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ソラ
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ぴのん
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ドズルのことが好きなのだと気づいてから、まだ数日しか経っていなかった。
だからといって、何かが大きく変わったわけではない。
顔を合わせればいつも通り話すし、収録が始まれば仕事に集中する。ドズルが筋肉の話を始めれば適当に相槌を打って、面白いことを言えば普通に笑う。
むしろ、拍子抜けするくらい何も変わらなかった。
変わったのは、自分の中だけだった。
以前なら理由も考えずに受け取っていたものへ、今は少しだけ説明がつく。
名前を呼ばれて嬉しいのは、好きだから。
隣にいると落ち着くのも、好きだから。
ドズルが笑っているのを見ると、自分まで気分がよくなるのも、多分そういうことなのだろう。
分かってしまうと、少しだけ恥ずかしい。
けれど、不思議と嫌ではなかった。
その日は、仕事が予定より早く終わった。
まだ外は明るく、駅へ向かうには少し中途半端な時間だった。建物を出ると、昼間の熱が少し残った風が頬へ触れ、通りには仕事帰りにはまだ早い人たちがのんびり歩いている。
おらふがスマートフォンを見ながら帰り道を確認していると、後ろからドズルの声がした。
「おらふくん、このあと時間ある?」
反射的に振り返る。
「ありますけど。」
「ちょっと買い物付き合ってくれない?」
ほんの一瞬。
胸が跳ねた。
気づく前なら、「ええですよ。」だけで終わっていたと思う。
今は違う。
二人で。
買い物。
その二つの言葉を自分で勝手に並べてしまってから、おらふは心の中で慌てて打ち消した。
ただの買い物や。
仕事終わり。
ついで。
それだけ。
「何買うんです?」
できるだけ普通の声で聞く。
「ちょっと見たいものあってさ。」
「何です?」
「行ってから。」
「なんで秘密なん。」
「別に秘密じゃないよ。」
ドズルが笑う。
その笑顔を見て、おらふも自然に笑った。
やっぱり。
普通だ。
普通に話せる。
そのことに少し安心しながら、同時に少しだけ嬉しくなる。
好きだと気づいたあとでも、こうして二人で歩ける。
それだけで十分な気がした。
向かったのは、駅近くの大きな商業施設だった。
平日の夕方だったが、それなりに人は多い。店内へ入った瞬間、外とは違う冷たい空気が肌へ触れ、どこかの店から甘い菓子の匂いが流れてきた。
「涼し。」
おらふが言うと、ドズルも頷く。
「外ちょっと暑かったね。」
エスカレーターに並ぶ。
前にドズル。
その一段下におらふ。
いつもより少し高い位置にある背中を見ながら、おらふは何となく笑いそうになった。
なんで今さら意識しとるんやろ。
今まで何度も二人で出かけたことはある。
並んで歩くことだって珍しくない。
それなのに、「好き」という言葉を知っただけで、同じ時間が少し違って見える。
ドズルが振り返る。
「何笑ってるの?」
「え?」
「今笑ってなかった?」
「笑ってないですよ。」
「笑ってたよ。」
「気のせいちゃいます?」
「いや絶対笑ってた。」
おらふは誤魔化すように前を向いた。
まさか、ドズルさんの背中見てたらなんかおもろくなってきた、とは言えない。
好きな人の背中を見ていて嬉しくなった、なんて、もっと言えない。
「で、何買うんです?」
話題を変える。
「小物。」
「ざっくりしてんなあ。」
「見たら分かる。」
「ほんま?」
「多分。」
この人、本当に何も考えてないな。
そう思うと、また少し可笑しくなった。
最初に入った店には、雑貨や文房具、ちょっとしたインテリア用品が並んでいた。
ドズルは棚を順番に見ながら歩いていく。
おらふもその横についていった。
「これどう?」
ドズルが何かを持ち上げる。
見ると、妙に派手なペン立てだった。
「絶対いらん。」
「即答じゃん。」
「どこ置くんです、それ。」
「デスク?」
「目ぇ痛なるで。」
「そうかな。」
「そうです。」
ドズルが笑いながら棚へ戻す。
次に見るのは謎の置物。
その次は小さな観葉植物。
どれも本当に買うつもりがあるのか分からない。
「ドズルさん。」
「何?」
「何探してるか、ほんまに決まってます?」
「まあ、なんとなく。」
「絶対決まってないやん。」
「見てたら欲しいもの見つかるかなって。」
「僕、完全に暇つぶしに連れてこられてません?」
「でも楽しいでしょ?」
言われて。
おらふは少しだけ言葉に詰まった。
楽しい。
普通に。
かなり。
「……まあ。」
「ほら。」
「その顔腹立つなあ。」
笑いながら言う。
ドズルも笑った。
その会話が、思っていたより嬉しかった。
ドズルにとっては何でもない時間なのだろう。
たまたま時間が空いて。
一人で買い物するより誰かがいたほうが楽しくて。
近くにいたおらふを誘った。
多分、それだけ。
それでも、おらふにとっては、その「それだけ」が嬉しかった。
特別じゃなくてもいい。
一緒にいる理由が大げさなものでなくてもいい。
今は、この時間が楽しい。
それで十分だった。
店の奥に、キーホルダーや小さなマスコットが並んだ棚があった。
おらふは自然と足を止める。
色も形もばらばらで、動物や食べ物、よく分からない生き物まで、小さなものがぎっしり吊られている。
「こういうの好きそう。」
ドズルが言う。
「まあ、好きですけど。」
「いっぱいあるね。」
「ありますね。」
おらふが一つずつ眺めている横で、ドズルも適当に棚を見始めた。
すぐに飽きるだろうと思っていた。
ドズルがこういう細かい雑貨をじっくり見る姿は、あまり想像できなかったからだ。
ところが。
「これ。」
声がした。
振り向く。
ドズルが、小さな丸いマスコットを持っていた。
水色。
ころんとした形。
雪だるまにも、何かの生き物にも見える。
丸い目が二つ。
口は小さい。
妙に気の抜けた顔をしている。
ドズルはそれを手のひらへ乗せ、おらふと見比べるように少し首を傾げた。
「これ、おらふくんっぽい。」
一瞬。
時間が止まったような気がした。
「……僕?」
「うん。」
ドズルは真面目な顔でマスコットを見る。
もう一度。
おらふを見る。
「なんか似てない?」
「どこがです?」
声は普通に出た。
多分。
「色。」
「色だけやん。」
「あと雰囲気。」
「こんな丸ないですよ、僕。」
「そこじゃないよ。」
「じゃあどこなん。」
ドズルが笑う。
「なんとなく。」
その「なんとなく」が。
おらふには、妙に残った。
水色を見て。
自分を思い出した。
ただそれだけのこと。
そう分かっている。
けれど。
ドズルの頭の中に、自分と結びつく何かが一つある。
それが。
少し嬉しかった。
好きだと気づいたあとだからこそ、その程度のことで胸が簡単に暖かくなる自分にも気づく。
それが少し可笑しい。
「いる?」
ドズルが聞いた。
「え?」
「これ。」
マスコットを少し持ち上げる。
「買ってあげようか。」
「いやいや、自分で買いますよ。」
「いいじゃん。」
「なんで。」
「おらふくんっぽいから。」
「理由なってへんって。」
「記念。」
「何の記念なんですか。」
「今日一緒に買い物した記念?」
適当。
本当に適当。
おらふは笑った。
「なんやそれ。」
「いいじゃん。」
ドズルは、もう買うつもりになっているらしい。
値札を見る。
「安いし。」
「金額の問題ちゃうって。」
「じゃあいいでしょ。」
「話聞いてます?」
「聞いてるよ。」
全然聞いていない。
ドズルはマスコットをそのまま持って、レジのほうへ歩き出す。
おらふは数秒遅れて、その背中を追った。
レジを出たあと。
小さな袋を差し出される。
「はい。」
「ほんまに買ったん?」
「買った。」
「ありがとうございます。」
受け取る。
袋の中には、さっきの水色のマスコット。
軽い。
手のひらに収まるくらい小さい。
でも。
妙に大事なものを渡されたような気がした。
「どこつける?」
「まだ決めてません。」
「バッグ?」
「落としたら嫌やしなあ。」
言ってから。
自分で少し驚いた。
もう。
落としたくないと思っている。
さっきまで存在すら知らなかったものなのに。
ドズルが選んで。
おらふっぽいと言って。
買ってくれた。
その過程まで含めて。
急に大切になった。
「じゃあ家置いとけば?」
「それもええですね。」
「むぎとかにやられない?」
「それはある。」
「じゃあ高いとこ。」
「そうします。」
そんな話をしながら歩く。
ドズルはもう、さっき買ったマスコットについて特別考えていないようだった。
次の店を見ている。
「あ、あそこも見ていい?」
「まだ行くんです?」
「時間あるでしょ?」
「ありますけど。」
「じゃあ行こう。」
おらふは笑う。
「はいはい。」
そのまま。
また隣を歩く。
次の店ではドズルが服を見た。
おらふに色を聞いて、結局自分で最初に選んだものを買った。
「僕に聞いた意味ないやん。」
「参考にはしたよ。」
「絶対嘘や。」
別の店では、おらふが猫用のおもちゃを見つけて足を止めた。
「これ、むぎ好きそう。」
ドズルが横から言う。
「でしょう?」
「買えば?」
「そらが遊ぶかもしれんしな。」
「二個買えば。」
「雑やなあ。」
「喧嘩しないじゃん。」
「それはそう。」
結局二つ買った。
袋が少し増えた。
その中に。
小さな水色のマスコットもいる。
店を移動するたび、袋が腕へ触れる。
そのたびに。
さっきの言葉を思い出した。
これ、おらふくんっぽい。
たった一言。
ドズルは多分、明日には忘れているかもしれない。
でも。
おらふは。
多分。
しばらく覚えている。
歩き疲れた頃、二人で休憩することになった。
フードコートの端に座り、ドズルはコーヒー、おらふは甘い飲み物を買った。
夕方になり、人が少し増えている。
周りには家族連れや学生、買い物袋をたくさん持った人たちが座っていた。ざわざわした話し声の中に、食器の音や呼び出しの電子音が混ざっている。
「結局何買いに来たんでしたっけ。」
おらふが聞く。
ドズルはコーヒーを一口飲みながら考える。
「何だっけ。」
「忘れとるやん!」
「いや、小物見たかったんだよ。」
「それだけ?」
「多分。」
「完全にノープランやん。」
「でも買い物できたじゃん。」
「僕のほうが買ってるし。」
二人で笑う。
そのあと。
少しだけ会話が途切れた。
気まずい沈黙ではない。
歩き疲れて。
飲み物を飲んで。
何となく休んでいるだけ。
おらふは、この静けさが好きだった。
無理に何かを話さなくてもいい。
同じテーブルに座って、それぞれ別のところを見ていても、落ち着く。
好きだから。
今は、その理由を知っている。
でも、理由が分かったからといって、必要以上に意味をつける必要はないとも思った。
「今日。」
ドズルが言う。
おらふが顔を上げる。
「付き合ってくれてありがと。」
「え。」
「一人でもよかったんだけど、二人のほうが楽しかった。」
さらっと言った。
ただの感想として。
ドズルは何も意識していない。
それが分かるから。
余計に。
おらふには効いた。
胸の奥が一度だけ強く鳴って、そのあとゆっくり暖かくなる。
「……そうです?」
声が少しだけ柔らかくなった気がして、慌てて笑う。
「僕も一人より楽しかったですよ。」
これは。
本当だった。
ドズルが笑う。
「じゃあまた行こうよ。」
おらふは、一瞬だけ返事を忘れた。
また。
その言葉。
以前から。
妙に嬉しいと思っていた言葉。
好きだと気づいた今は、その理由まで分かる。
次があると思えるから。
また一緒にいられると思えるから。
「ええですよ。」
なるべく普通に答える。
「今度は何買うんです?」
「決めてない。」
「またノープランやん。」
「それがいいんじゃん。」
「適当すぎる。」
笑う。
その笑いは。
無理に作ったものではなかった。
帰る頃には、外はもう暗くなっていた。
商業施設を出ると、昼間より少し冷えた風が吹いている。おらふは片手に自分の買い物袋を持ち、もう片方にはドズルからもらった小さな袋を持っていた。
駅までの道。
二人で並んで歩く。
ドズルはさっき見た店の話をしている。
おらふも普通に返す。
それでも、手の中の袋だけは妙に意識していた。
水色のマスコット。
ドズルが見つけて。
おらふっぽいと言って。
買ってくれたもの。
それだけだ。
恋人からもらったものではないし、特別な意味を込めて選ばれたわけでもない。
ドズルはいつも通り優しくて、その優しさの一つが今日たまたま自分へ向いただけなのだろう。
そのことを、おらふはちゃんと分かっていた。
だからこそ、変に大きな意味を持たせたくないとも思う。
これはただ、今日一緒に買い物をして、その途中でドズルが「おらふくんっぽい。」と言って買ってくれた、小さなマスコット。
それ以上でなくていい。
でも、それ以下でもない。
今日楽しかったという記憶と一緒に、大事にしておけばいい。
そう思った。
駅で別れる。
「じゃあまた。」
ドズルが手を上げる。
「はい。お疲れさまでした。」
おらふも手を振る。
数歩進んだところで、ドズルが振り返った。
「マスコットなくさないでね。」
おらふも振り返る。
「なくしませんよ。」
「ほんと?」
「そんな信用ない?」
「おらふくん結構いっぱい付けてるから、どれかなくなっても気づかなそう。」
「気づきますって!」
ドズルが笑う。
「じゃあ大事にして。」
そのまま手を振って、今度こそ歩いていく。
おらふは、その背中をしばらく見送った。
大事にして。
多分。
マスコットの話。
もちろん。
分かっている。
それでも、手の中の小さな袋を握る指に、少しだけ力が入った。
家へ帰ると、むぎとそらが寄ってきた。
買ってきたおもちゃを出すと、二匹ともすぐに興味を示す。
「ほら、これドズルさんが二個買えばって言うから。」
猫相手に説明する。
当然。
返事はない。
おらふは笑いながら、もう一つの袋を開けた。
水色の丸いマスコット。
改めて見ると。
やっぱり。
自分に似ているとは思えなかった。
「どこが僕なんやろ。」
小さく笑う。
机の上へ置く。
少し離れて見る。
何となく。
悪くない。
むしろ。
かなり気に入っている。
おらふは、手に取ってもう一度眺めた。
好きだと気づいたばかりの相手からもらったものだから、特別に感じる。
それは認める。
けれど、それだけではなかった。
今日、一緒に店を回って。
くだらないものを見て笑って。
猫のおもちゃを選んで。
フードコートで休んで。
また行こうと言われた。
その全部が。
普通に楽しかった。
だから。
このマスコットを見るたびに。
今日のことを思い出せたら。
それでいいと思った。
机の端。
猫に取られない位置へ置く。
水色の小さな丸が。
そこに収まる。
おらふは少しだけ場所を調整してから、満足して手を離した。
明日になれば、またドズルに会う。
今日の買い物をわざわざ話題にすることもないかもしれないし、ドズルはもうマスコットのことなど忘れているかもしれない。それでも、おらふにとって今日が楽しかったという事実まで薄くなるわけではなかった。
好きな人と過ごしたから楽しかった。
それもある。
けれど、好きになる前から、きっとこの人と買い物をすれば楽しかったのだと思う。
その二つを無理に分けなくてもいい。
好きだから嬉しくなることと、仲間として一緒にいて楽しいことは、同じ時間の中にちゃんと並んでいられる。
机の上の水色のマスコットを見ながら、おらふはそんなことを考えた。
叶うとか、叶わないとか。
まだそこまで先のことは考えない。
今はただ、今日がええ日やったなと思う。
それで十分だった。
コメント
1件
読了しました!このエピソード、すごく良かったです。「好きだと気づいたあとでも普通に話せる」「一緒にいられるだけで十分」っていうおらふの心の動きが、すごく丁寧に描かれていて胸が温かくなりました。特にドズルが水色のマスコットを「おらふくんっぽい」って言って買ってくれる場面、あれは反則級にときめきましたね。何でもない日常だけど、好きな人との時間が特別に変わる瞬間が瑞々しくて…「また行こう」の言葉が染みます。素敵な作品をありがとうございます!