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次の日も、雨だった。
「……三日連続かよ、意味わかんね」
窓の外を見ながら呟く。
梅雨でもないのに、よく降る。
俺は頬杖をついたまま、時計を見る。
放課後まで、あと少し。
今日は生徒会の仕事がある。
昨日、叶さんが言っていた。
『明日も来る?』
それを思い出す。
……いや。
別に。
生徒会の仕事があるから行く。
広報を任されたんだから、行くのは当然だ。
だから、別に。
「三枝」
「はい?」
「今日、生徒会?」
「……うん」
隣の席のやつに聞かれて、少しだけ間が空いた。
「毎日行ってんの?」
「まだ二日」
「ふーん」
それ以上は聞かれなかった。
そのほうが楽だった。
*
放課後。
俺は生徒会室の前で一度だけ立ち止まった。
扉の向こうから声が聞こえる。
「だから、明日までだってば」
「無理。緑それで毎回逃げとるやろ。今日中に出して」
「楓ちゃん、厳しくない?」
「誰のせいやと思っとんねん」
「僕」
「分かっとるやん」
思わず笑う。
いつもの二人だ。
俺は扉を開けた。
「お疲れさまです」
「お、明那」
緑が顔を上げる。
「お疲れ」
「早いじゃん」
「そりゃ仕事あるし」
「真面目だなあ」
「お前が寝過ぎなんだよ」
「それはそう」
緑が素直に認めた。
その向かいには楓さん。
そして。
「……あれ?」
叶さんがいない。
俺は無意識に室内を見回した。
「叶くん?」
「うん」
「今日、来てないよ」
「……そうなんですか」
「珍しいやろ」
「いや、まあ……」
昨日まで来ていたから。
なんとなく、今日もいると思っていた。
「連絡は?」
「ない」
楓さんがスマホを見ながら答える。
「まあ、かなかなやし」
「叶くんだからね」
緑も頷く。
「そっか」
俺は自分の席に座った。
机の上には昨日の続きの資料がある。
やることはある。
でも。
なんとなく、集中できない。
「……」
ペンを持つ。
書く。
消す。
また書く。
「明那」
「はい?」
緑がこっちを見ていた。
「さっきから同じとこ三回書き直してるけど」
「……見てた?」
「見てた」
「なんか、ごめん」
「叶くんがいないから?」
「……は?」
心臓が跳ねた。
「何で叶さんが出てくんの」
「いや?」
楓さんと顔を見合わせてにやっと笑う。
「別に?」
「絶対なんか思ってるでしょ」
「何も思ってないよ」
「その顔で?」
「どんな顔やねん」
楓さんが横から口を挟む。
「緑、明那いじめるんやめ」
「いじめてないって」
「でも明那、顔赤い」
「……赤くない」
「赤いよ」
「緑まで言うなよ」
二人が笑う。
俺はますます居心地が悪くなって、資料に視線を戻した。
「……仕事しよ」
「はいはい」
楓さんが笑った。
そのとき。
スマホが震えた。
俺じゃない。
楓さんのスマホだった。
「……あ」
画面を見る。
「かなかな?」
俺の手が止まった。
「うん」
「何て?」
「今日行けなくてごめん、だって」
「……」
それだけ。
たったそれだけなのに。
胸の奥が、少し重くなる。
「明那」
「はい?」
「そんな顔せんでも」
「どんな顔ですか」
「叶に会えんかったみたいな顔」
「……」
言い返せなかった。
楓さんが笑う。
「分かりやすいなあ」
「いや、違いますって」
「何が?」
「……何がって」
自分でも分からない。
昨日までは。
生徒会が楽しいんだと思っていた。
でも。
今日は生徒会に来ているのに。
叶さんがいないだけで、こんなに物足りない。
「……」
俺は窓の外を見た。
雨。
昨日と同じ。
なのに。
昨日より、少し寂しく感じる。
*
結局、その日は早めに生徒会室を出た。
「お疲れ」
「お疲れさまです」
「明那」
緑が呼び止める。
「何?」
「明日も来る?」
「来るよ」
「そっか」
緑はそれ以上何も言わなかった。
ただ、少しだけ笑っていた。
俺は傘を開いて、校門を出る。
雨が傘を叩く。
いつもの音。
でも今日は。
なんとなく、誰かの声が聞きたかった。
叶さんの声。
あの、眠そうな声。
『明那』
そう呼ばれるのが、好きだった。
……いや。
違う。
「……何考えてんだ、俺」
自分で呟いて、首を振る。
家に帰ればいい。
今日はそれだけ。
そう思った。
そのとき。
「明那」
「……え?」
後ろから声がした。
振り返る。
傘を差した叶さんが立っていた。
「叶、さん?」
「うん」
「今日、休んだんじゃ」
「休んだよ」
「じゃあ何で学校に」
「忘れ物」
「……それだけ?」
「それだけ」
叶さんが近づいてくる。
俺の傘を見て。
「ちゃんと傘さしてるね」
「当たり前じゃないですか」
「昨日、濡れてたから」
「あれは……」
昨日の帰り。
俺は傘を差していた。
ただ、考え事をしていて、途中から傘が傾いていたらしい。
「……見てたんですか?」
「ちょっとだけ」
「また?」
「うん」
叶さんが笑う。
「明那って、意外と隙あるよね」
「ないですよ」
「あるよ」
「ないです」
「ある」
「……もういいです」
叶さんが楽しそうに笑った。
それから。
「今日、ごめんね」
「何がですか?」
「来れなくて」
「……」
俺は少しだけ黙った。
「別に」
「うん」
「仕事はちゃんとやりましたし」
「偉いね」
「子ども扱いしないでください」
「してないよ」
「してますって」
叶さんがまた笑う。
雨の音。
傘。
その下に、俺と叶さん。
昨日とは違う。
今日は、二人とも帰るところだった。
「じゃあ、僕こっちだから」
「あ、はい」
叶さんが歩き出す。
「……叶さん」
「ん?」
呼び止めてしまった。
何を言うつもりだったんだろう。
自分でも分からない。
「……また、明日」
結局、それだけだった。
「うん」
叶さんが笑う。
「また明日、明那」
背中が遠ざかっていく。
俺はしばらく、その場から動けなかった。
雨が降っている。
でも。
さっきまでの寂しさは、もうなかった。
*
翌日。
「叶さん」
「なに?」
「……あ」
気づいたら、そう呼んでいた。
叶さんが首を傾げる。
「どうしたの?」
「いや……」
なんとなく。
昨日までより、距離が近くなった気がした。
だから。
「かなかなって、呼んでもいいですか?」
「……かなかな?」
「嫌ならいいです」
「いや」
叶さんが少し考える。
「別にいいけど」
「ほんと?」
「うん」
「じゃあ、かなかな」
「何?」
「……呼んでみただけ」
「何それ」
叶さんが笑う。
俺も笑った。
胸の奥が、また少しだけ熱くなる。
たぶん。
このときの俺は、まだ知らなかった。
誰かの名前を呼ぶことが。
こんなに嬉しいことだなんて。
まして。
その人に、自分だけの呼び方を許してもらうことが。
こんなにも特別なことだなんて。
コメント
1件
「かなかな」呼び、めっちゃ良かった……! 雨の日の寂しさとか、叶さんがいないだけで物足りなくなる感じ、すごく伝わってきた。ラストの「呼んでみただけ」の照れ隠しっぽいやりとりも刺さるわ。距離がちょっと縮まった瞬間が丁寧に描かれてて、胸が熱くなった🔥