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夜半過ぎ、ドアがノックされた。三回、間を空けて、もう一度。
このリズムは陽翔だった。蓮翔なら鍵を回す、蒼翔なら拳で叩く。
鍵を開けなければよかったと、思ったときにはもう遅い。
「……開けるの、遅いよ。寂しかった?」
声だけは、甘く優しく飾られていた。だが目は笑っていない。
手には紙袋が一つ。中身はわからないが、形状が妙に硬かった。
「おまえさ、最近さ、ちょっと態度悪くない?」
靴も脱がずに部屋へ上がり込み、陽翔は悠翔の肩を軽く叩いた。
軽く――のはずだったが、その拍子に身体が揺れ、膝が抜けそうになる。
「ニュース見た? おれ、また表彰されたんだよ。ねぇ、すごくない?」
テレビの電源を勝手に入れ、リモコンを床に投げる。
それからベッドの上に寝転び、上着も脱がずに天井を見つめた。
「……で、おまえ、なんで連絡しなかったの?」
そこから空気が変わった。声の温度が変わる。
「兄貴が来てやったのに、連絡もなければ、感謝の一言もないわけ?」
悠翔が言葉を出す前に、陽翔は立ち上がっていた。
紙袋の中から取り出されたのは、革製の太いベルトだった。
金具の部分がやたらと重い音を立てて、テーブルの端に当たる。
「しばらく会ってなかったから、忘れた?」
そのまま陽翔は、悠翔の手首を掴み、床に押しつける。
本気ではない。本気で暴れるわけではない。ただ、「力加減を忘れているだけ」。
「感謝してるなら、ちゃんと態度で示さなきゃ」
ベルトが肌の上を這った。締められているわけではないが、触れるだけで呼吸が浅くなる。
「おまえ、さ――大学で、変な顔してたな。
……あの顔、誰に向けた? おれ、そういうの、許さないんだけど」
陽翔はその夜、何も「明確なこと」はしていない。
ただ、悠翔のノートを破り、カーテンを引きちぎり、冷蔵庫の中身を踏み荒らしただけ。
ベルトは最終的に、悠翔の首元にかけられたまま、ソファに放られていた。
帰り際、陽翔は一言だけ残した。
「“兄弟だから”ってのが、まだ通じるうちに、躾けとかないとな」
ドアが閉まる音がしたあと、部屋に残ったのは、破かれたノートの切れ端と、静かな夜のにおいだった。