お城に連れていかれたソフィアは、すぐにセオドアさまの私室に招かれ、そこで熱くもてなされる。
「ソフィア、遠慮せずに僕の膝に座っていいんだよ?」
「いえ、緊張してしまうので、お隣で許してください」
「じゃあ僕に寄り掛かるといいよ。ああ、可愛いソフィア、僕の癒し」
目の前では、側近のお爺ちゃんのスミスさんが、ソフィアたちのためにお茶を入れてくれているのだが、セオドアさまはお構いなくソフィアをぎゅうぎゅう抱きしめる。
愛される覚えのないソフィアにとって、どうしても挙動不審になってしまうのは仕方がないよね?
「王子、ソフィア様、お茶が入りました。どうぞお召し上がりになって、少しは落ち着かれるのがいいでしょう」
ああ、分かってらっしゃる!
スミスさん、その通りです!
セオドアさまはもっと落ち着いて!!!
ソフィアはありがたくお茶を受け取ると、セオドアさまからちょっとだけ距離をとった。
すぐにセオドアさまは距離をつめてくるが、お茶を飲む邪魔はしないでくれた。
我が家では出てきたこともない香り高いお茶を、ソフィアは味わいながらいただく。
こうした最高級品のお茶は、白いティーカップで色も楽しむものだと思っていたが、スミスさんが選んだティーカップは青みを帯びていた。
何か理由があるのかしら?
「ソフィアは賢いね。僕が妃にと見込んだだけはある」
ソフィアがティーカップの底を覗き込んでいると、セオドアさまがスミスさんを見て満足げに言う。
「さようでございますね。カップの色にすぐに気がつくところは、お妃さまとして素晴らしい適性があると思います」
スミスさんの言葉に、セオドアさまはかけていた眼鏡を外す。
そしてソフィアをジッと見つめた。
それに気がついたソフィアは、失礼にならない程度にセオドアさまを見つめ返す。
「やっぱりそうだ、目が痛くない。――ソフィア、僕はね、生まれつき目に病気があるんだ。強い光を見続けると頭痛がする。だから昼間の外出時には、こうした遮光眼鏡をかけることが多い。室内ではだいぶん調子がいいんだけどね、それでも爺が気を遣って、光を反射しそうな色を僕から遠ざけてくれているんだ」
セオドアさまはそう言って、青みのあるティーカップを持ち上げた。
白色は光を反射する。
ソフィアは部屋をぐるりと見渡した。
内装のどこにも白色が使われていない。
白色は膨張色だから、部屋を広く見せてくれる。
普通は壁紙の一部だったり、絨毯の一部だったり、どこかに白色が入るものだ。
続けてソフィアはセオドアさまの執務机にも目を遣る。
紙が白色ではない。
分かるか分からないか程度だが、灰色が混ざっている気がする。
スミスさんの徹底ぶりに驚く。
それほど悪いのだろうか?
ソフィアは改めてセオドアさまの目を見た。
「ソフィア、あの舞踏会の日、僕は自分の妃を探すためにたくさんの令嬢と挨拶をし、ダンスを踊った。きらびやかな会場で、シャンデリアに乱反射する光を浴びて、着飾った令嬢たちの姿を見て、僕の目は限界を迎えようとしていた」
セオドアさまはソフィアが飲み干したティーカップを受け取り、スミスさんへ返す。
そしてソフィアの両手をそっと握り込む。
「そんなときだ。僕はソフィアを見つけた。壁際にひっそりと立つ、楚々として美しい令嬢。僕の疲れた目は、君を見て、一瞬で癒された。燦燦とした令嬢たちの中で、ソフィアだけが僕のオアシスだった」
そうだったのか。
ソフィアの自然界にとけこむ保護色ドレスが、セオドアさまの目のやすらぎとなっていたのだ。
シンデレラに『枯れかけのススキ』と揶揄られたあの色合いが、セオドアさまの目には労わりだったのだわ。
「僕はソフィアに気がついてほしくて、ずっと君を見ていた。何度か目が合って、嬉しかった。この令嬢とのダンスが終わったら、君を誘いたい。そう思っていたんだ」
あら?
この先の展開が読めてきたわ。
間違いなく、うちのシンデレラですね?
セオドアさまの目にとどめを喰らわせてしまったのは。
「だが、会場の入り口が騒がしくなって、僕もついそちらに目をやってしまった。そうしたら光の洪水に襲われた。許容範囲を超えた眩しさに僕は頭が割れるように痛んだ。このままでは気を失い倒れてしまうと思い、すぐにその場を後にした。君の名前も聞かずに」
後悔したよ、とセオドアさまはしょんぼりした。
「君を探そうにも、僕が覚えているのは顔かたちと色彩だけ。爺に聞いても、それだけでは分からないと言われた。だから告知を出して、それこそ一人一人、令嬢と会ったんだ。僕自身の目で見つけたかった、君を」
ソフィアの手を持ち上げて、チュッチュとキスを落とす。
セオドアさまからたっぷりの愛を注がれているのは分かるものの、それを受け取るだけの技量がソフィア側にない。
硬直してしまったソフィアをスミスさんが慮ってくれる。
「王子、今日はそれくらいにされては。ソフィア様もお城についたばかりですし、まだ混乱されているかもしれません。ゆっくりお寛ぎいただくのがよいかと」
「そうだね、なにしろ僕はソフィアを見つけることができた。こんなに嬉しいことはない。ソフィアのための部屋を用意しているんだ。気に入ってくれるといいな」
セオドアさまはソフィアを隣の部屋にエスコートした。
そう!
王子の隣の部屋!
王子妃の部屋!
もうこれは逃げられないやつだよね。
ソフィアは案内されるに任せて部屋に入る。
そこにも白色は使われていなくて、落ち着いたベージュを中心に、若草色が彩りを添えていた。
ああ、あの舞踏会でソフィアが着ていたドレスの色まで、セオドアさまは覚えていてくれたんだ。
視線しか交わせなかったソフィアのことを、ここまで想ってくれるなんて。
ソフィアは感動してちょっと涙目になってしまった。
持って生まれた色味が地味なだけだったソフィアが、ここまで愛されていいのか。
そんな不安が、心をよぎったのかもしれない。
だが、これだけは伝えたい。
ソフィアはセオドアさまを見上げた。
「ありがとうございます。とても素敵な部屋を用意していただき、本当に感謝いたします」
「喜んでもらえて嬉しいよ、ソフィア。どうか今日はゆっくり休んで。また明日、そうだね、朝食を一緒に食べよう?」
セオドアさまはソフィアのススキ色の髪をいとおしそうに撫でると、部屋を出ていった。
はあ。
ソフィアは癖になってしまっている溜め息をつく。
いろいろあり過ぎて、頭の中はパンパンだ。
それでも心が温かさで満ちていて、不快ではなかった。
セオドアさま……地味な外見のソフィアを、癒しだといつくしんでくれた。
ソフィアは自分の頬に血が集まるのを感じる。
どうしよう、こんなことは初めてだ。
もう今日は眠ってしまおう。
なにも考えずに。
浴室を借りた後、ソフィアはお城での一日目を終え、ふかふかのベッドに横たわるのだった。
次の日の朝、約束通りにセオドアさまがソフィアの部屋にやってきて、一緒に朝食を食べた。
いつもセオドアさまは、自分の部屋で食べているのだそう。
「私がセオドアさまのお部屋に行きましょうか?」
「どちらでもいいよ。どうせいつかは同じ部屋で寝て、そこで食べるんだ」
気を抜くとすぐにこうしてソフィアを赤面させる言葉をぶっ込んでくるから、本当にセオドアさまは容赦がない。
もごもごと口をつぐむソフィアを、優しい目で愛おしそうに眺めるセオドアさま。
なんだか甘酸っぱい物語の1ページ目のようで、これから始まるお妃さま生活が、実は幸せいっぱいなんじゃないかと勘違いしそうになる。
だが、そんなことを許すシンデレラではなかった。
ソフィアがお城に来た次の日から、シンデレラの道場破りならぬ、お城破りが始まったのだ。
ああ、シンデレラ!
あなたって子はどこまでも予想外のことをしてくれるんだから!
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