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「またこちらですか」

救急隊員が無表情で言う。そうです。またこちらです。

「一昨日振りですかね」

そうですね。頻度は2〜3日に一度でしょうかね。

「我々もあまり暇ではありませんので、今後は怪我の無い様ご注意下さい」

返す言葉も御座いません。以後気をつけます。

救急隊員たちは、手際良く意識の無いコウを担架に乗せると、コウの瞼を開き、右目の眼球下の部分にコードリーダーの光を当て情報を読み取る。

「支払いはご本人で?」

聞かれて私は頷いた。

償いが行われた時の報告や、武器購入、治療費の支払い等全てが右目の下に印字されたコードで行われる。

こういうのを見ると、私達はやっぱり罪人で、何かの管理下にあるのだな、という事を強く感じる。

「では、失礼致します」

事務的に言って、救急隊員達はコウを連れて行った。

救急隊員や、償い斡旋の事務所員達は、罪人では無いのだろう。管理する立場の者。人間なのかどうか、それすらも分からない。

何者であろうが、無害だから別にどうでも良いのだが。

私は、去って行く救急隊員達の後ろ姿を見ながら、昔の事を思い出した。


「わぁ!」

ジェイが急に声を上げた。彼を見て視線を追うと、その先に白と茶色のフワフワした小さな生き物がいた。

「カナデ、猫が居るんだけど!」

この世界で猫を見たのは初めてだった。彼も初めてだった様で、かなり驚いた様子だった。

ジェイが目を輝かせながら近付くと、ウーと低い声で唸られてしまう。

「怖く無いよ」

優しく声を掛けながらゆっくり近付くジェイ。後1メートル程に迫った時、猫は身を翻して逃げてしまった。

「あー、残念」

翌日、同じ場所でまた同じ猫が居た。めげずに近付こうとするジェイ。今度は唸られながらも頭を撫でる事が出来たが、すぐにシャーっと威嚇されて逃げられてしまった。

その翌日、同じ場所でまたもや同じ猫が居た。驚いた事に、今度は猫の方から近付いてきた。ジェイの足元に頭を擦り寄せ、回り込んで尻尾で優しくノックをしてくる。

「何て可愛いんだ!」

しかし抱き上げようとすると逃げてしまった。

以来、その場所に行く度にその猫と触れ合うのが新しい日課になっていった。

ジェイは、何度も連れて帰ろうと試みたのだが、その度に猫はジェイの腕をするりと抜けて距離を取る。

「まだ完全に心を許してくれて無いんだよ」

私が言うと、ジェイは「その日が来るまで諦めないぞ!」と、ますます意気込んで毎日通った。

ある日の事、私達がそこに行くと「ニャー」と声を上げながら猫が駆け寄ってきた。嬉しそうな顔でしゃがんで両腕を開けるジェイ。何と、信じられない事に猫が飛び込んで来たのだ。

「カナデ!とうとう、とうとうこの日が来たよ!」

驚きつつも喜びを隠せないジェイ。腕に抱かれる猫はゴロゴロと喉を鳴らしている。

そのまま、家に連れて帰る事にしたのだが・・・。

家の前の角を曲がった所で、するりと腕から飛び降りて駆け出してしまう猫。

「あっ!」

それは一瞬だった。

スピードを出して直進して来た車に、轢かれてしまったのだ。

即死、だった。

車は気付かずに行ってしまう。

私とジェイは慌てて猫に駆け寄って抱き上げた。

「そんな、せっかく仲良くなれたのに・・・。これから、新しい家族になる筈だったのに・・・」

ジェイは泣いた。それはもう滝の様に。

私達は、その猫の遺体を抱いて家に帰った。荒れ果てたままの花壇の前で、二人で冷たくなった猫を抱きしめてあげた。

「ジェイ、埋めてあげよ」

私が言った、その言葉がいけなかったのだ。

「・・・え?」

ジェイは、訳が分からない、という顔だった。

「お墓、作ってあげよう?」

「何、言ってるの・・・?」

「何って、猫ちゃんの為に、埋葬してあげようよ。同じ家の敷地内なら、寂しく無いよ?」

私の言葉を聞くに連れて歪んでいくジェイの顔。

「埋めたら、死んじゃうじゃないか。こんなに小さいのに。『小さい者』は『守らなくては』ならないんだよ。カナデ、知ってる筈だよね?」

『小さい者』は『守らなくては』ならない。これはジェイが囚われている幼少期からのトラウマ。このトラウマのせいでジェイは罪を犯したのだ。それを、こんなキッカケで呼び起こしてしまった。

ジェイは猫を自分の腕に奪い取ると、私を殴った。手加減無しで力一杯。鼻血を噴きながら、私は吹っ飛んだ。振り返ると、拳銃を構えたジェイが視界に入る。

撃たれる!

そう思った時、右脚に熱い痛みが走る。貫通。私も本能的に拳銃を抜き、ジェイの足元を撃つ。左の甲にヒットした。「うわぁ!」と声を上げながらジェイの拳銃のシリンダーが回るのが見える。反射で私もトリガーを引いた。私の弾の方が早かった。ジェイの心臓部を撃ち抜く。だがジェイの弾も発射されており、それは私の眉間を撃ち抜いた。

相撃。

銃声に気付いた隣の住人の通報で、私達は救急車で運ばれた。お互いに一週間以上の入院の後、気を利かせた救急隊員の計らいで火葬され骨壷に納められた猫の遺灰を受け取る事になる。

ジェイは、只々泣いた。私も泣いた。二人で涙が枯れるまで泣いて、それから遺灰を川に撒いた。

地獄と常世の狭間にて

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