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2 - 第2話「終わりと始まり」

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2023年01月09日

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そうだ。


僕は出会った時から今まで、頼りないままだった。


肝心な時に逃げてしまう臆病者だ。


今日は絶対に逃げない。絶対にやり遂げるんだ。


そう腹を括って来たんだった。


いつの間にか、足が軽くなっていた。


気持ちが落ち着いたんだろうか。


覚悟が固まったんだろうか。


色々と君と話す内に、目的の場所に着いてしまっていた。


ここは、僕と君の物語が始まった場所だ。


「やっと。着いたね。」


君が言ったその言葉には、色んな感情が含まれている気がした。


「あの時の流れ星のおかげだね。」


「なんだ、ちゃんと覚えてくれてたんだ。」


また君が鼻をすすりながら話す。


「あの後2人で約束したよね、絶対にこの願いを叶えようねって。あれからもう5年も経っちゃったんだね。」


「5年か。あっという間だったね。」


気の利いた言葉が見当たらない。今から大事な時だって言うのに。苦し紛れに、君に声をかける。


「あの日みたいに、横になって星を眺めようよ。」


「それ。いいね。そうしよう。」


そういって僕らは地面に背をつけた。


「懐かしいね。この感じ。」


空を見つめながら君が続ける。


「コンクリート、冷たいね。」


「真冬だもんね、しょうがないよ。」


「人間ってさ、死んだらどうなるのかな。」


「うーん。どうだろ。星になるんじゃないかな。」


「星かあ…なんかロマンチックでいいね。」


そう言いながら僕の目を見つめて抱きつく君。


僕はそっと君の頭を撫でる。


寒さで手がかじかむ。


君の感触が薄れていく。


「もう、心の準備はできたかい?」


瞳が暗闇に慣れたころ、君に問いかける。


「ううん。まだ。もう少しこうしていたい。」


そういって顔を隠しながら丸く背を曲げる。


顔を見られたくないのだろう。


微かに声が震えている気がした。


そこから何時間か経っただろうか。


僕らは時計を持ち合わせていないから、正確な時間はわからない。


夜が更けて街が静寂に包まれるころ、君が口を開いた。


「本当に、これでよかったのかな。」


僕に話しかけた、というよりも、自分自身に問いただしているような口ぶりだ。


僕の前では強いふりをしながら、君はずっと迷っていたんだろう。


僕の言葉が、答えになるかはわからない。ただ、君を認めてあげたかった。


「もう、充分だよ。君は本当によくやった。やり切ったよ。」


腕の中で君が鼻をすする音が聞こえる。


照れているのだろうか。


泣いているのだろうか。


そんなことは関係ない。


君が確かに隣にいる。


それだけで充分だ。


「ありがとう。」


君はそう呟いてゆっくりと立ち上がる。


「お待たせ。もう、準備できたよ。」


君が差し伸べてくれた手を取って、僕も体を起こす。


「君と出会えたおかげで、僕は強くなれたんだ。」


君の手を強く握り締める。温かい。


「私も君と出会えたおかげで、どれだけ辛くても乗り越えてこられた。」


君の手の震えが止まる。


気持ちの整理がついたんだろうか。


「ねえ。」


「ん?どうした?」


「昔みたいにさ、一緒にせーので感謝を伝えあわない?」


「いいね。それ。懐かしい。」


「あの時は本当にびっくりしたよね。」


「そうだね。まさか2人とも願い事が一緒だなんて」


「ああいう時って普通男の人はエッチなこと考えるんじゃないの?」


「ばか、そんなわけないだろ。」


「あー。この隣にいる超絶美人で可愛い女の子とヤリてー!とかさ!」


「それは、思う。ていうかそれは、願い事じゃなくて常に思ってる。」


「ばか!なにそれ!さすがは、私と出会うまでDTだっただけあるね。」


「それは余計だろ!ったくもう…」


2人の笑い声が壁に反射してこだまする。


いつまでもこうやって笑い合える日々が続けばいいのに。


そんなことを考えるも束の間、笑い声が聞こえなくなった頃、君は重たい口を開いた。


「じゃあ…」


「うん…」



『『せーの』』



そう言った瞬間、今までの想い出が一瞬でフラッシュバックしてきた。


幸せな瞬間も、不安でどうしようもなかった日も、怖かった日も全部。


本当に色んなことがあったんだ。


この5年間という年月は、絶対に無駄ではなかった。


楽しかったよね。


本当に。



『『今まで、ありがとう。』』




全力で笑いながら見つめ合う2人。


君の眼には涙が溢れている。


僕はうまく隠せているだろうか。


ちゃんと笑えているだろうか。


「プッ…変な顔。」


「え?なんだよそれ」


「だって、わんちゃんみたいな顔してるんだもん」


「わんちゃんって…」


犬のことをわんちゃんと呼ぶ君さえ愛おしい。

本当に君と出会えてよかった。


「ちなみに何犬?」


「うーん、オールド・イングリッシュ・シープドッグ?」


「いや、なんだよその長い名前。普通そこは柴犬!とかトイプードル!とかかわいい名前の犬を言うところだろ」


「オールド・イングリッシュ・シープドッグもかわいいよ?」


「あ…かわいいの?んー。じゃあまあいいけども。」


初めて聞く犬の名前。


だけどそんなことはどうでもいい。


やっぱり君と話している時間は楽しい。


君と1秒でも長く話していたい。


だけど、もう遅い。


僕らには、もうなにも残っていない。


君の手を握りながら、ゆっくりと足を前に運ぶ。


1歩…2歩…3歩…


ゆっくり。ゆっくりと二人三脚で歩いていく。


もう、進みたくない。


このまま足を止めて引き返したい。


そう考えている間に、気がつけば端に立っていた。


「もう一回、せーので一緒に言わない?」


本当にもう。せーのが好きだな君は。


「またせーの?次は何を言うんだい?」


「だって私、絶対最後の最後で勇気が出ないからさ?せーの!って言ったら、1人じゃないんだ。大丈夫。って思えるじゃん?」


「そうだね。それなら前向きな言葉の方がよさそうだね。」


「前向きな言葉!いいねえ!それにしよう!」


「うーん。それじゃあね、”いこう”ってのはどう?」


「いこう?何なのそれって前向きな言葉なの?」


「なんだか、前に進むって感じがしないかい?かっこつけた言葉言うのも僕らの柄じゃないしさ。そのくらいシンプルな方がいいんだよ。きっと。」


「そっかあ。そうだよね。それにしよう。」


ごめんね、本当は前向きな言葉が見つからなかっただけなんだ。


どうしても怖かった。


だから、君にいこうって言ってもらえたら、踏み出せる気がしたんだ。


「もう、準備はいい?」


「もちろんだよ。いつでも、大丈夫。」



『『せーの』』


暗闇の中に2人の声が響き渡る。


静寂が2人を包み込む。


僕はそっと口中の唾を飲み込み、再び口を開いた。



『『いこう』』



君の口から聞く最後の言葉。


その言葉と同時に僕らは足を踏み出した。


やっぱりこの言葉にして正解だった。


何も怖くない。


きっとここからまた僕ら2人だけの時間が動き始めるんだ。


仕事なんてしなくてもいい、他人に気を使わなくてもいい2人だけの世界で、毎日笑い合って暮らすんだ。


君はずっと手を握ったまま、僕の方を見つめる。


最後まで笑顔は絶やさないつもりのようだ。


僕が怖がっていたことに気がついていたからだろう。


ありがとう。


最後まで気を遣ってくれて。


空と地面が逆さまになる。


頭では処理しきれないほどの情報が流れ込んでくる。


横断歩道から聞こえるかっこうの音、コンビニでたむろしている若者の笑い声、ビルの排水管から垂れる水の音まであらゆる音が僕の脳に語りかけてくる。


全ての音が鳴り止んだ時、僕は気づけば地面に横たわっていた。


隣では君が目を閉じたまま笑っている。


相変わらず手は握ったままだ。


君に話しかけたい。


君の声が聞きたい。


なのにどれだけ声を出そうとしても声が出ない。


胸を強く打ったせいだろうか。


手を強く握り締めていたい。


なのに腕に力が入らない。


それどころか、全身の感触がない。


近くから若い女の子の悲鳴が聞こえる。


どうやら耳はまだ無事なようだ。


すぐにあたりはざわつき始めた。


救急車でも呼んでいるのだろうか。


もうこのままほっといてくれよ。


そう心の奥底で思いながら、残された唯一の五感である耳を澄ます。


『こんな所で死ぬなよ気持ちの悪い』


『小さい子供もいるんだから、場所くらい考えてよね』


『うっわ、すげえ。人死んでんぞ。写真撮っとこ。』


所詮人間なんてこんなものだ。


世の中なんて腐り切っている。


人の気持ちに寄り添うことができない人間。


他人を思うふりをして、自分の考えを押し付ける人間。


何事にも無関心で、世界で起きていることは全て他人事だと思っている人間。


本当に心から心配してくれる人間なんてひと握りしかいない。


僕にとって、それは君だけだった。


寒い。


溢れ出す血と共に、身体から熱が失われていく。


遠くから救急車のサイレンの音が聞こえる。


都会だから道が混んでいるのだろうか。


一向に近づいてくる気配がない。


眠い。


僕の身体はもう限界を迎えるようだ。


瞼がとてつもなく重く感じる。


君の姿はもうぼやけてしまって、ほぼ見えなくなっていく。


次第に耳も聞こえにくくなり、気づけば自らの鼓動の音しか聞こえなくなっていた。


皮肉なものだ。


この世で最後に聞いた音が、この世で一番好きな君の声ではなく、この世で一番嫌いな救急車の音だなんて。


いっそのことそのまま死んでしまえたらよかったのに。


なんてことを考えながら、心を落ち着かせるように、僕はどんどん遅くなる鼓動の音に耳を傾けてゆっくりと眠りについた。

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