冠さんからトラゾーの活動休止のことを後から聞いて、言うのが遅すぎだとブチギレてしまった。
「お前早く言えよ!そういう大事なことは!」
冠さんはトラゾーに俺らには直接伝えると言われたらしい。
そこで、そう言えば連絡来ましたか、と言われて冒頭に戻る。
勿論、そんな連絡きてるわけがない。
忙しくしてるだろうから俺から言っとくよ、と付け加えられたそうだ。
トラゾーは確かにそう言う大事なことは自分で言う奴だから冠さんも了承しただけだったらしいけど。
「すみません…」
「すみませんで済むなら警察いらねぇんだよ!」
ただの体調不良なわけない。
活動休止するだけなわけない。
あいつはきっと、
慌ててトラゾーのスマホに電話をかける。
『おかけになった電話番号は現在使われておりません…ご確認の上……』
無情にもそんなアナウンスが流れた。
「あいつ…!」
隣で真っ青な顔のしにがみくんは震えていた。
「約束、したのに…」
申し訳なさで泣きそうな表情の冠さん。
次いでクロノアさんに連絡を取る。
緊急事態だと言って急いで来てもらった。
何事かと慌てて来てくれたのだろう。
嫌な顔をするかもしれないけど来てもらった理由を話そうと口を開こうとした瞬間、ハッとした。
「クロノアさん、トラゾー、が……⁈」
同じαだから分かる。
クロノアさんからトラゾーのフェロモンが消えていること。
「あんた、まさか…!」
しにがみくんや冠さんはβだからその違いが分からない。
「……なに」
「あんた、何したか、分かってんすか…?」
「番を解消したこと?…だって、彼、俺以外のαに身を任せようとしてたんだよ」
目を見開くしにがみくんたち。
「……ごめんけど、冠さん出てってくんねぇ」
「…分かりました。…あの、本当にすみません…」
顔を青くしたまま部屋を出て行った。
「トラゾーがそんなことするわけない」
「2人に言われて家を訪ねたら、丁度知らないαに押し倒されていたよ」
「あいつがクロノアさん以外を受け入れるわけがねぇ」
「ぺいんとは見てないから分からないんだよ。俺じゃないαに触らせようとしていた」
「それは、あんたが…!」
「俺のせい?…そうかもね。こんなふざけた病気になって運命の番の彼を拒絶して嫌悪して、挙げ句の果てに捨てて」
ハッとクロノアさんの顔を見れば、トラゾーがよくしていた傷付いた顔をしていた。
それはそっくりな表情だった。
「……俺だって、苦しんだよ。何度も言うけど、俺だってつらいんだよ」
「……っ」
「どうにかしてほしいのは、俺も同じなんだよ…っ」
握りしめる手は白くなっている。
「……」
その表情を見て、意を決する。
トラゾーには絶対にクロノアさんには言わないでくれと懇願されたあのことを伝えるために。
「……クロノアさん」
俺の方を見ないで俯くクロノアさんに声をかける。
「………何」
「……言わなきゃいけないことがあります」
ばっと腕を掴まれた。
「ぺいんとさん!」
必死な顔で俺を止めようとするしにがみくん。
言っちゃダメだと目で訴えていた。
「…2つ、言わなきゃいけないことがあります」
「ぺいんとさん!!」
止められても言わなきゃいけない。
トラゾーにとってはしてほしくもない迷惑なお節介だ。
でも、全部手遅れになるなら。
何かをしない後悔より、した後悔の方が俺はいい。
「あなたの忘愛症候群を治す唯一の治療法は愛する者の死……トラゾーが死ぬことで治ります」
「ぺいんとさんっ!!」
はっと顔を上げたクロノアさん。
きっと、治療法をホントに知らなかったのだろう。
調べる気も、知る気もなかったのだと思う。
「そして、あと1つ」
この人には知る権利がある。
俺らに言う資格がなかったとしても、クロノアさんは知らなければならない。
病気のせいだとしても、どれだけ大切なものを手放そうとしているかを知らないといけない。
「トラゾーは花吐き病になっています」
「……は」
「あなたにどんなに嫌われようと、拒絶されようと、ひたすらあなたを想って苦しんでいました。俺は花を吐くところを見たことはありません。しにがみくんから教えてもらっただけなので、どれほどのつらさかは分かりません」
俺の腕を握るしにがみくんの手は震えていた。
「それでも、大丈夫だと、限界が来て倒れても、必死に無理して誤魔化していました。死にたくないと言いながらどこか諦めて自ら手放そうと。それでもやっぱり、諦めたくないって、クロノアさんが番を解消しなかったことにとても小さな希望を抱いていました」
「…トラゾーさん、は、ホントに底抜けに優しくてお人好しで、クロノアさんのことがすごく好きだったんです。…そんなトラゾーさんが他のαに身を任せてしまおうとするくらいにあの人、身心共に弱っていたんですよ」
「……」
「俺らも酷いことを言ってる自覚はあります。それでも誰よりも近くで見て来た大切な友達たちが傷付いて幸せを手放そうとしてるのが嫌だ」
「トラゾーさんも痩せて、無理に笑うことが増えました。……けど、クロノアさん、気付いてますか?あなたも元気だって、何の支障もないって言ってますけど…無理して笑ってることに、……今、泣いてることに」
自分の顔に手を添えて泣いてることに気付いたクロノアさんは目を見開いた。
「それが、運命の番との繋がりを絶った喪失感によるものだと思ってます」
「クロノアさん、諦めないでください…。トラゾーのこと、見放さないでやってください」
複雑な顔。
葛藤してるのが分かる。
本能と理性と忘愛という症状が頭の中で争ってるのが。
「お、れは…?」
切り札として、先生に聞いていたことを伝えるため俺はじっとクロノアさんを見つめる。
「クロノアさん、俺あなたが検査入院した時に教えてもらったことがあるんです。誰にも言ってないことが」
「ぺいんとさん…?」
「通常、αは番となる相手を何人でも作ることができる。ただ、番を解消されたΩは二度と番を作ることができない」
そうだ。
Ωはαから番を解消されたら二度と番を作ることができない。
先生は言っていた。
『本当に、ごく稀に不可能に近いけど、』
「解消されたΩは、”運命の番以外と再び番にはなれない”」
「どういう…?」
「トラゾーは、もうダメだって諦めてる。けど、クロノアさん、あなたとなら戻ることができる」
いまいちピンと来てないしにがみくんと、もしかしてと更に目を見開くクロノアさん。
「これは運命の番が出会う確率の更に低い確率らしくて、だからトラゾーには言えなかった」
「!!……じゃあまだ、トラゾーさんは」
「クロノアさん、まだ間に合います」
頭を抱えて悩み始めるクロノアさんの肩を掴む。
「自分を信じてください!あなたの心は、あなたの想いは!」
「俺は……っ」
相手を嫌悪するという症状がαの本能を邪魔している。
「あんたの本音は!すぐに番を解消しなかったのは!本能がトラゾーを手放したくなかったからのはずだ!」
「ぅ、…っ…」
「運命を切り開くのはあんたしかいないんだよ!」
こと切れたかのように俯くクロノアさんに荒療治過ぎたかと内心焦り始める。
しにがみくんもオロオロし出した。
「…クロノアさ、…」
パッと顔を上げたクロノアさんは、”全て”を思い出したかのように真っ直ぐ俺らを見た。
「クロノアさん…?」
恐る恐るしにがみくんが声をかける。
「…ト、ラ、ゾー…」
「「!!」」
決して名前で呼ばなかったクロノアさんがトラゾーの名前を震えながら読んだ。
それは、死でなければ治すことができない忘愛症候群を、運命の番の強固な繋がりで克服したのだ。
「俺、…」
クロノアさんはすぐに頭を下げた。
「ごめん、ホントに、ごめん…!」
揺れる翡翠色。
何から何まで思い出したようだった。
「…俺らに謝るのは早いですよ」
「…うん」
番を強制解消した今、クロノアさんとトラゾーの繋がりはない。
それは糸よりも細く、今にも切れてしまいそうになっていたものを無理矢理切ってしまったも同然だからだ。
「まだ、終わってない。俺にしか分からない、トラゾーとの繋がりが本当に微かに残ってる。…俺、ちゃんと”覚えて”たんだよ、トラゾーのこと」
もう迷ってる顔はしてなかった。
「全部終わったら、みんなに土下座でもなんでもする」
「土下座するのはトラゾーにだけでいいです。俺らには……今度こそ約束してください、泣かせないと、傍にいると、絶対に幸せにすると」
猫のように目を見開いた後、少し潤んだ翡翠を細めた。
「約束する、絶対に」
俺としにがみくんは顔を合わせて頷いた。
「そうと決まれば、トラゾーの行きそうなとこ探すぞ」
「トラゾーさんのことだから、僕たちとは全く無関係なところに行くに決まってます」
「あいつ単純なとこあるからな」
「ぺいんとさんに考え方そっくりですからね」
「それは嫌なんだけど」
「え、嫉妬ですかクロノアさん」
「そうだよ。トラゾーは俺のだもん」
即答するクロノアさんを見て、心底安心した。
「トラゾー、ホント馬鹿野郎だ」
「…俺のせいだからね」
「まぁ、そうですね」
「ゔ…」
言ってやっと言わんばかりのしにがみくんの頭を軽く叩く。
「今はトラゾーを探すのが先。その後でクロノアさんは俺ら以外の人たちにフルボッコにしてもらう」
「ともさんというか、赤髪のともは怖いですよー」
優しい人たちが多いから想像するだけで恐怖だ。
「俺、ともさんもだけどらっだぁさんが1番怖ぇかも…」
「「あー…」」
「……でも、覚悟はしてるよ。それだけ、トラゾーのこと傷付けたから」
トラゾーを死なせはしない、必ず連れ戻すことを前提として覚悟も決めている。
「ぺいんとたちは他の人と協力してトラゾーのこと探して。俺は、…自力で探す」
そう言うや否や部屋を出て行った。
ホントはすぐにでも飛び出そうとしていたのに俺らのやりとりに付き合ってくれる、やっぱり優しい人なんだと思った。
「ぺいんとさん」
「うん、手分けして連絡とって探そう。冠さんにも手伝ってもらいながら」
外で待機していた冠さんにも協力してもらいながら色んな人たちに連絡を入れた。
大丈夫、俺らは4人でひとつ。
日常組の絆を舐めんじゃねぇぞ。
「神に打ち勝ってやったぜ、俺ら」
「ぺいんと神のおかげですね。ホントにどうにかしちゃうなんて」
「友達のためなら何でもやるのが俺だからな」
「メンヘラ神ですもんね」
「お前はバグ神だろうが」
「今その話を持ち出すな!」
このやりとりにクロノアさんとトラゾーが笑いながら乗っかってくる、その未来が俺には見えていた。
1月21日の誕生花
……運命を切り開く
コメント
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あ…ぇ…は((涙←語彙力低下 いやほんとに涙が溢れましたよ こんな綺麗(?)な作品を作れるなんて凄いです!!!! ※綺麗は…なんというか、感動したという意味です。私がいつも推し受けが尊いことを美味しいと言ってしまうような自己流の表し方です。 他にも色んな綺麗があるんですがこれはもう感動の綺麗です!最高です!それはそうとクロノアさんの記憶が戻って本当に良かった…(毎回長文ですいません)