思い出って、綺麗なようで本当は苦しいものなのかもしれない。
手のひらの上でコロンと転がる小さな貝殻を見ていると、そう思えてくる。
一人になった部屋。
自分のものしかない場所に、ただ一つ“彼女から渡された”もの。棚の飾りの隅っこで存在を潜めていた。
くれたものだから自分の所有物と言ってもいい。実際、出ていくときに彼女はこれのことを気にしていなかった。もう忘れていたのかもしれない。
他の人が見たらただの可愛い貝殻なのだろう。
だけど、自分にはあまりにも思い出が詰まりすぎていた。
「これでいいんだ」
わざと胸を張って言ってみるが、一瞬のうちに波の音にかき消された。
あのときと同じ、人のいない海辺。朝の散歩のついでに訪れた。
季節は変わり、冷たい風が僕をなぜる。侘しい、という言葉がよく似合う。
心に空いた穴に潮風が吹き抜けるようだった。
そしてポケットからあの貝殻を取り出す。
この貝も、もとは海の中で生きていたのだろうか。きっと、もう一枚の殻がくっついていたはずだ。
今の僕は、この独りぼっちの一枚みたい。
しばらく見つめたあと、打ち寄せる水面にぽちゃりと落とした。
これで気持ちもなくなるだろうと思いながら踵を返す。
そのとき、ふと思い出した。
彼女は、いつも僕のそばにいてくれた。
どんなときでも笑顔で、僕のことを笑わせてくれた。
僕にとって必要不可欠の人となっていた。
なのに、いつからか心の距離は遠くなっていた。原因なんて自分にはわからない。
でも、彼女のおかげで僕が少しだけ変わることができたのは事実だ。
感謝の気持ちを伝えなきゃ、と思っていた。
もう幕は下りた。
願わくばもう一度緞帳を上げて、せめてカーテンコールだけでもしたい。
君に、「ありがとう」と言いたかった。
朝日は高くなり、砂浜に落ちた影は少し短くなっていた。
終わり
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