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「⋯⋯その力の強大さ故に
不死鳥は彼女を狙うやもしれん⋯⋯」
不意に──部屋の空気が静まった。
語りかけるような
だが命じるようでもある声。
口を開いたのは
今まで沈黙を守っていたアリアだった。
その深紅の瞳が
そっとアビゲイルを見つめる。
ただそれだけで
胸の奥に
刃を突き立てられたような緊張が走った。
「今世では⋯⋯必ず〝護らねばならん〟」
低く、静かな声。
しかしその言葉は
雷鳴のように場に響いた。
時也がアリアに目を向ける。
彼の顔には
誓いのような意思が浮かんでいた。
全員がその場の空気を飲み込むように
息を詰めていた中──
レイチェルがそっと口を開いた。
「そういえば⋯⋯アビゲイルちゃんは⋯⋯
言いにくいんだけど
アリアさんに敵意とか、出てこないの?」
その問いは無邪気で、だからこそ鋭かった
アビゲイルは目をぱちくりと瞬かせ
次の瞬間
顔を真っ赤に染めて立ち上がった。
「わ、わたくしが
アリア様に⋯⋯敵意!?
め、めめ滅相もございませんわ!」
その声音には動揺と敬意と
ほんの少しの畏怖が入り混じっていた。
そんな彼女を宥めるように
時也がカップを置きながら口を開いた。
「彼女の前世は⋯⋯
周期を早めて産まれてしまい
魔女狩りに巻き込まれることなく
老衰でお亡くなりになりました。
ですので
アリアさんに復讐心はないのでしょう」
時也はそう言って、アリアに視線を送り
彼女が頷くのを確認すると、再び続けた。
「それがまた
彼女を見つけるのが遅れた要因の一つです」
アビゲイルは座り直しながら
そっと自分の胸元に手を当てる。
彼女の異能──〝信仰〟──が
こうして顕現するまでに時間が掛かった事。
そして、今、確かに
〝見つけられた〟という実感が
胸の奥を温めた。
「アビゲイルさんが異能に目醒めた今
アリアさんが懸念するように
不死鳥に動きがあるかもしれません。
なので、彼女には
ここで共に暮らしていただこうかと
思っております」
時也は、優しく
しかしはっきりとアビゲイルを見つめた。
「アビゲイルさん⋯⋯
お嫌かもしれませんが
貴女を常に護れるように
式神の烏を付けてもよろしいでしょうか?」
一瞬、場が静まり返る。
「か、烏⋯⋯で、ございますか?」
戸惑いながら繰り返すアビゲイルに
すかさずレイチェルが割り込んだ。
「時也さん⋯⋯心配なのはわかるけど⋯⋯
烏は可哀想じゃない?」
「そうだねぇ⋯⋯
四六時中、監視ってのは
プライベートの問題もあるしね」
アラインが笑いながら茶菓子を摘む。
「いや、そこは
時也さんなら心配ないと思うけど
烏ってのがね⋯⋯
若い女の子に、ずっと烏が付き纏ってんの
想像してみなさいよ?
絶対に可愛い小鳥にすべきだわ!」
「⋯⋯お前、そこかよ」
ソーレンが呆れ気味にぼやいたが
レイチェルは真剣だった。
場が和らいだような雰囲気の中で
時也は苦笑しながら答えた。
「陰陽師にとって
烏は所縁深いのですが⋯⋯善処いたします」
その誠実さに
アビゲイルの頬がふっと緩んだ。
さきほどまでの緊張がほどけ
思わず笑みが零れる。
そして──
彼女は少し姿勢を正し
静かに言葉を紡いだ。
「⋯⋯では
どうぞよろしくお願いいたしますわ。
見守られるのも⋯⋯
慣れればきっと〝愛〟になるはずですもの」
その言葉に、レイチェルが
「ふふっ」と笑い
時也は目を細めて頷いた。
ソーレンは相変わらず首を傾げていたが
その顔にはどこか安堵が滲んでいた。
──アビゲイル・キルシュナーは
ようやく〝ここ〟に辿り着いたのだ。
信仰の光が、今
新たな居場所に根を張り始めた瞬間だった。
「なら、次は引越しの段取りだねぇ?
喫茶桜で働くなら、うちは辞める訳だし
有給使い切ってあげるから
ソーレンと日程合わせたら?」
アラインがにこにことした笑顔で
茶菓子を口に運びながら
事務的なようでどこか楽しげに言った。
「なんで俺限定なんだよ⋯⋯」
ソーレンが眉をひそめて低く唸る。
「女の子の秘密だってあるんだから
もちろん私も手伝うわよ!」
レイチェルが胸を張ると
ソーレンは「結局断れねぇんだよな」と
ぼやきながらも、どこか優しげに頷いた。
その様子に微笑を浮かべた時也が
静かに席を立つ。
「では、僕は外で式神の烏──
いえ、可愛らしい小鳥を喚んできますか。
青龍、アリアさんをお願いしますね?」
「御意」
青龍が端然と一礼し
アリアの傍らに控える。
時也はリビングの隅にある本棚から
一冊の分厚い図鑑を取り出すと
そのまま静かに裏庭へと姿を消した。
⸻
外に出れば
夕陽が石畳と桜の木々を金色に染めていた。
時也は歩を緩め
庭の隅に据えられたベンチに腰を下ろす。
薄く色づいた空の下で
彼は着物の袖から煙草を取り出し
火を灯す。
一息吸い込むと、肺の奥に温かな煙が満ち
それを細く、静かに吐き出した。
(アビゲイルさんの思考は⋯⋯
実に感情と創造性が豊かですね。
それにしても⋯⋯なぜ
青龍が僕に傅く光景を想像して
あんなにも喜ばれていたのか⋯⋯?)
少しだけ目を細める。
夕陽の中で燻る煙が、風に乗って流れ
白い花弁の上を撫でた。
(まぁ⋯⋯僕たちの絆に感動していただけて
青龍のことも受け入れてくださるのなら
良しとしましょう)
手元の図鑑を開きながら
時也はページを捲る。
この世界に来てから買い求めた本だった。
元の世界には存在しなかった
見たこともない鳥たちが
この本には描かれていて
思わず衝動買いしてしまったのだ。
それが今日この日
役に立つとは夢にも思わなかった。
「⋯⋯ふむ。
色鮮やかで──
この子が良いかもしれませんね?」
ページの一枚に止まったその瞳が
やわらかく笑みを湛える。
煙草を最後まで吸い切ると
彼は備え付けの灰皿に静かに押し消した。
そして、懐から一枚の護符を取り出す。
薄く、よく馴染んだ紙。
墨の香りがかすかに残る。
「初めての挑戦ですが⋯⋯
しっかりこの鳥の姿を思い浮かべて──」
口元で微かに術式を唱えながら
時也は護符をひらりと落とした。
それは彼の足元
影の中に吸い込まれるように沈んでゆく。
すると──
影がわずかに波打ち、次の瞬間
風が舞った。
その中心から
翼を広げて一羽の鳥が舞い上がった。
色鮮やかで
しかし静かな存在感を放つその鳥は
すぐに時也の腕に舞い降り
ふわりと止まった。
「ふふ。上手くいきましたね。
図鑑通りです。
これならば、レイチェルさんにも
怪訝な顔をされずに済むでしょうか?」
満足げに呟くと、時也は鳥を腕に乗せたまま
家の中へと戻っていった。
⸻
リビングでは
アビゲイルの引越し日程についての相談が
進行していた。
「冷蔵庫の中、ちゃんと片付けときなさいよ?
賞味期限切れのやつが出てきたら⋯⋯
泣くわよー?」
「そんなものありませんっ」
レイチェルとアビゲイルのやり取りに
アラインがティーカップを
くるくると回しながら笑っていた。
そんな中、時也がそっと戻ってくる。
「戻りました。
この子が、アビゲイルさんをお護りする
式神です」
全員の視線が
彼の腕に止まる鳥へと注がれた。
「と、時也さん⋯⋯?
確かに、烏よりはマシ?かも?だけど⋯⋯」
レイチェルの眉がひそむ。
「まさか、選んだのがオウムって⋯⋯」
アラインが口元を手で覆い、肩を震わせる。
その瞬間だった。
時也と、その腕に止まる鳥が
同時に首をかしげた。
絶妙なタイミング。
あまりのシンクロ率に──
「ぷっ⋯⋯ふふっ!」
「ぶはっ⋯⋯く、くく⋯⋯!」
レイチェルとソーレン
そしてアラインが一斉に吹き出した。
笑いの合間に
皆の視線があらためて鳥に注がれる。
──その鳥は
全身を桃色に染めた
柔らかな羽毛を持っていた。
光の加減で
オレンジや白がふわりと混じり合い
温かく優しい印象を与える。
頭頂には広がる扇のような冠羽があり
動くたびにそれが小さく揺れる。
興味深げに周囲を見回し
賢そうな瞳がくるりと瞬いた。
しなやかな嘴と、鉤爪。
だがその爪は鋭すぎず
護衛としての機能と
美しさの絶妙な両立を体現していた。
「女性が好みそうな色かと思ったのですが
それに、多少の鉤爪もあった方がと思って
選んでみました。
変⋯⋯でしたか?」
少しだけ肩を落とした時也の声に
しんとした空気が──
次の瞬間、破られる。
「なんて愛らしいっ⋯⋯!
しかも、護衛もできて、美観も良し⋯⋯
賢そうな顔立ち⋯⋯
今にもお喋りしてくれそうですわっ!」
アビゲイルが感極まったように
両手を胸に当て
目を潤ませながら声を上げた。
その姿に
時也は安堵したように微笑んだ。
鳥が彼の腕の上で
再びコクリと首をかしげる。
「ま、本人が喜んでるなら?」
レイチェルとソーレンが
顔を見合せて苦笑する。
──こうして、新たな主従の絆が
また一つ生まれた瞬間だった。