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「ん……」
激闘から二日後、黄昏の街の館の一室にて少女が眠りから覚めた。
まず最初に視界に映ったのは真っ赤な天井。少女が個人的に好きな色であり、姉にねだって壁と天井を赤く塗って貰ったものだ。次に、少女の声に反応して美しい金髪の少女が横になっている赤髪の顔を覗き込む。それは、屋敷を出入りしていた仕立て屋の娘であり、掛け替えの無い幼馴染みであった。
「レイミお嬢様!お目覚めに為られたのですね!?」
金髪の少女は嬉しそうに声をあげる。それに反応して赤髪の少女は勢いよく身体を起こした。
「エーリカ!私は何日眠ってた!?いや、それよりお姉さまは!?お姉さまはどこ!?ご無事なの!?」
「れっ、レイミお嬢様!落ち着いてーっ!」
揺さぶられて情けない声を出す金髪の少女と揺さぶる赤髪の少女。初夏のある朝の出来事である。
皆様ごきげんよう、レイミ=アーキハクトです。少しばかり取り乱して醜態を晒してしまいました。エーリカには悪いことをしてしまいましたね。
エーリカの話では、私は二日間眠りについていたのだとか。その間にお姉さまは騒ぎの元凶を叩いて凱旋し、今は居室で休まれているのだとか。
『ロウェルの森』で獣王ガロン率いる獣人達との激闘、そして『聖光教会』の、『聖女』と謡われる少女との出会いと確執。あくまでも簡単にではありましたが、事の顛末を知ることが出来ました。詳細はまたお姉さまから直接伺うとしましょう。
『聖女』は魔王の力を持ち、魔物達を使役していたのだとか。勇者の力を持つお姉さまが居る以上、魔王の力を持つ者が現れても不思議ではありません。
が、よりによって『聖光教会』ですか。つくづくお姉さまは悪い意味で強運をお持ちのようですね。
『聖女』と言えばお姉さま同様『ライデン社』の近代化構想を強く支持していると聞いたことがあります。教会はそれをひた隠しにしていますが、『オータムリゾート』の情報網は『聖光教会』にも及びます。
となれば、私やライデン会長、『血塗られた戦旗』の聖奈のような転生者である可能性もありますね。ちなみにお姉さまは転生者ではありませんでした。
それとなく確認したら、不思議そうなお顔をなされたので間違いはないでしょう。
まあ、相手が何だろうと関係はありません。私は今生で手に入れた幸せを手離すつもりはありません。九年前の失敗を二度と繰り返すつもりもない。
つまり、お姉さまの敵ならば私の敵です。容赦をする理由もない。
さて、私はこうして目覚めたわけですがお姉さまはお部屋で休まれているのだとか。エーリカ曰く、どうやらお姉さまが積極的になってお義兄様が張り切ってしまった様子。確かに命を懸けた戦いの後は色々と昂るものですし、理解はしますが……ここは義妹として苦言を呈するべきでしょう。
手早く身支度を済ませて部屋を出て一階のメインホールに出ると、何故かボコボコにされて正座しているお義兄様を見付けました。
……うん、処された様子ですね。
「よう、妹さん。目が覚めたんだな」
私に気づいたお義兄様は笑顔を向けてくれました。
「先ほど目が覚めました。お姉さまに対する所業について物申すつもりではありましたが、その有り様を見るにシスターから指導を受けた様子。追撃は酷でしょう」
「悪い、調子に乗りすぎてアイツが無理してたのを気遣えなかった」
「分かれば良いのです。ご無事で何よりでした」
「長い二日間だったぜ。話は聞いてるか?」
「エーリカから多少は。あっ、話さなくて構いませんよ。お姉さまから直接伺いますから。お義兄様教えられたら、お姉さまとお話する時間が減ってしまいます」
「ぶれないなぁ、妹さん」
困ったような笑みを浮かべていますが、当たり前の事です。お姉さまと過ごす時間はこの世の何よりも価値があるのですから。
お義兄様はまだ反省する様子なので私は二階にある政務室へ向かいました。ここは黄昏の政務を司る場所であり、所狭しと並べられた本棚には多数の資料が整理されて保管されています。この部屋の主は、お姉さまから政務全般を任されているセレスティンです。
彼は私が部屋に入ると出迎えてくれました。政務の邪魔だったかな?
「レイミお嬢様、お目覚めに為られたと聞き、爺も安堵しております」
「心配掛けてごめんなさい、セレスティン。ちょっと無茶をしたけど、悔いないわ」
お姉さまと肩を並べて困難に立ち向かう。それがどれ程素晴らしいことか。あの高揚は病み付きに為りそうです。何よりお姉さまの凛々しいお姿を見ることが出来た。
カメラがないことが悔やまれますね。動画保存したい。
「シャーリィお嬢様もご心配なされておられました。今後はご無理をなさいませぬよう、爺めの願いにございます」
「セレスティンのお願いを無下にはしないわね。次からはちゃんと加減する」
今回は張り切り過ぎてその後の『ロウェルの森』での戦いに馳せ参じることが出来なかった。まだまだ体力が足りない。鍛えないと。
「そのお言葉を待っておりました。ささ、此方へ。紅茶を御用意しましょう」
私はセレスティンに促されてソファーに腰掛けて、彼の淹れてくれた紅茶を楽しむ。
うん、前世では飲む機会もなかったけれど、紅茶も悪くないわね。いや、セレスティンのが美味しいのかな。
「美味しいわ」
「歓喜の極みでございます」
優雅に一礼するセレスティン。相変わらず様になってる。さて、本題に入るかな。
「セレスティン、今回の被害はある程度まとめてあるのでしょう?見せてくれないかしら?」
セレスティンは優秀だから、二日もあれば性格に状況を把握して資料に纏めているはず。
案の定セレスティンは資料を纏めていたけれど、困ったような表情だ。
「しかしながら、これは機密文書となります。申し上げ難いのですが、レイミお嬢様には……」
ああ、私が『オータムリゾート』に属しているから困っているのね。真面目なんだから。
「それなら心配無用よ。ここで知り得た情報を他言するつもりはないわ。なにより、私がお姉さまに不利益なことをするわけがない」
そう、私の全てはお姉さまの為にある。お姉さまの悲願達成は、私の幸せの実現になる。
だから私がお姉さまを裏切ることはない。何があろうともね。
「承知いたしました。他でもないレイミお嬢様のお願いを断ったとなれば、爺はシャーリィお嬢様に叱られてしまいます」
最初から見せてくれるつもりだった癖に。まあ、建前は大事だけど。
「ありがとう。うん、見易い」
簡潔に纏められた資料を受け取って目を通した。人的損害は二百名近くになりそうな気がする。重傷者が多すぎるんだ。いくら薬草があっても、限界はある。
それにこの支出は……『ライデン社』、読み間違えたわね。よりによって最悪のタイミングでやらかしてくれたわ。
お姉さまの怒りを買うような真似をするなんて……理解していないわね。普段ならお姉さまは値を吊り上げても文句は言わない。それが商売だと割りきれる人だから。でも、今回はそのせいで大きな被害を受けた。それが何を意味するのかちゃんと分かってるのかしら?
……今後を考えても、まだ『ライデン社』を潰すわけにはいかない。お姉さまを宥めて……そうね、ライデン会長には同郷の好として、一度だけ警告しておきましょう。