でもないのに、こういう話を私からするのって結構勇気がいるなぁ。
「お、おとうと……」
鷹也が面食らっている。
現状、いつ出来てもおかしくない状況なのに、どうして驚いているのよ。
一応新婚なのにまだ早かったかしら?
私は母が若くして亡くなったので、弟妹なんて自分には縁のないものだと思っていた。
でも歳は離れているけれど、悠太が出来たときは嬉しかったのを覚えている。
出来ればひなにもきょうだいを……って思うけど。
「うーん……今すぐじゃなくてもいいの。でもいずれひなにも弟妹がいた方がいいでしょう? 私も憧れていたのよ? 自分が一人っ子だったから――」
「そりゃ……今すぐ」
「え」
「そんな話を振ってくるってことは、今日、OKってことだよな?」
「ええ?」
「せっかくひなが気を利かせてくれたんだ」
「えええ?」
鷹也がニヤッと笑って私を抱き上げた。
「奥様? 俺たちのベッドに行こう?」
「鷹也!」
「二人目はもちろん欲しいよ。今すぐにでもいいし、もう少し後でもいい。それは杏子の仕事次第でいいんだ。でも俺はもっともっと愛し合いたい。やっと一緒になれたんだ。二人の時間も大切にしよう?」
「鷹也……うん。愛してる!」
「俺も。愛してる!」
こうして私たちは新しいダブルベッドで初めて愛を交わした。