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息苦しさを感じて目を開けると、自分の真上に黒い影があった。
首を絞められていると気づいたときには、頸動脈洞の圧迫により、脳に行くはずの血液が少なくなっていた。
脳の酸欠=失神するまでものの数秒だ。
圧迫により流れ落ちていかない静脈が、祐樹の顔をパンパンに腫らしていた。
それはさながらアルチンボルドの『夏』のように、ボコボコと波うち、やがて顔面の皮膚を突き破って出てくるかのようだった。
祐樹はそれでも目を見開き、自分の上に乗る人物を睨んだ。
こめかみに浮き上がる血管。
顎から垂れ落ちる汗。
震える手は、力みすぎているためだけではない。
――宿敵に対する憎しみと畏怖。
「お前のせいだ……!」
尾山は地底から響くような低い声で呻いた。
「お前のせいで全てが、全てが狂ったんだ……!」
マズい。
この世界での死が何を差すのかはわからないが、このままやられてしまっては―――。
【不戦勝】
その文字が頭に過る。
明日のゲームに参加できない場合、不戦勝はどちらのモノになる?
それがもし、自分だった場合―――。
尾山が生き返り、自分は死んでしまう。
この男を封じ込める前に。
――それだけは絶対に避けなければ……!
祐樹は尾山の手を握り、腰を回転させ圧を逃がした。
体勢を崩した彼の急所を躊躇なく狙う。右目めがけて肘打ちを食らわせる。
「ぅがッ!!」
鈍い声を出して目を抑え仰け反る尾山の鼻先に、今度は右ストレートをぶち込む。
目を抑えていて見えずにノーマークだった尾山がベッドの足元の方に転がっていった。
「何の騒ぎです?」
「―――!」
扉が開いた音もしなかったが、振り返るとそこにはアリスが立っていた。
「こいつが……尾山が襲ってきて……!」
祐樹が顎に垂れた汗を拭くと、アリスはその視線を尾山に移動させた。
「どういうつもりです、尾山さん」
尾山が目を抱えたまま起き上がる。
「………あれ……?」
彼が手をそっと離すと、いつの間にか負傷したはずの目は治っていた。
「明日、勝負はつくんですから。ここでやり合わなくてもいいでしょう」
アリスは祐樹と尾山を交互に睨んだ。
「それとも手っ取り早く、ここでジャンケンで決めますか?」
「――――」
尾山が眉間に皺を寄せる。
「はい、行きますよ。出さなきゃ負けよ、最初はグー。ジャンケン……」
「待てよ!!」
祐樹はアリスの細い手首を掴んだ。
「そんなんで、自分たちの運命なんか決められない。そうだろ、尾山!」
尾山に言うと、彼は小鼻を引くつかせたまま小さく頷いた。
「じゃあ、今夜はきちんと寝てください」
アリスは呆れたようにため息をついた。
「明日はおそらく―――走るので」
「……走る?」
祐樹が首を傾げた瞬間、部屋にはアリスの顔も、尾山の姿も消えていた。
「明日、か」
祐樹は誰もいなくなり静まり返った部屋で、天井を見上げた。
◆◆◆◆◆
「あと一日なのに。おとなしくできないんですか?」
アリスは壁際に追い詰めた男の首を締め上げていた。
「せっかくここまできたのに」
脚が浮くほど引き上げられ、尾山は目を見開いて、自分よりも小さく華奢な少年を見下ろした。
「こんな話、信じます?」
アリスは尾山の顔を睨み上げながら言った。
「死神の統計学上、殺人犯は殺人犯で必要らしいです。人口調整という意味で」
「……!!」
「だからと言うわけではないですが……」
頸動脈を圧迫している白い人差し指に力が入る。
「戻して差し上げましょう。殺人犯を人間界に……」
さらに力が加えられ、尾山は白目をむいて脱力した。
アリスはふっと馬鹿にしたように息を吐くと、意識のない尾山に微笑んだ。