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魔物を取り囲む焚書官たちは剣を抜き放ち、幾人かは力強い魔法の言葉を口にする。サイスはどこで拾ったのか何の変哲もない木の棒を掲げ、その棒の周辺から無数の火の鳥を放った。しかし双頭の魔物は己に降りかかる災いに怯むことなく、焚書官たちに飛び掛かる。剣で肉を裂かれながらも黒衣の僧兵たちを跳ね飛ばし、油っぽい体毛に引火しながらも悲鳴と祈りごと踏み潰す。痛々しく吠え猛ってはいるが、己の傷を庇う様子も炎から逃れる様子も見せない。ベルニージュの知らない異質な存在なのだと思い知る。これを生み出したのがクオルだとすれば、その魔法使いとしてのきざはしを何段も飛ばしているはずだ。


ベルニージュも加勢のために三体の炎の巨人を生み出し、焚書官たちに、特にサイスに聞こえるように叫ぶ。

「痛みを感じてない。首か四肢を落とせないなら拘束しろ」


主の言葉の通りに、炎の巨人たちは双頭の魔物に躍りかかる。一体は噛み潰され、もう一体がメヴュラツィエだった獣の首を抑え込み、最後の一体は胴に体当たりし、横ざまに魔物を倒して抑え込む。


焚書官たちが雪崩かかり、太い首を足を落とそうと斬りかかる。胴体から二つの首が刎ねられると同時に、まるで待望の自由を得たかのように首が跳ねて、それぞれの首が一人ずつ、二人の焚書官を呑みこんだ。悲鳴は一瞬で消え去った。

次の瞬間、サイスの持つ乾いた木の棒の先から意志を持った火炎が噴き出し、双頭の首を飲み込み焼いた。


魔物の胴体の方は身じろぎ一つしないが、焚書官たちの闘争心は張り詰め、警戒を怠らない。


魔物は焚書官たちに任せ、ベルニージュはルキーナの元へ駆け戻る。ルキーナは生きていたが、その状態は魔法の怪我や呪いの病に詳しいベルニージュでさえ見たことも聞いたこともないものだった。


一見、ルキーナの腹はまるで食いちぎられたかのようだ。しかし血も肉も骨も溢れ出ず、断面というべき場所はつるりとした皮膚に覆われている。そして上半身と下半身は背中の皮だけで繋がっている、ばかりか無理なく支えてしまっている。

ルキーナは上半身を浮かせたまま平然と立ち上がり、己の腹があるべき空間を右から左から見る。鉄仮面が半分隠しても、その顔が青ざめていることは分かる。


ルキーナは唇をもつれさせながら言う。「これって、あれ、あれだよね! 首席の、チェスタの頭のあれだよね!?」


ルキーナを押さえつけるようにユカリがその両手を握る。


「落ち着いてルキーナさん。まずは落ち着ていください。間違いなく同じだよ。これは。チェスタさんの頭さんですよ」


ベルニージュはその腹がない空間を子細に眺め、ゆっくりと手を差し出すが、何にも触れられない。決して透明になっているわけではないことが分かる。


「どういうこと?」ベルニージュはユカリとルキーナを交互に見て言う。「チェスタの頭って? チェスタってユ、エイカがミーチオンで……」


どこまで話していいのか分からず言葉が詰まる。


「サイスの先代の、焚書機関は第二局の首席だった人、ですよね?」ユカリはルキーナに確認するように言う。「同じような感じでチェスタには頭がなかったの。あ……」


そう言ってユカリは口ごもる。その視線は助けを乞うようにベルニージュを見つめた。どうやらルキーナの前で言うべきでないことを言ったらしい。しかしベルニージュの方こそ話して良い範囲がまるで分からないので場の勢いで誤魔化すことにする。


「頭がなくて、生きてたの? 喋れたの?」ベルニージュはユカリに急かすように問いかける。

「そう。そうなんだよ」ユカリは何度も頷く。「頭と言っても、目の辺りから上。口はあったから喋れたよ」

「脳がなくても喋れたことの方が問題だよ」ベルニージュは再びルキーナの腹があった場所を見つめる。「きちんとそこにあるべき血や肉や骨や内臓が機能している以上、つまりルキーナの腹も、存在しないように見えるだけってことかな」

「どういうことですの?」少し離れた場所に立ったレモニカは大男の姿で顔を青ざめさせて尋ねる。

ベルニージュは考えながら口にする。「例えば見る者に幻を見せているだとか、別のどこかに存在していてなお繋がっているだとか。推測の域を出ないけど」


ユカリが何かに気づいたように息を呑み、ルキーナの腹を見つめる。「ルキーナさん。お腹、お腹には赤ちゃんが」


レモニカは囁くような悲鳴をこぼし、ベルニージュは事実を確認するようにルキーナの鉄仮面を見る。ルキーナは固く唇を結び合わせ、見えない腹の表面に手を添わせた。

「私が生きてるんだから、どういう形でか分からないけど、この子だって生きてるよ」


その時、焚書官たちの歓声が聞こえ、ざわめきが届いた。数人が手当てを行い、十数人が双頭の魔物の生きているのか死んでいるのか分からない体を囲んでいる。


炎に巻かれていた双頭の魔物の大きな体が春を迎えた雪のように溶けている。しかし焚書官たちは未だに何かを恐れて、溶けていく双頭の魔物を見つめている。その輝かしく燃え盛る炎の中心に、対照的な底知れない真っ暗闇が立ち昇っていた。

魔物の肉体はその闇を避けるようにして溶けている。否、闇に触れた肉は消え去っているようだった。つまりあの闇こそが、ルキーナの腹と赤子を奪い去ったのだ。


「ユカリ、君に話しておきたいことがあるの」とルキーナは前々から用意していた台詞を話すように言った。


いまルキーナがユカリ・・・と言ったことにベルニージュもユカリもレモニカも気づいた。


「え? 何ですか?」ユカリは動揺を隠しきれないでいる。

ルキーナは双頭の魔物が生み出した闇を見つめて言う。「君のお母さんは生きているってこと、伝えておかなきゃと思って」

「え? はい。知ってますけど」とユカリは言う。

「え!? 知ってたの!?」とルキーナは驚く。


ベルニージュは話についていけていなかった。ルキーナが、エイカを自称するユカリを魔法少女ユカリと認識しているらしい、というところで思考がうろついていた。

ユカリの想像上の母の姿ならレモニカのお陰で何度も見ている。救済機構の僧侶だという話だ。と思い出し、ベルニージュは合点がいく。好戦的な彼ら焚書官もまた平和を願う救済機構の僧侶だということを時折忘れてしまう。同じ尼僧だ。ユカリの母について何か知っていてもおかしくはない。


「ええ」ユカリは頷く。「村を出る時に義父ちちに聞きました。確かにそれまでは死んでいると聞かされていましたけど」

「ああ、そう」ルキーナはがっかりしている。ユカリを驚かせるつもりだったらしい。「死んだことになっているって話だったんだけどな。お葬式もしたって。まあ、知ってるならいいか」

「なぜいまそんな話を?」ユカリは首を傾げて尋ねる。

ルキーナはユカリの顔を見上げ、炎の中心で燻る闇に目を向ける。「覚悟を決めたからだよ。またね、ユカリ。いや、ラミスカ」


そう言うとルキーナはわき目もふらずに走り出す。溶けた双頭の魔物の燃え上がる炎の中で冷たく渦巻く黒い闇に向かって。

追おうとしたユカリをベルニージュとレモニカで引き留める。


闇を見つめていたサイスは走って来るルキーナに気づいたようだが、立ちはだかりはしなかった。ルキーナはそのまま闇の中へと飛び込み、その全身を消滅させた。


「何で?」とユカリは誰かに問いかけるが、誰も答えを持ち合わせていなかった。


ベルニージュはいくつかの答えを推測したが、はっきりした答えは出ない。分かっていることは、おそらくルキーナにも確信のない何かの可能性に賭けたのだろうということだ。闇の向こうに何かがある可能性に。


人々の見守る中、炎は役目を失ったかのように鎮まり、双頭の魔物の肉は溶けて消え、残ったのは二人の人間と数体の獣の骨だ。

闇は細く縮まり、初めから何もなかったかのように世界から消え失せた。

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