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教室の窓から朝の光が差し込む。白いカーテンの隙間に、砂糖を溶かしたような光が揺れる。
私は机に座り、ノートを開き、ペンを動かす。
クラスメイトが隣でノートを覗き込み、何気なく話しかける。
「葵ちゃん、ここってどう書くの?」
軽く微笑んで、ペン先を動かす指先を止めることなく教える。
声のトーンは柔らかく、手の動きは自然に――
でもその優しさは、誰かのために生まれたわけではない。
自分の領域を守るための仮面。
踏み込まれたくないから、踏み込みすぎない範囲で、相手を満たす。
友達が笑顔で「ありがとう!」と言った。
その拍手のような声を、私は静かに飲み込む。
心の奥で、少しだけ疼く感覚がある。
「踏み込まれそうになった……」
けれど、表情に出すことはない。
目の奥の冷たさを、わずかに光らせるだけで十分。
授業が進む。ノートをめくる音、黒板にチョークが触れる音、隣の子が小さくため息をつく音。
すべてが普通の日常。
でも私は、その日常の中にいながら、少しだけ外にいる。
笑っているけれど、笑っている自分は本物じゃない。
心は冷めて、誰にも触れさせない。
そしてときどき、ほんの一瞬、誰かが境界を超えようとする。
「葵ちゃん、本当に大丈夫?」
その声が届く前に、私は微笑む。
温かい声、柔らかい笑顔、完璧な仕草――
でも奥の瞳には、鋭く距離を置く光。
「大丈夫、心配しなくていいよ」
言葉は優しく、でも触れさせない。
心の中では、静かに舌打ちしているような気分になる。
けれど、誰もその音に気づかない。
これでいい。
距離を置けたら、誰も私の奥に踏み込めない。
誰も踏み込めない場所で、私は少しだけ息をつく。
この孤独は、自由と似ている──でも触れられない自由