テラーノベル
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_桜滝。
『奥には、誰もいないよ?』
先ほど、名を呼ばれた気がしてから、自分に落ち着きがないのがわかる。
あんなにも甘夏を動揺させてしまったのだ。申し訳ないと思う。
「甘夏、さっきはごめんね?ほんと、、」
今はもう、自分たちのの浴衣を抱えて、脱衣所の入り口付近にいた。
「ううん!なんか考え事しちゃってただけなんだよね!私、もう全然気にしてから、はっちゃんも気にしないで!ね!」
少し強張っていた空気を和ませるように努めてくれていることがわかって、ハルは心の底から安堵し、嬉しく思った。
甘夏の手持ちのものを見る限り、どうやら彼女の浴衣には向日葵が描かれているらしい。太陽の色をそのまま映したような、澄んだ色だった。花のように笑う彼女の印象にピッタリで、「ふふ」と声をあげそうになる。
一方で、ハルの浴衣は玉雨が選んだもので、淡い色で描かれた桜と、瑠璃色で描かれた、ネモフィラのような小さな花が、静かに咲き誇っていた。
「ふふ、あの着物も浴衣も、気に入った?」
嬉しそうな、優しい笑みで、そう聞いてくる。
「うん…。どうしても綺麗だから、見惚れちゃうくらい。」
「いいね〜。照れ隠ししなくなった。」
「もう甘夏に隠しても無駄だよ〜」
こんな他愛のない会話をするのが、どれだけ待ち遠しかったことか。今までは、益山夫婦にしか話すことはなく、面と向かって話しをすることも、他人と目を合わせるのさえ、怖がってできなかった。それが、決して多数人ではないが、こうして会話をすることができている。それがこの上なく嬉しい。
それは、あの彼女の長所のおかげでもある。
「うんうん!やっぱいつ来ても広いなー!」
いつの間にか、もう目的地に着いたらしい。
そう言われて、スッと目線を元に戻す。と、
**バーン!**とでもなりそうな、竹の葉で彩られた、広い脱衣所があった。
ん?脱衣所⁇
「ねえ、甘夏。広いのって、もしかしてお風呂そのものじゃなくて、この、脱衣所ってこと⁇」
「え?ああそっか!説明できなくてごめんね。ここは沢山の人がお風呂とここ(脱衣所)とを行き来するでしょ?
だから混雑しないように、少し広めに設計してあるみたい!」
少しのレベルじゃないくらい、その脱衣所は、かなり広かった。だが、その言葉にして伝えるよりも早く、甘夏はハルの手を引いて、1番手前の、壁際の棚に手をかけた。そして荷物を置き、いろんなところを指差しながら、丁寧に教えてくれた。
「ここから拭くものを取って、ここで髪をまとめ上げて、入浴で使うものは、この大きな竹籠に入ってるからね!そしたら、ハルも知ってるお風呂とおんなじ!」
シュババっと手順を説明してくれた甘夏は、もうここのベテランなのだろう。あまり年も変わらないはずなのに、いつからここにいるんだろう?そんなことを考えながら準備を済ませ、甘夏を探してみると、もう準備万端といった様子で、ハルを待っていてくれた。
ガラガラガラッと開いた先に見えたものは、ハルの脳には処理できるわけがなく、甘夏に手を引かれるがまま、その場を乗り越えた。
チャポーン…
「ふぅ…」
少し熱いようだが、歩き回って疲れた筋肉に、思い切り沁みる。
「今日1日は、宿案内だけで終わっちゃったね。」
なんだか名残惜しいかのように、甘夏が呟く。
「うん。だってあんなに広いんだから。無理もないよ。」
ハルだって、色々ありすぎて、脳が限界だった。
隠り世にきて、玉雨の部屋で事情やら、この世界の仕組みやら、慰霊(?)のことやら、いろんなことを聞いて。隠湯堂にきて、初めて会った玉雨と離れて、甘夏と出会って。なかなか盛りだくさんの1日だったと思う。_そして。これからどうすべきか。もうあの世界へは戻れないのだろうか。う〜ん…と唸っていると、甘夏が気になると言うように、ひょこっと顔を覗かせてきた。
「大丈夫?ううーんってなってたけど、考え事?」
「うん。これからどうしようって。」
甘夏にはまだ、自分が現世の人間だとは伝えていない。だから、1番大事な部分だけ、相談しておくことにする。
「これからかぁ。私からしては、はっちゃんにはここにいてほしいなあ。いっぱい教えたいこともあるし、いっぱい話したいこともあるし、いっぱいやりたいこともある。だって初めての宿仲間だもん。先輩後輩ばっかだったからさ〜」
「それは賑やかそうだね。」
なんとなく彼女の周りのことを想像して、たくさんの人達がいただろうなと思う。
「うん、もうほんとにうるさいぐらいに賑やかでね。…でも、そんなだから、怖くなっちゃうぐらい静かになるんだよね。」
急に、声のトーンが下がった。どうしたんだろう?
甘夏がしてきたように、自分も顔を覗き込もうとする。と。
くらぁっとなって、そのまま顔を湯に直撃させた。
「うぇ⁉︎はっちゃん⁉︎大丈夫⁈」
ぶくぶくと、気泡が昇ってくる。
「ぷはっ!…あれ…私。…お湯?」
「もしかして、のぼせちゃった?ここのお湯、あついからね。上がろっか?」
「うん…ごめん」
さすがベテラン。こんなあついなかでも、汗ひとつかいていない。少しふらふらする体を必死に動かしながら、甘夏に対する尊敬心が芽生え始めていた。
コメント
3件
おかげさまで❤︎4000超えました‼︎ほんとにありがとう!
はっちゃんっ…!? はっちゃ、…リアルで自分とあだ名の付け方が同じなの好き。 君気が合いそうだね。 それにさぁ、…玉雨のセンスの良さよ。なぁに?そのセンスよさぁ、…分けてぇ…?