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にこにこ
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27
それから数日。
愁斗はまだ答えを出せずにいた。
一緒に暮らしたい。
兄ちゃんと毎日過ごしたい。
その気持ちは、嘘じゃなかった。
でも。
施設のことを考えると、胸が苦しくなった。
ここには。
自分を必要としてくれる子どもたちがいる。
自分を待ってくれる人たちがいる。
だから。
簡単に「行く」とは言えなかった。
⸻
その日の午後。
施設の庭。
小さな子どもたちと遊んでいると、一番年下の子が愁斗の服を掴んだ。
「しゅう兄。」
「ん?」
「最近、なんか寂しい顔してる。」
思わず固まる。
「……そう?」
「うん。」
「前はもっと笑ってた。」
子どもの言葉は、時々大人よりまっすぐだった。
「しゅう兄。」
「どこか行っちゃうの?」
その瞬間。
胸がぎゅっと締めつけられた。
「……。」
「なんで?」
小さな声。
「だって。」
「先生たちが話してた。」
「しゅう兄、幸せになるんでしょ?」
愁斗は目を伏せた。
「……。」
幸せ。
その言葉が。
まだ自分には少し遠かった。
⸻
夜。
愁斗は一人で部屋にいた。
スマートフォンを見る。
ひでからメッセージ。
『今日はどうだった?』
少し迷ってから返信する。
「子どもに聞かれた。」
「いなくなるのって。」
すぐに返信が来た。
『そっか。』
『辛かったな。』
その一言だけで。
少し泣きそうになった。
「俺。」
「ずっとここにいたから。」
「ここを離れるのが怖い。」
しばらくして。
返信。
『離れることと、忘れることは違う。』
『愁斗がここでもらったものは、なくならない。』
画面を見る。
『それに。』
『俺は、施設のみんなから愁斗を奪いたいんじゃない。』
『一緒に幸せになりたいだけ。』
その言葉。
何度も読み返した。
⸻
次の日。
ひでが施設へ来た。
いつものように子どもたちが駆け寄る。
「ひでにぃ !」
「遊ぼ!」
『おう。』
その様子を見ながら。
愁斗は少し笑った。
「……ねえ。」
『ん?』
「兄ちゃん。」
その呼び方に。
ひでは少し嬉しそうに振り返る。
『どうした?』
「俺。」
「ここが大事。」
『うん。』
「みんなも大事。」
『うん。』
「でも。」
少しだけ息を吸う。
「兄ちゃんと過ごしたいって思ってる。」
ひでは何も言わなかった。
ただ。
優しく笑った。
『それでいい。』
「……。」
『やっと、自分の気持ち言えたな。』
愁斗は少し照れる。
「怖かった。」
『知ってる。』
「怒らない?」
『なんで怒るんだよ。』
『大事な人が、大事なものを守ろうとしてただけだろ。』
その言葉に。
愁斗は俯いた。
涙は出なかった。
でも。
胸の奥の固いものが、少しずつ溶けていく気がした。
⸻
その日の夜。
施設の先生が愁斗の部屋を訪れた。
「愁斗。」
「はい。」
「寂しくなるね。」
愁斗は黙る。
「でも。」
「先生たちは、愁斗が幸せになることを喜んでる。」
顔を上げる。
「ここに来た時のこと、覚えてる?」
「最初は誰にも頼らなかった。」
「笑うことも少なかった。」
「笑うのはお兄ちゃんと手を繋いでる時だけ」
「でも。」
「今は違う。」
「誰かを大切にして。」
「誰かに大切にされてる。」
愁斗は静かに聞いていた。
「行っておいで。」
「でも。」
「いつでも帰ってきていい場所だから。」
その言葉。
ずっと欲しかった。
帰る場所。
⸻
その夜。
愁斗は窓の外を見る。
施設。
ここが自分の居場所だった。
そして。
これからは
もう一つ、居場所ができる。
「……にぃに。」
小さく呟く。
まだ少し怖い。
でも。
もう一度 未来を考える。
今度は。
逃げるためじゃなく。
幸せになるために。
コメント
1件
第29話、読み終わりました。愁斗の「ここが大事」「みんなも大事」そして「兄ちゃんと過ごしたい」――この順番で自分の気持ちを言葉にしたところ、すごく良かったです。施設の子に「どこか行っちゃうの?」と聞かれて固まるシーン、胸がぎゅっとなりました。ひでの「離れることと忘れることは違う」も、施設の先生の「いつでも帰ってきていい場所」も、愁斗にちゃんと届いていて。もう一つの居場所ができる未来、応援したくなります。