テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「大丈夫?はっちゃん」
「ほんっとに申し訳ない…」
吹奏楽部で少しは体力ついてるとは思ってたけど、いつもより熱いお湯ってだけで倒れるなんて…。どん底にいるハルを、相変わらず甘夏は笑ってくれる。
「あはは!ううん、全然。というか、謝らないとだよね。」
うちわで仰いでいた手を止め、ハルと甘夏は向かい合った形になる。
「実はね、ここ、かなり有名な熱湯風呂なんだ。お客様のなかでも、かなり熱風呂マニアの方が入りにくるんだよ。ハルは細いし、あまり血色も、その、よくないから、汗流してすっきりしてほしかったの。でも、度が過ぎたね。私でもギリギリだったから。ほんと、ごめんね。」
謝る甘夏の姿は、本気でハルを心配していたことが容易に読み取れるくらい、しぼんでいた。上目遣いに見上げる瞳は、優しい光を灯していた。それを突き放すほどハルは冷酷ではない。
「ううん、気にしないで。えっと、もとはと言えば体力がなかった私も悪いし。それに、気のせいかもしれないけれど、なんだか体が軽くって、うん、すっきりした気持ちになれたんだ。甘夏が連れてきてくれたここのお湯は、ちゃんと効いてるんだよ。だから、ありがとう。」
途切れ途切れでも、感謝の言葉を伝えられた。その言葉に、甘夏はいつものように、向日葵のような笑顔を見せてくれた。釣られてこちらも笑ったところで、冷め切っていない熱が、ハルの意識を襲った。フラフラしているハルの身体を、甘夏が支え__
ようとした。が、それよりも早く支えた腕があった。甘夏はふぅ、と吐息交じりに笑って、主を見た。
「お早いお帰りで。」
それは、玉雨だった。
「御勤めはもう良いのですか?」
「口が達者になってきたな、甘夏どの」
「あはは、相変わらずで。」
軽々と言葉を交わす2人の間で、ハルはどうしていいのか分からなくなった。声をかけるべきなのか、このままのぼせた姿で時が過ぎるのを待つか。さすがにこの腕にはもう慣れたが。
「しかし、随分すごいところへ案内したな。ここは相当厳しい場所だぞ。ハルもこの調子だ。」
それはもう謝ってもらいましたよ、と言いたかった。甘夏が、寂しそうに、悲しそうに笑ったから。___
甘夏と玉雨の肩を借りて広い廊下を歩き、広い居間に出た。そこにハルを寝かせると、玉雨は羽織っていた物をハルにかけた。隣では甘夏がうちわで仰いでいる。
「……なんだか、小恥ずかしいですね。ここまでしてもらうなんて……」
「まあ、ここまでお主が弱いとはな。やっていけるのかどうか。」
ふ、といつかの玉雨らしい笑いを見せた。
「玉雨様は、どちらにいらしたんですか?」
この空気がどうも歯痒くて、質問した。
「あぁ。この建物からそう遠くないところにな。思いの外早く終わったんで切り上げてきた。…油断はできないが。」
最後の一文は、ハルにはよく聞こえず、そのことについて問いかけるのを、なんとなくやめておいた。瞬間、玉雨の動きが止まり、「チッ」と小さく舌を鳴らした。ん?と思う程もなく、玉雨は廊下に出ていた。
「甘夏。…ハルを頼む。」「…!はい!」
返事した甘夏の声を聞いたかは分からない。ハルが視線を向けた先に、もう玉雨はいなかった。分からないことだらけだ。甘夏は知っていたようだった。何が起こっているのか。
「ね、ねえ。今…なにが…」
混乱するハルの問いに、甘夏は静かに答えた。
「幽鬼だよ。