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#恋愛
水無月 京
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日々の業務を追われるようにこなしていれば、あっという間に週末がやってきた。平日は朝晩しか外気に触れる機会がなくて、いい加減この人工的な環境から抜け出したい欲求を持て余しながら退勤する。
残暑も落ち着いて来たタイミングだったので、土曜日の朝はゆっくり起きて、表参道に出向くことに決めた。
カフェでブランチを食べながら、何をしようかとぼんやり考えて。
季節の変わり目といえば、買い物なんだけど。
財布とクローゼットと、歩道を行き交うセンスの良い服たち。
カフェオレを飲みながら諸々を何度も天秤にかけた挙句、よし、買い物に行くべきと結論が出た。
空の色か、空気の優しさか。歩くだけで全身に秋を感じて楽しい。どこからか金木犀の香りも漂って来て、ちょろい私の心はますますご機嫌になる。
春と秋が年々短くなることを憂いながら、それでも秋服は必要なんです、と自分に言い聞かせていくつかの店を渡り歩く。
そう言えば会食の予定も決まったな…ワンピース、買っちゃう?
社員同士の食事で服装に対する気遣いはまるで不要だとわかっているけど、豆さんとご飯を食べるのはあの夜以来だったから。少しぐらい気合を入れたくなるのも当然のこと。
久々に明るい時間に家に帰りついて。
素敵なワンピースを手に入れてまだ浮かれていた私は、勢いで家の掃除もしたし作り置きにも精を出した。
秋と恋の魔法は、私をどこまででも浮かれ野郎にしてくれるらしい。
クローゼットに戦利品を丁寧に収納したところで、私はようやく落ち着きを取り戻す。
「あ、そうだ」
風呂の準備をしている時に、ふと思い出して社用のスマホをのぞいた。見ればそこに飛び交う連絡が気になってしまい、下手すれば仕事をしてしまう。そんな悪習慣を断ち切るために、週末はなるべくスマホを見ないようにしていたんだけど。
「弓家さんへ」と始まり「※ 週明けのご対応で大丈夫です。よい週末を」で締められていた豆さんの依頼メッセージを発見する。
彼は土日もほぼ稼働しているけれど、他人には決してそれを強制しない。
「承知いたしました、週明け申請しておきます。豆さんも、少しだけでもごゆっくりしてくださいね」
今日は気分がいいので、つい返信をすれば「週末スマホみちゃダメよ」と即座に返ってくるのだからおかしい。
「すみません、これでおしまいにします」
と打ち込んで、スマホは通勤バッグに突っ込んでおく。
週末に豆さんとメッセージをやり取りすることすら、今の私にはご褒美なんだけど、流石にそれは言えないしね。
宣言通り、週明けから豆さんはオフィスに出勤するようになった。毎日顔が見れると楽しみにしていたけど….すぐにそれはぬか喜びだったと思い知らせれた。
彼の顔は見られる。だけど、ほぼ個室に閉じこもりっきりか、色々な会議室を渡り歩いているかで。近くにいるのに話ができない状況のほうが、いつもよりもどかしくてしんどいなんて。
「あれ、大豆生田さんいない?」
「あー、前の会議が押してるのかもしれません。ちょっと待ってくださいね」
今日は出勤早々、炎上プロジェクトの火消しに取り掛かるとかで、朝イチのクライアントミーティングに出席し、昼は今後の対策のための内部会議で、そして夕方には同じプロジェクトの別の分科会に。
合間には、社長選に関する会議、売上に関する会議、別プロジェクトの営業作戦会議…。
小刻みにアジェンダが切り替わり、その度に頭を切り替えていくのも相当なコストだろう。その様子を目の当たりにしていれば、嫌でも心配になるし、おせっかいを焼きたくもなる。
「お昼ご飯、要ります?」
「助かります」
隙を見て送ったメッセージに前向きな返信をもらって、ウキウキしてコンビニに繰り出す。食事以外にもあれやこれやと買い込んで重たくなったレジ袋を持ってそっと個室に届ければ
「俺こんな食うの?」
笑いながらレジ袋を受け取ってくれる。やっぱり少しだけやつれている顔が気になるけれど、まだ笑顔になれるなら大丈夫だろうか。
「保存がきくものも多いので、おやつとか夜食にも」
「…おやつ買いにいく暇ももらえない系?」
「向こう数日のスケジュールを確認されてみてから仰ってください」
明日からも必要なら毎日何か買って来ますよ。
スケジューラーを見る彼にある種の追い打ちをかければ、「うわぁ…まじかこれ」と絶望した声が耳に入る。
「これ俺死んじゃうんじゃないの」
「そう思ってできる限り調整したんですけど、みなさんお急ぎみたいで」
「えーーーー」
もう俺なんていてもいなくてもいいじゃねーか、これとか。
ぶつぶつ文句をいう豆さんだけど、頼りにされているからこんな事態になっているわけで。
あと、文句を言うなら依頼してきたご本人にお願いしますね。
「ちぇ」
結局、明日以降も昼ごはんを適宜差し入れることを取り決めて部屋を出た。
私の手の中には、折り畳まれた1万円札が握られていて、これじゃまるで買収されているみたいだな、と思えばふふふと小さな笑いが溢れた。