テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
大学2年・4月。
「(えっと……東横線……東横線……。)」
昨日買った服を纏って、
携帯を見ながら歩いている仁義。
地下へ降りる。
案内板を見て、
「(え。)」「(半蔵門線!?)」
「(ちゃうちゃうちゃう!!)」
「(東横線どこや!?)」
って完全に迷子。
しかも待ち合わせに遅れそうだから走る。
「(やばい、初対面なのに遅刻や……!)」
ようやく改札まで来る。
でも人だらけ。
「(どこ……。)」
「(わからん……。)」
焦る。
時計を見る。
「(遅れる!)」
携帯を取り出して、
「(電話したほうが早い!)」
とハンズフリー発信。
少し離れたところから着信音が聞こえる。
ビートルズ、『Here Comes the Sun』のリフ。
仁義が反射的に顔を上げる。
一人の青年がポケットから携帯を取り出している。
着信画面を見る。
ゆっくり顔を上げる。
仁義は、
「あ。」
しか出てこない。
さっきまでの
「東横線!」
「改札!」
「遅刻!」
全部消える。
ただ立ち尽くす。
手から携帯が滑り落ちる。
ガチャン。
床に落ちる。
その音で直弥が
「……?」
って顔を向ける。
直弥は携帯を耳に当てたまま、
「……あおいさん?」
と少し首を傾げる。
電話はまだ繋がったまま。
仁義は慌てて、
「あっ、はい!」
と言って、慌てて携帯を拾う。
「あ、切る!」
ってなる。
挨拶のあと、直弥が「とりあえずどこか入る?雨だし。」と言う。
仁義、「あ…どうしよう。どこ行こうかぜんぜん考えてなかった。」
直弥「ごめん、僕横浜からぜんぜん出たことないから東京わかんなくて。渋谷って何があるの?」
仁義「どうしよう、僕もわかんない…ええと、マクドでいい?」
直弥「まくど…?」
仁義「マクドナルド。」
直弥「うん。」
お店に着いて。
仁義は慣れた様子で、
「何にする?」
と聞く。
直弥はメニューを見て固まる。
「……いっぱいある。」
「おすすめある?」
仁義も実はそんなに詳しくなくて、
「えっと……僕いつもてりやき。」
くらいしか言えない。
結局、
「じゃあ同じので。」
になる。
食べ始めて。
直弥が一口。
少し間があって、
「……おいしい。」
その一言。
仁義はなんだかすごく嬉しい。
「でしょ!」
って笑う。
直弥「関西のひと?」
仁義「え?」
直弥「マクドって言ってた。」
仁義「香川。」
直弥「香川…どこ?」
仁義「四国の北東だよ。」
直弥「ほくとう…。」
仁義「あ…み、右上、ごめん……僕さ、離島の出身だからあんまりもの知らないんだ。東京来てカルチャーショックがすごくて。」
直弥「そうなんだ。島か…やっぱり独自の神様とか居るの?」
仁義「うん。」
仁義は島の祭の話を始める。
女人禁制の荒々しい男の祭り。
神様として扱われる4人の子供の話。昔、自分もくじ引きでそれに選ばれた話。祭りが過酷すぎて全身打撲だらけになった話。直弥はただ、穏やかに微笑みながら相槌を打っている。
仁義は「今年大祭だからさ、りちくんも8月に島に来てよ。」と言う。
直弥は少し考えた様子のあと、
「そんな神聖で荒々しいお祭り、出られないよ。」と返す。
仁義は笑いながら、「まあ凄まじくハードやけんな」と内心納得する。
仁義はなんの気もなく聞いてしまう。
「りちくんの家って、お父さんとかお母さんはどんな仕事してるの?」
一瞬、直弥は固まり、無表情になる。
「………」
「普通の、家だよ。」
少しだけぎこちない笑顔で返す。
仁義は「?」という顔。
そんなこんなで時間は過ぎる。
そろそろ帰ろうか?と直弥。
渋谷のアスファルトがまだ濡れていて、
街灯や信号が反射している。
二人で改札まで歩く。
仁義「雨やんでよかったね。」
さっきより少しだけ会話が増えている。
でもまだ沈黙も多い。
その沈黙が気まずくない。
「りちくん、また会える?」
「…君がよければ。」「それから…直弥でいいよ。」
「なおや…くん。」
「フルネームはジョージハリスン直弥。」
「ハーフ?」
「うそ。」
「またぁ」
「…君は、なんて呼べばいい?」直弥が聞く。
仁義は反射で、
「じん……」
まで出る。
“仁ちゃんでいいよ”
と言いかけた。
でも止まる。
ほんの一拍。
「…あおいでいいよ!」と返す仁義。
「…そう。」「じゃあ、あおくん。」と直弥。
直弥は優しく微笑んで「またね。」と言う。
改札の向こうで、一度だけ軽く手を振る直弥。
電車に乗ってから仁義はようやく思う。
「(……マクドで、四時間も喋ってた。)」
別に観光もしてない。
渋谷も歩いてない。
ただマクドナルドで話しただけ。
それなのに、人生でいちばん短く感じた四時間だった。
だから帰りの電車で、仁義は自然と笑ってしまう。
「(また会える。)」
家に着く。
靴を脱ぐ。
静かになる。
さっきまで人と話していた余韻が急に押し寄せてくる。
仁義は壁にもたれて、
少し笑って、小さくつぶやく。
「(……この人って、思った。)」
「……直弥くん。」
直弥は部屋でCDを聴きながら、
ふと、
「香川か。」
とか、
「島の祭り。」
とか思い出す。
そして、
「また会えるかな。」
とも考えない。
ただ、
「君がよければ。」
と自分が言ったことだけを思い返して、
少しだけ安心する。
「⋯⋯あおくん。」
大江千里(あるいは秦基博)『Rain』。
コメント
1件
読み終えたよ〜〜🥺💘 仁義くんの「ちゃうちゃうちゃう!!」って焦る感じ、最初から可愛すぎてにやにやした。直弥くんが「おいしい」って言ったときの仁義くんの「でしょ!」がもう、めっちゃ嬉しそうで……こっちまであったかくなった。 それに、マクドで4時間、ただ話しただけなのに「人生でいちばん短く感じた四時間」って、すごくわかる。沈黙が気まずくないって、それだけで安心できる相手なんだよね。 最後の「あおくん」も、「直弥くん」も、お互いの名前を呼ぶ瞬間が尊すぎて静かに叫んだ……🌙💞 えぬたさん、この距離感の描写、本当に丁寧で好きです。続き、すごく気になるよ……!