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◻︎岡田との出会い
あれこれ考えたけど、気分転換というものをしようと思った。
今まで行ったことがない、ここよりだいぶ都会へ行ってみることにする。
住んでるところは、郊外で道路も広くわかりやすいので車移動ばかりだから、電車に乗るのは少し緊張する。
時間は10時を過ぎていたから、通勤通学の人も少なく、思ったより混雑してなくてよかった。
降り立った街は、人口にして住んでる街の20倍くらい?
ということはいろんな人たちがいるんだろうなと予想した。
駅を出てすぐ前のビルに、昨晩テレビで宣伝してた映画の看板があった。
___よし、映画でも見よう
ビルに向かって歩き出した時、キキキーーッと音がしてこっちに向かってくるトラックが見えた。
「あっ!!」
その瞬間、グイッと後ろに引っ張られ、尻もちをついて転んだ。
「バカ野郎!信号見ろ!!轢かれたいのか!」
運転席から真っ黒に日焼けしたおじさんが、怒鳴って走り去った。
___びっくりした、私、信号見てなかった
突然のことに呆然としてしまう。
「大丈夫ですか?強く引っ張ってしまったから、転ばせちゃいましたね」
話しかけられて思い出した、この人が引っ張ってくれなかったら今頃…。
見た感じは、50前くらいの、男性。
「ありがとうございました、ぼーっとしてて信号を見ていませんでした」
「怪我はないですか?」
「はい、助かりました」
「よかった…じゃ、これで」
くるりとまわって歩き出すその男性を、慌てて呼び止める。
「あの、何かお礼をしたいんですけど」
「…え?」
立ち止まってくれた。
「お時間あるなら、お茶でも?ダメですか?」
「お礼なんていいですよ、通りすがりですし」
「いえ、私の気が済まないので。それとも忙しいですか?」
「…忙しく…はないです。時間ならもてあますほどあるので」
「あっ、じゃあ、私に付き合ってもらえませんか?そこのビルでやってる映画を見ようと思って来たんです」
「映画、ですか?」
「ダメ、ですか?」
「わかりました、お付き合いしますよ」
「よかった、じゃ、行きましょう」
まったくの初対面だし、当然知らない人だし、どうして映画に誘ってしまったのか自分でもわからなかった。
でもなんとなく直感で、この人は寂しいんじゃないかと思った。
1人ぼっちに見えた。
1人にしてはいけない気がした。
チケットを買って中に入る。
映画が始まるまでの少しの時間に、自己紹介をしあった。
「岡田恭一といいます、42です」
「西野裕美です。年齢は内緒です、一応女なので」
何故か無意識に旧姓で名乗った。
映画を見るのが1人じゃない、それがうれしかった。
そして、私も寂しかったんだと気づいた。
映画が始まった。
アラサー女子の失恋から、ストーリーは始まった。
大学生時代からの付き合いで、このまま結婚するんだろうなと思ってた彼氏から、突然別れを切り出された。
「お前といるのはラクだけどさ、面白みがないんだよね?」
___結婚に面白みは、必要なのか?
そしてその彼氏は、主人公より若い女の子とさっさと結婚してしまう。
彼氏がいなくなって、結婚の夢もなくした主人公は、とぼとぼと歩いていたときある男性とドラマチックな出会いをし、一目惚れ。その男性と釣り合うように自分のレベルを上げることに邁進していく、映画ならではの大どんでん返しも混じえながら…結果、仕事でもバリバリのキャリアウーマンになりプライベートでもその男性とゴールイン。
その男性が実は、主人公をふった元彼の会社の二代目社長だった…みたいな?
こっぴどく振られた女が、その男をまんまと見返してやったというわかりやすいストーリーだった。
見終わった時、なんだか元気が出た。
私もこんなふうになれるんじゃないか?と。
エンドロールが流れて、お客さんたちが席を立つ。
ランチでも行きますか?と外に出た。
すぐそばにあったオムライス専門店というところに入った。
「まぁ、映画にはよくある話、でしたね?」
「現実には、なかなかないですよね…」
「でも、考えてみたら私が今朝トラックに轢かれそうになったのを助けてもらった、というのもドラマチックな出会いだと思いませんか?」
「しかし、僕は二代目とかでもイケメンでもないしオジサンですよ。それも、リストラされたばかりの…」
ごゆっくりどうぞとオムライスが二つ並べられた。
「リストラ、ですか?」
「すみません、こんな話、せっかくのご飯の味が落ちますよね」
「いえ、そんなことはないですけど…。失礼ですけどご家族は?」
「…いまは、1人です」
「そうなんですか…」
もそもそとオムライスを食べ始める。
「こんなこと言うと、ひかれるかもしれないけど…」
「なんですか?いいですよ、話してもらっても」
「…どこかへ行って、消えてしまいたいと思いながら歩いてました」
「…えっ!」
「そしたら、轢かれそうになったあなたを助けてしまった。もうなにもかもがどうでもいいと投げやりな気持ちだったはずなのに、いざ、命がかかった事態に出くわすと、本能で生きることを選ぶんですね」
「私は助けてもらってありがたかったですよ」
「僕みたいに、もう死んでもいいやって思ってる奴にはあんな危ないことは起きなくて、あなたみたいに普通に生きてる人に、危ないことが起きる…世の中、うまくいきませんね」
悲しい笑いを見せる岡田。
家族もいなくてリストラされた人。
「僕の話を聞いてもらってもいいですか?」
「いいですよ」
今まで出会ったことがないタイプの人、聞いたことがない人生の話を聞くことにした。