テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「ーーっな!?」
それは絶対に抗えない筈だった。完全に勝利を確信していたユーリは、突進した勢いのまま身体を切り裂かれ、地へ堕ちるかのように倒れ込んだ。
見上げると抗えない筈のユキが、刀を振り上げた姿。
「馬……鹿な」
その瞬間、アミの姿をしたユーリは硝子が砕けたかのように元の姿に戻る。
「は、ははは! この土壇場で否定しやがった! あんだけ格好いい事ぬかしといて、結局命惜しさに折れやがった。アハハ、ボクの勝ちだ!」
倒れて尚、ユーリは高らかに嗤う。ユキがその信念を覆した事に嘲笑っているのだ。命こそ奪えなくとも、その心を折る事には成功した事を。
「……何を勘違いしているんですか? 私が否定したのは“アナタ”です」
「はぁ? 何馬鹿な事言ってんだよ! ボクの力の前で嘘は通用しない!」
だがユキはそれをはっきりと否定。勿論、ユーリに納得出来る筈がない。事実、自身の力は完璧な上、先程までユキは何も出来なかったから。
「アミは……私に死んで欲しいとは言わないし、思ってもいない。何時だってそうーー」
“例え私がアミの為に命を捨てるつもりでも、絶対にそれを望まず、何時でも私の身を一番に案じてくれた……”
ユキは彼女とのその想いを、思いの丈反芻する。
“そうでなければ、私は自分の生き方を百八十度変えたりも、ましてやこうまで焦がれたりしないーー”
「どれだけアミの姿に変えようと、どれだけ私の心を映し出そうと、所詮偽者は偽者。アミの心までは変えられないからですよ!」
「ぐっ!」
その真理を突き付けられたユーリは歯軋りする。思えば最初、アミにも同じ様な事を言われたのを思い出した。
“こんな事でボクの力に抗っただと? この二人はどれだけお互いを“自分以上”に信じているというんだよ?”
ユーリはその理解出来ない想いに項垂れる。それは自分の絶対と思っていた力の否定。
「終わりです……」
とどめを刺す為か、ユキが倒れたユーリの下へと歩み寄る。
「なっ、あ……」
“か、身体が動かない!?”
傷は深い。逆袈裟懸けに交叉法で斬られた為だ。ユーリは追撃を避けようと踠くが、この深手で身体を上手く動かせる訳がなかった。
“アザミ、ルヅキ……ごめん”
迫りくる死の予感に、ユーリは無念そうに瞳を綴じる。
“ーーっ!?”
しかしどうした事だろうか。とどめの一撃は何時まで経っても訪れず。それ処か自分の身体から痛みが消えていく感覚。
「なっ……何やってんだよ?」
怪訝そうなユーリの表情。何故ならユキの貫通した掌から光がーー再生再光に依る治癒が施されていたのだから。
「見て分かりませんか? ほっとけば失血死しますので」
ユキは事も無げに治療を進める。自分の出血もお構い無しに。
「ふっーーふざけんなよ! 情けをかけるつもりかよ!?」
その理解不能な行為が、ユーリの癇に障った。憎き仇に負けた挙げ句、施しまで受ける等。
「情けではありません。アナタは私に負けた。敗者は勝者の言う事を、大人しく聞く義務があります」
「そんなの誰が聞くかよ! もうボクには何も無いんだ。仇も取れず、一人取り残される位なら死んだ方がマシだ! 早くーー殺せよ!!」
ユキの勝者としての権利の主張に、ユーリは慟哭しながら絶叫した。
「全く……絶望ばかりしてヒステリーを起こして、アナタは駄々を捏ねる子供ですか?」
「なっ、ふっざけんなぁぁぁ!!」
頭に血が昇ったかのように喚くユーリを、ため息と共に軽く流しながらユキは治療を続けた。
「いいからよく聞きなさいユーリ」
「ーーっ!」
ユキの突然の有無を言わせぬ口調に、また名前を呼ばれた事にユーリは言葉が詰まる。既に治癒は完全に終わっており、傷口も痛みも無い。
反撃しようと思えば何時でも出来た。だがユーリは彼の口調にそれを留まらせる。
「アザミと闘いの後、彼が最期の想ったのは、残された者達の事ーー」
ユキはかつての事を、ゆっくりと綴っていく。
「そしてルヅキ。彼女が最期に想ったのはユーリ、アナタだけでも生きてーーという願い」
ルヅキとの闘い後、ユキは腕の中で消え逝く彼女の最期の想いを確かに感じ取っていた。それはお互いに命の限り、闘い抜いた者にしか分からぬ想い。
「だからアナタは、彼らの分まで生き抜く責務があるんです。悠久とか一人とか関係無い。自暴自棄になって簡単に楽になろうとか甘過ぎなんですよ」
「な、何を分かったような口を……」
「悔しいなら精一杯足掻いてみるといいです。冥王との決着後、アナタとの再戦は必ず受けます。アナタが本当の意味で強くなった、その時にーー」
言い方こそ棘があるが、ユキのその口調は想いに満ちてーーユーリから返せぬ反論を、そして彼女のその心に突き刺さっていた。
「だから……生きて、生き抜いてください。そして私に勝つ為に強くなって見せてください」
ユキの生きて強くなって欲しいとの想いに、ユーリは言葉に出来ない程に打ちのめされた。
“分かっていた……最初から”
ユーリは彼とルヅキの闘いを思い返す。敵同士だから闘い合うのは当然の事。その結果、明暗が別れるのも当然の事。
それでも闘いの最中であってもお互いを尊重し、決着の後も彼はルヅキの命を救おうとした。その後もお互い憎しみ合う感情は、画面越しからでも全く伝わって来なかった事も。
“それに比べてボクは……。彼の言う通り、自暴自棄になってーー”
「なに……分かった気になってんだよ、ガキの癖にーー」
それはあまりにも大きな存在だった。ユーリの中から止めどない感情が溢れ出す。
「言う事がいちいちウゼぇんだよ……」
大粒の涙と共にユキの胸にしがみ付きながら、ユーリは子供のように泣きじゃくっていた。
「ふ、言葉足らずで済みませんね」
ユキもまた抗う事はせず、穏やかな表情でーー受け入れていた。
「あぁ! ユキが女の子泣かしてるぅ」
「茶化さないのミオ!」
囃し立てるミオと、それを諌めるアミ。それを見て取ったユーリが、少しだけ微笑を浮かべーー
「ふふ、面白い人達だね、キミらって……」
「ええ、そうでしょう」
ユキも同じく微笑する。ユーリは彼等のやり取りに、かつての自分達と同じ想いーー絆を感じ取っていた。
ユキからそっと離れたユーリは、アミとミオの二人へ頭を下げた。
「あの……最初に騙したりしてごめんなさい」
最初にユキの姿で騙した事を、素直に詫びたのだ。その表情は憑き物が取れたかの様に。
「まあ、結果オーライだから私は気にしてないけどね」
「ええ、何にせよ二人が無事に終わって良かった」
ミオもアミも、ユーリが戦闘意向を放棄した以上、責める事はせず気にしなかった。
「ボクが負けた理由、何となく分かった気がしたよ」
「ん? どうしたの?」
ユーリはアミの方を見据えーー
“最初から負けてたんだね”
アミとユキ。二人が自分以上に相手を理解し、深い信頼と絆。そして愛情で結ばれていた事に。
「でもキミは最後まで騙されたままだったけどね☆」
先程の茶化した事へのお返しとばかりに、悪戯っぽい笑顔でミオを茶化す。勿論、そこにもう悪意は無い。
「あんなの見破れというのが無理に決まってるじゃん!」
「でもアミの方はちゃんと見破ったけどね☆」
三人の昔からの友人のような自然なやり取りを、ユキは何処か微笑ましく眺めていた。