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数十分が経過したが、一向に彼は僕を見つける事は出来なかった。途中で僕の隠れている場所をすれ違ったりはしているが、彼は全てを細かくは見ていない。暫くすると彼はまた先程の様な泣きそうな顔になってきてしまっていた。仕方ないな…僕はまた大きな音を立てて彼に陽動をした。するとトリックスターは急に笑顔になり通知を送った場所まで走ってくる。しかし彼が僕の隠れできる所まで走ってきても最低三十秒ほどかかる。その間に近くの死角となる場所へ移動して彼が来るのを待つ。
「あれ…どこに行ったんだ?!」
彼が油断している隙にナイフシースからナイフを取り出し、トリックスターの背後に回る。そしてそのまま肩に…!
「!」
「危なっ!…隙有り!!」
とはいかずトリックスターは一瞬の判断で避けて、僕のナイフは壁に突き刺さった。これも計算の内だ。何せ彼の後ろに僕がいるのを分からせたのは僕自身で闇の抱擁を解除したから。そんな気遣いも知らないまま彼は易々と僕に小さなナイフを二、三本的確に投げて来た。針に指を刺してしまった時と同じ感覚がしたが、すぐに逃げて隠れたためそれ以上の痛みが来る事はなかった。そして確信した。先程の攻撃で彼の方が有利な状況を作る事に。この調子で同じ様にやろう。しかし最後に勝つのはこの僕だ。それだけは忘れない様にしなければ。とことん油断させて相手に有利な状況を与え、最終的に弱いふりをしていた者が勝つ。嗚呼、その時の表情が楽しみだ。絶望するのかな?それとも呆気に取られて負けた事に気づかないとか?
「(嗚呼、楽しみ)」
笑みを浮かべながら僕は再び大きな音を立てた。──数時間後、肩や腕、背中に広がる痛みと自身の肌から伝う生暖かい液体が僕の呼吸を速くした。少し彼に有利な状況を与えすぎた気がする。もう僕の体力も限界に近づいて来た。いつ見ても欠けることのない青白く光る満月を見上げながら僕自身の気配を消す。
「ふーっ…ふーっ…」
「(もう追いついてきたのか…)」
かなりの興奮状態なのか息を荒くしたトリックスターが僕の隠れている岩陰の前を横切る。今の僕は負傷中、いくら気配を消しているとはいえ血の匂いまでは消すことが出来ない。もうそろそろ決着をつけても良い頃じゃないか?そう思い僕は闇の抱擁を解除して、彼に居場所を伝える。流石に今回は大きな音を立てなくても良い、何せ僕は今彼の背後にピッタリとついているのだから。
「ばぁっ!」
「!しまっ…」
驚かしたと同時に彼を押し倒した。ジタバタと暴れる手や足をどうにか力を振り絞って封じ、そして冷静に五秒数える。結果的に言えばもちろん僕の勝ちだった。彼は呆気に取られて何も言えない表情になっていた。嗚呼、面白い。しかし彼の動きを封じる為に全ての力を使い果たした僕は一瞬だけ気を失って彼の胸に顔を埋めてしまった。案の定彼は驚くがそれ以上の抵抗はしなかったためその事に安堵するが、肝心の事をまだ彼に伝えていない。僕は動くことが面倒になりそのままの状態で話し出した。
「君さ、急に自分が弱くなったとか言ってるけど、どうしてそう思う様になったの?」
「え、そりゃ…ナイフ投げが下手になってるし、それに索敵だって全然ダメで…」
「じゃあ逆にどうしてその下手な投げ方で僕は今負傷してるの?」
「う、うーん…確かにそうだけど、君も手加減してた所があったんじゃない?」
「ふざけるな、僕は手加減してる瞬間なんてこれっぽっちも無かった。いい加減気づけよ、バカ…」
「バカって…ゴスフェは何が言いたいの?」
この鈍感、自分が急激に戦績を残せなくなった理由くらいそろそろ分かれよ…。結論からして、彼は微塵も弱くはなっていない。しかしあの自信だけが取り柄のトリックスターが落ち込むほどの原因はただ一つ。
「君さ、人の叫び声を聞いた時の悦びを忘れてない?」
「!」
「人の声なんて僕はこれっぽっちも興味ないけどさ、ずっと同じ生存者の叫び声を聞いてて飽きたから無意識に弱くなったって思い込んでただけじゃない?」
「でも…それを知ってどうして僕にあんな提案を?君らしくない…」
「え?そんなの決まってるじゃん」
上体だけをなんとか起こして彼の頬を触る。手袋越しからも伝わる柔らかい感触。同じ者の声に聞き飽きて無意識に弱くなるだなんて、恐らく彼は僕以上に欲求不満なんだ。次から次へと新しいことへの執着心が強すぎる。今回だってそうだ。このまま僕が彼に構わずいつも通りに過ごしていたら、儀式に出なくなる事はもちろん、アイドルとしてのモラルでさえ消えてしまっていたかもしれない。人の叫び声の違いや良さなんて僕には分からないけど、いつもとは違う僕の…彼らしく言うなら【音】を聴かせて上げて良かったと思う。決して心配などしていない。先輩として当たり前の行いをしたまでだ。トリックスターがいつもの様に儀式へ出る為にした事なんだ。心配なんて微塵もしていない。そう自分に言い聞かせて彼にこう言った。
「ちょっとした刺激を与えれば、また君のバカみたいに笑いながら生存者を追いかける表情を見れるからだよ」
「えっ…」
「どうだった?僕の【音】は。感想くらい聞かせてよ」
「そ、それはもちろん最高だったよ。でもさっき、『また僕の笑った顔が見たいから』って…」
「うん、言い方は違うけどそう言ったね」
「それって…つまり僕の事を心配してくれてたってこと?」
「………そう思っておけばいいんじゃない?」
「え、待って待って!本当なの!?」
うるさいな…僕は『うん』って一言も言ってないのにはしゃぎまくって…なんだよそれ、幸せいっぱい見たいな無邪気な笑顔になってるし…これじゃまるで僕が本当に彼を心配してたみたいじゃないか、ムカつく。
「うるさい…!!第一、君が儀式を怠らなければ僕はあんな提案も作らなかった!心配なんて微塵もしてない!バカ!」
「はいはい、心配してくれてありがとう〜。嬉しかったよ〜!」
トリックスターはそのまま僕を思いっきり抱きしめてきた。傷口が服と擦れて少々痛い…しかしそんな事もお構いなしに今度は顔を擦り合わせてきた。
「痛いんだけど」
「もうちょっとだけこのままでもいい?」
「離れろ」
「ええぇ〜〜、いい雰囲気だったじゃん!」
そんなぁ…と、涙目になりながら言ってくる。彼の腕から離れて立ち上がり、膝辺りについた泥を払い落としながらこう言った。
「傷を治療した後ならいくらでも付き合ってやるって意味だ。察しろ…バカ」
「〜っ!!もう大好き!!!」
「僕は嫌い」
「大好き〜!」
結局彼に抱きしめられながら僕の自室に戻った。