通りの両端に並ぶ家々は、まだ皆が寝静まっているのか暗く物音もしない。
しかし、侵入者があれば魔法が反応して村人達に報せがいってるはずだ。それなのに誰も起きてこないのは問題じゃないか?
そう思っていたらユフィとテラも不審に感じたようだった。
「不用心ですね。ただでさえ盗難の疑いがある場所なのに、我々が入ったことに誰も気づかないなんて」
ユフィの言葉に俺とテラが深く頷く。
「そうだな」
「まだ夜が明けてないとはいえ、こうも静かだと不気味ですね…。やはり何かが起こってるんでしょうか?リアム様、気をつけてください」
「ああ、おまえ達もな」
テラが大きな目を更に大きくして辺りを警戒している。少し頼りない感じがするが、伯父上がつけてくれたということは、腕は確かなのだろう。
入口からかなり進んだ山の麓に、ひときわ大きな家があった。そこが村長の家だそうだ。
村長の家からは灯りがもれていた。
「あ、よかった。誰かいるようですね。声をかけてきます」
「ユフィ、頼む」
「ここでお待ちください。テラ、頼んだぞ」
「おう!」
ユフィがテラに頷いて家へと近づく。門を開けて中に入り、家の扉を強く叩く。
「誰かいるか。ラシェット様の城から来た者だ。聞きたいことがある」
少しの間をおいて、扉がゆっくりと向こう側に開いた。顔を出したのは、白い頭髪とヒゲの、聡明そうな年寄りだ。
「あなた様は…?」
「俺はラシェット様に仕えるユフィというものだ。そして後ろに見えるのが、同僚のテラとラシェット様の甥のリアム様だ」
「おおなんとっ。ラシェット様のお身内の方がこんな辺境の村にお越しくださるとは。あんな所で待たせるなど失礼じゃ。早くこちらへ呼んでください」
「承知」
ユフィがこちらを振り返る。
会話が聞こえていた俺とテラは、馬を引いてユフィの隣まで近寄った。
「夜分に申しわけない。俺はリアムという。あなたに聞きたいことがあって勝手に入ってきてしまった」
「よいのですよ。馬はあちらにある小屋の柱に繋いでください。ささ、早く中へ」
「邪魔するぞ」
テラが三頭の馬の手網を小屋の入口の柱に括りつけている間に、ユフィを先頭に中に入る。木で造られた家だが、頑丈そうだ。石が取れる産地だけあって、美しい様々な色の石がたくさん飾られている。
テラも入ってきて扉を閉めると、俺とユフィと テラの三人は、村長が示した大きな木の机の前の椅子に、俺を真ん中に並んで座った。
村長が「お待ちを」と言って、部屋の奥へ消えた。
三人の息づかいしか聞こえない静かな部屋の中を、俺は隅から隅まで眺める。必要最低限のものしか置かれていない簡素な部屋。棚にきれいに並べられた色とりどりの石が、灯りの下できらめいて美しい。
俺は席を立つと、石の前まで行き顔を寄せた。
「この村で採れる宝石は、とても美しいと他国でも評判です。我が国の重要な収入源です。この村があるゆえ、ラシェット様の領地は王都と並ぶ地位にあるのです」
「ユフィ、それだけじゃないだろ。ラシェット様の優れたお人柄もあるぞ」
「それは言わずもがなだ。リアム様、失礼なことを聞きますが、よろしいですか?」
「構わない。なんでも聞いてくれ」
ユフィとテラも席を立ち、俺の傍にくる。
俺は緑色の石を見つけて、指で摘んで持ち上げた。
「美しいな。まるで…」
「なんです?」
フィーの瞳みたいだ。これを指輪にしてフィーの指にはめたらきっと似合う。ペンダントにしてフィーの白い肌の上で揺れるのも見たい。
そんなことを考えて口元がだらしなく緩んでしまった。俺は小さく咳払いをしながら「なんでもない」と呟いて石を元の場所に戻す。目線を少し横にずらすと、今度は俺の瞳と同じ紫の石を見つけた。その石に指で触れようとした時、俺の後ろからテラが覗き込んだ。
「わっ、本当にきれいな宝石ばかりですね!あっ、その石、リアム様の瞳にそっくりだっ」
「そうか」
「この宝石を買って帰って、大切な方に贈られたらどうですか?喜ばれると思いますよ」
「ふむ…そうだな。テラとユフィ、おまえ達はこういう物を贈りたい相手はいないのか?」
「いないです」
二人の声が揃う。
俺はなんだか可笑しくなって、ぷっ…と吹き出してしまった。
「ふふっ、おまえらモテそうなのにな。ユフィは選り好みしてるんだろうが、テラは気性が難点なのか?」
「だからあっ、俺は優しいんですってっ」
「あははっ、悪い。おまえの素直な反応が面白くて、ついからかってしまう。すまない」
「いえ…リアム様が楽しいならいいです」
からかわれて嫌な思いをしたなら、主が相手でも怒っていいのに。でも怒らずにいいと言えるテラは、本当に優しい青年だ。
俺はひと通り笑って、ユフィを振り返る。
「そういえばユフィ、聞きたいこと…」
「お待たせ致しました」
言葉の途中で、ようやく村長が戻ってきた。木の箱を机に置き、中から湯気の立つカップを出して並べる。
「夜の移動は寒かったでしょう。どうぞ温かいお茶を飲んでください」
「ありがとう」
俺はユフィに「後で」と囁くと、席に戻って腰を下ろした。
二人も俺の両隣に座る。
目の前の湯気の立つカップが熱そうだ。そっと両手で包むと、冷えた指先が熱に触れてジンジンとする。
ユフィが俺に目配せをして、カップを持ち上げて匂いを嗅いだ。そしてお茶を唇につけると、すぐにカップを机に戻した。