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「――は? 舞踏会……ですか?」
「うん。レクト君、憑依して代わりに出てよ!」
ディアナの研究室を訪れると、レクトはそんな依頼を受けた。
舞踏会……というのは社交界の催しのひとつで、王族や貴族が多く参加する。
「いやぁ……、イヤですね! 何で俺が……!?」
「まぁまぁ。あたしもそんなのは面倒――じゃなくて、レクト君も良い経験になると思うんだよぉ」
「確かに、普通に参加すればそうかもしれませんが……。
でも、令嬢として参加するんですよね!?」
ディアナは伯爵令嬢である。
そのため、舞踏会への参加というのは――いわゆる、政略結婚の相手を探しに行くようなものだ。
男の自分が、何で男から求婚されないといけないのか……レクトは頭が痛くなった。
「ほら? レクト君が作りたい剣……リベリオンは、特別な技術が必要なんだよ。
だから、鍛冶で有名な家門に依頼しなきゃいけないんだけど――」
「……いや、だからといって、ですね……」
「えー? 結局、その程度なのー?
レクト君、そんなに欲しくなかったんだ? リベリオン……」
「……あー、もう……。分かりましたよ!
でも、舞踏会なんて初めてなんですからね? どうなっても知りませんよ!?」
「やったー! 助かるよ~♪」
あきれ果てたレクトに、にこやかに笑うディアナ。
笑顔の向け先が違うだろう――……レクトは心の中で、大きく叫んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――……はぁ」
「うん? どうしたんだい、ディア」
レクトが溜息をつくと、隣の紳士――ディアナの父が、声を掛けてきた。
ディアナの実家の伯爵家を訪れ、使用人たちと王都に向かい、様々な準備を経て――
……今、レクトは舞踏会の会場を目の前にしている。
「いえ、何でもありませんわ。お父様」
入念にセットされた髪に、美しいドレス。
宝石のあしらわれた髪飾りに、イヤリングやネックレス。
嫌味でないほどの煌めきたちが、ディアナを美しい淑女に仕立て上げていた。
――ただし、中身は男である。
「お前も舞踏会は久し振りだろう? 学院生活も良いが、貴族の付き合いにも参加しないとな」
「ええ、お父様。今後はそのようにいたします。これ以上、ご迷惑はお掛けできませんから」
「あ、ああ……。
それにしても、この前会ったときより……ずいぶんと大人びたな」
その言葉に、レクトは思い切り微笑んで返す。
――が、内心ではぞわぞわしたものを感じていた。
ディアナから押し付けられた、舞踏会。
レクトは初体験であり、ディアナは今まで適当に参加していた。
真面目なレクトとしては、ディアナのようには振る舞えないので――
……今回はもうヤケで、レクトの想像する令嬢を演じきってやろう。そう思っていた。
中途半端にやるくらいなら、たとえやり過ぎたとしても、全力の方が楽だ。
レクトは改めてそう思いながら、舞踏会の会場へと足を踏み入れた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今回の舞踏会は王都で行われており、主催は国王だった。
まさか初めてお目に掛かるのが、こんなタイミングだなんて――
……レクトは複雑な思いを胸に抱いた。
本来であれば、剣聖として活躍をして、その功績を認められて……と、想像していた。
しかし現実は、伯爵令嬢の身体に憑依して、美しく着飾って……と、そんな流れになろうとは。
丁寧に礼を尽くし、ひと言ふた言、言葉を交わす。
頭の中では何度も復習したものの――以前セシリアから受けた淑女講座も、ここで役に立った気がする。
「――はははっ。ディア、緊張したかな?
それでは私は、他の家門に挨拶をしてこよう。お前はどうする?」
「私も、他の令嬢や令息に挨拶をしてきます。また後ほど、合流しましょう」
「うむ、わかった。変な男に引っ掛からないようにな?」
「ふふっ。嫌ですわ、お父様ったら」
レクトはディアナの父と別れて……ようやく、ひとりになれた。
令嬢の姿で、見知らぬ男を父親と呼んで――このままでは、頭が破裂するところだ。
「――とりあえず、飲み物でも飲んで……様子を見るか」
#主人公最強
かませ犬S
431
2,276
#転生
歯磨き粉
886
会場の端から、全体を見てまわす。
家門を守っているような人たちは、同じような人同士で集まっていて――
まだ年の若い人たちは、同じような人同士で集まっている。
……レクトとしては、後者の方に向かうべきだろう。
ただ、普段接点の無い高貴な人々に声を掛けるのは、なかなか緊張する……。
そんなことを考えていると、ふと男性の声が聞こえてきた。
「――失礼。はじめまして、オールストン伯爵令嬢。
お時間を頂いても宜しいか?」
「ええ。はじめまして――アディソン侯爵令息」
何とか記憶から絞り出し、相手の家門を思い出す。
それに対して、目の前の男性は嬉しそうに話を続ける。
「おお、私のことを知ってくれているとは……」
「当然ですわ。あまり社交界に来ない私でも、令息の名前は耳にします」
そう言いながら、レクトは考え得る最高の笑顔を彼に向けた。
何度も鏡の前で練習した笑顔――……正直、レクトでも惚れ込みそうな笑顔だ。
しかし、その身体の主はディアナである。そのため、レクトが惚れ込むことは無かった。
「オールストン伯爵令嬢。私も、話に入っても?」
「あら。お久し振りです、ゴードン伯爵令息。3年ぶりですわね?」
「ええ。令嬢がヴァルセリア学院に入学する前ですから――」
ふたり目の令息が割って入ってくると、彼らは競うようにしてアプローチを始めた。
「それにしても、ずいぶんと雰囲気が変わりましたね。とても美しくなられた」
「学院で、様々なことを学びましたから。今後、ゆっくりとお話したいですわ」
「……ッ!! それでしたら今度、私の邸宅でパーティを――」
――次のパーティの約束。
レクトはどうしようか考えたが、どうせ参加するのはディアナのはずだ。
とはいえ、勝手に受けてしまうのはまずいかもしれない。
「ありがとうございます。是非、招待状を送ってください。
楽しみにしておりますわ」
……ただ、その言葉に他の令息たちも盛り上がってしまう。
「そういうことでしたら、アディソン家でもパーティを開くので、是非……!」
「私はグレマン男爵令息です。話に加わっても?」
「君! 今は私が話しているところではないか!」
「こんな美しい令嬢を、独り占めするのはよくないでしょう?
私はグレネル侯爵令息――」
……徐々に人が増えてきてしまった。
政略結婚――と考えたとき、ディアナの家門は有望だ。
多くの事業を営んでおり、財政にもかなりのゆとりがあるから――
「……申し訳ありません。そろそろ他の令嬢とも、挨拶をしてきますね」
何とかそう言って、令息たちの輪から抜け出していく。
彼らはしばらくレクトを目で追っていたが、そのうち自然に霧散した。
さて――……と思いつつ、会場の壁に沿いながら、令嬢たちが集まる場所へ近付いていく。
ただ、貴族の令嬢なんて――レクトはディアナとしか話したことが無かった。
そしてディアナもまた、他の家門の令嬢とは、ほとんど接点を持っていなかった。
貴族社会よりも、錬金術。
ディアナの立ち位置の、何と分かりやすいことか……。
「あら? そこにいらっしゃるのは、ディアナ様ではなくて?」
その声に振り向いてみれば、ディアナの記憶にはある、侯爵令嬢だった。
名前は確か――
「お久し振りです、ルーシャ様」
「ええ、お久し振り。今日は調子が良いみたいだけど、男漁りの方はどう?」
ルーシャを補佐するかのように、後ろから別の令嬢がふたり現れ、くすくすと笑っている。
レクトは女社会のことは分からないが――
「あら、男漁りだなんてはしたない。この場にいる令息たちが悲しみますわよ?」
「ふふっ、素晴らしい心掛けですこと。
きっと皆さん、ディアナ様の言葉に感銘を受けますわね?」
――何か、嫌な感じがする。
ひとまずレクトは、近場にいる令嬢たちの立ち位置を確認した。
全員が裾の長いドレスを着ているのと――
……あとはそもそも、令嬢たちは運動のようなことはしないだろう。
レクトは、令嬢たちがお互い邪魔になるように……少しずつ、立ち位置を変えていく。
それに対して、令嬢たちも少しずつ動いていくが――しばらくすると、令嬢同士がぶつかった。
「――きゃぁ!?」
「ちょっと、こっちに来ないで――きゃッ!!」
その結果、3人の令嬢は重なって倒れ――
……ひとりが隠し持っていた飲み物が、ルーシャのドレスに掛かった。
美しいドレスに、毒々しい赤色が滲んでいく。
「ちょっと、あなた!
何てことをするの!? 私のドレスを――」
「も、申し訳ございません!?」
「お許しください、ルーシャ様……!」
レクトは面倒になったので、そのままその場を後にした。
女性には優しく――とは思うものの、今は自分も女性なのだ。
その上で、敵意のある人間には関わり合いたく無かった。
……そんな中、どこぞの家門の令息が声を掛けてきた。
「オールストン伯爵令嬢は、何か剣術でも嗜んでおられるのですか?」
「あ……いえ。多少、知っているだけですわ」
「それにしては……先ほどの、見事な足捌き。ルーシャ様たちをあんなにも……くくくっ」
「あら、彼女たちを笑うだなんて……酷いお方ね?」
そんな話をしていると、再び他の令息たちも集まってきた。
そして結局、また8人程度の集団になってしまう。
話はルーシャたちが酷い目にあったところから始まり、足捌きの話になり――
……そして、貴族の男性は剣術を嗜む文化があるため、自然と剣術の話になっていった。
剣術談義は熱を帯び、令息たちもディアナと一緒に盛り上がる。
基本的に同い年の令嬢たちは、剣術などには興味が無い。
令嬢が好むのは、ドレスの話やアクセサリの話、色恋話や噂話などで――
……そんな話は、令息たちには興味が無い。
「――あ、そういえば。私、武器製造に詳しい方を探しておりましたの」
「それならうちが!」
「いやいや、うちが!!」
「何を言う、一番詳しいのは我が家門ッ!!」
レクトは本題を思い出しつつ、話を切り出すと……それはそれで、食い付きが良かった。
「みなさんの家門は、とても素敵ですのね。大変興味がありますわ」
「それなら招待させて頂きます!」
「鍛冶場にも興味はおありですか!?」
「我が家門には、抱えの鍛冶師が多数おりまして……!!」
レクトが何かを言えば、全員が食い付いてくる。
オールストン家の財力に、ディアナの美しさ。
それに加えて、まるで男友達と話しているような、魅力的な話しやすさ――
……ふと、会場に音楽が流れ始めた。
この会場で行われているのは舞踏会であり、つまりダンスが中心の催し事なのだ。
「オールストン伯爵令嬢! 是非、私と一緒にダンスを……!」
「いや、私が先だ! 抜け駆けをするな!」
「我が家門のダンスは世界一ィ!!」
レクトに対して、ダンスの申し込みが集中する。
中身が男の令嬢に、こんなにも声が掛かるなんて――
……レクトは何故か、面白くなってしまった。
「――まとめてお相手いたしますわ。
それと、私のことは……気軽に、ディアナとお呼びください♪」
最後の最後で、一気に距離を詰めてくる美しい令嬢。
高嶺の花にして、そこら辺に咲いているような花――
……令息たちの心は、ディアナという令嬢にがっしりと掴まれていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――それから1週間後、レクトはディアナに呼び出された。
彼女の研究室に行くと、彼女は拗ねるように怒っている。
「ちょっと、レクト君!
舞踏会に参加した人たちから、パーティの招待が殺到してるんだけど!?」
「ああ……話が盛り上がりましたからね。緊張しましたが、俺も楽しかったですよ!」
レクトは満足そうに答える。
自分なりに、思い描く最高の令嬢を演じきったのだ。
……仮にあんな令嬢がいたら、自分でも惚れてしまう自信がある。
「あのときの記憶、あたしも見たけど……。あたし、あんな風に振る舞えないからね!?」
「でも、鍛冶が得意な家門の令息とは話が付きましたし――
結果オーライですね!」
「レクト君はそうなんだろうけどッ!!」
「うーん……。でも、俺に任せたのはディアナ先輩ですし……?」
ディアナは珍しく、レクトに文句を言い切ることができなかった。
確かに今回は、ディアナ自身の失敗――
「――あ、そうだ!
それなら今後、舞踏会は全部代わりに参加してよ!」
「い、嫌ですよ! 一生代われって言うんですか!?」
「一生代われって言ってるのーっ!!」
ディアナは泣きついたが、レクトを説得することはできなかった。
……初めて、レクトが心情的に勝利した瞬間だった。
コメント
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うわ、まさか憑依して舞踏会デビューとは……! レクトくん、女装してるのにめっちゃモテモテで草。男の矜持で「最高の令嬢」を演じきったら、令息たちがもうガチで惚れてて笑った。ディアナ先輩が後で「パーティ招待殺到してるんだけど!?」って怒りながらも、リベリオンの話は進んだし結果オーライって感じなのが面白かったです。でも、内心で「こんな令嬢がいたら自分でも惚れる」って思っちゃうレクトくんの自意識過剰っぷりも好き。女の争いを足捌きでかわす辺り、さすが剣士だなと(笑)