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「あっ! 今更こんな事言うのも何だけどーー」
談笑の最中、不意に思い出したかのようにユーリが真面目な表情へと変わる。
「今すぐ皆、ここから逃げて」
それは三人へと促す撤退の言葉。
「えっ?」
「いきなり何言ってんのよユーリ?」
突然の言葉の意味に、アミとミオは戸惑いを隠せない。何故、突然逃げる必要があるのかーー
「キミなら分かるはずだよ? 冥王様と闘ったキミなら、この意味が」
ユーリはユキへと話を振っていた。
「意味は分かります。ですが、逃げた処で意味は無いでしょう? 既に冥王がこの世界を消すつもりなら」
「そ、それはそうだけど……」
ユーリも分かってて聞いた。冥王の意思は絶対。これまでも、これからも世界は消え続けていく事を。
そして、絶対に誰も冥王に勝てない事も知っている。それ程に“次元そのもの”が違うのだ。
「私は逃げるつもりも、冥王に降るつもりもない。此処で全てを終わらせる。その為にもう一度冥王の所へ行くんですよ」
しかしユキの表情に絶望の色は無い。それこそが、彼が彼であるからこその信念。
「そうだね、変な事を聞いたよ。それがキミだった事を……」
ユーリは彼の言葉の強さに、不安と同時に何処か安堵を覚える。相手がどれ程の力を以てしても、決して屈さない心ーーそれがユキだという事を改めて。
「と、とりあえずユキの手当てをしなきゃ」
神妙な空気を打ち消すかのように、アミが声を上げた。先ずはそれが一番重要な事。彼は決しておくびにも出さないが、両の掌貫通に左膝も深い刺し傷に依る重症なのだ。
アミがユキの傍らに寄り添い、その貫通した両の掌を手に取る。止めどない流血が痛々しい。
「手当ての必要は無いよ。ボクに任せて」
不意にユーリが二人の傍らに立ち、スカートのポケットから何かを取り出す。
「エクスポーションーー」
それは何かの液体が入った小さな小瓶。ユーリはそれをユキへと軽く振り掛けた。
「こ、これは!?」
流石のユキも目を丸くする。瞬間、貫通した両の掌も他の傷も、最初から無かったかの様に消えていたのだから。
「き、傷が消えた?」
「ど、どうなってんの?」
その現象にアミとミオも驚愕するしかない。
「これは狂座のーー未来の技術で作られた万能傷薬だよ。どんな傷も一瞬で塞ぐ事が出来る。まあ、彼の傷はボクのせいでもあるんだし……」
三人は改めて思い知る。狂座がこの世界に無い、途方もない技術を持つ未来の代物である事を。
「……ありがとうございます。これで少しはまともに闘える。しかし、どういう風の吹き回しです?」
ユキは手の感触を確かめながら、素直にユーリへ礼を述べる。が、少しばかりの含みも込めた。
「……いつかキミより強くなって、勝ってみせるんだから。その傷じゃ、この先キツイでしょ?」
ユーリは意にも介さない。彼との再戦を忘れていないのだ。その為、これから負けて貰ったら困る事を。
「だから……冥王様に負けたら承知しないんだからねーー“ユキ”」
ユーリは顔を赤らめながら、そう鼓舞しながら初めてユキの名を呼んだのだった。
「ええ。負けるつもりはありませんよ。アナタとの約束、必ず守りますので」
ユキもその想いをしかと受け止め、純粋な笑顔でそう返す。
“あらあら、ユーリは姉様の強力なライバルになりそうな?”
そのやり取りを見たミオは、頭の中で囃し立てる。続いて姉の方を見ると、アミは二人のやり取りを微笑ましそうにしていた。
“まあ、心配ないかな。姉様とユキの間には――”
ミオのそれは心配というより、ちょっとした戯れ言に過ぎない。
姉の事を誰よりも理解しているミオ。また、ユキの事も同じ位に理解しているつもりではある。
アミとユキ。二人の間にはもはや、恋愛感情と云ったものでは括れない――純粋なまでの愛で結ばれていると。それは何人にも侵す事は出来ない領域。
いずれ二人が本当の意味で“家族”として結ばれてくれれば、妹としてこれ以上の喜びはない。いや、間違いなくそうなる以外が考えられないから。
その為には何としても勝利せねばならない。この闘いで敗北を喫する事となれば、その想いも全て水泡と期す事になる。
ミオは願った。この最後の闘い、誰一人欠ける事無く家に帰れる事をーー。
*
「でも……一つだけ注意点。この薬はあくまで外傷を塞ぐだけであって、内部まではそうはいかないーー」
ユーリは“表面上”は傷が無くなったユキに対し、先程のエクスポーションの効力の程を伝える。
「キミの折れている肋骨は勿論、これまでのダメージの蓄積までは……ね。それでもーー本当に行く?」
それは万全とは程遠いという意味。ユーリはユキへ最終確認を促した。
「……充分ですよ。分かってて聞いてますよね?」
ユキの答えは最初から決まっている。例えどれ程に傷付いていようが。
「退く道も、屈する道もあり得ないーー」
そうユキは刀を手に立ち上がる。
「……そう言うと思ったよ。じゃあボクが冥王様の所へ案内するよ。元より直属の役目は、キミを案内する事だからね」
ユーリは少しだけ物憂げに。ルヅキも自身もある意味、命令違反を犯した事になる。
「それに、もしかしたらこの世界から手を退いて貰えるよう頼めるかもしれない。まあその前に、命令違反で処刑されるかもだけどね」
そう彼女は少しだけ自虐的に笑った。
「そんな事はさせませんよ。アナタはこれからも強くなって、生きる責務があるのだから」
「そうよユーリ。私に力が無くても、そんな事は絶対にさせないわ!」
「この闘いが終わったら狂座なんて辞めて、ウチに来ればいいよ☆」
ユキもーーアミもミオも、そうユーリへと言葉を掛ける。もう敵同士ではないという、はっきりとした意思表示の顕れ。ミオに至ってはその後の事まで。
「全く……ホントにキミ達ってーー」
“馬鹿みたいに優しくてーー暖かいんだから”
ユーリは、はにかむ笑顔で彼らと向き合い、お互いに手を取り合った。そして彼女の案内の元、行き先は冥王が待つ『王の間』へとーー。
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