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甲斐くんには幸せになってほしいし、そんな甲斐くんに気がありそうな宮浦くんにも幸せになってほしいなぁと思う今日この頃です😊次回も楽しみにしてます!
甲斐Side
「魚になりたいと思った事があるんです‥」
ポツリと呟く。思わず呟いた言葉は、小さく空気を震わせる程度でしかなく、水槽の中で漂う色とりどりの魚たちに魅了される人々には聞こえるはずもなく‥
だが、僕の隣の彼だけは違う。
独り言のように呟いた言葉に、ふーん‥と興味を宿した瞳をこちらに向ける。
「そうなんだ、」
そう言いながら微笑む顔が、あまりにも優しい表情で‥思わずこっちが逸らしてしまった。
「変‥ですよね///でも‥そう思ったんです‥あの冷たい水の中を無心で泳いでみたいなって‥何も考えずに‥自由に‥」
「変じゃないよ、うん‥そっか‥なんか、甲斐らしいな‥」
噛み締めるように呟いた後、彼が微笑むのを感じた。僕らしいのか‥そう思うと‥何だか心が妙にフワフワとする。行き場なく揺れ動くような。妙に不安定で。でも、嫌な感じじゃない。
自分の心臓の音がやけに響く。隣にいる彼‥健人さんに聞こえるんじゃないかと冷や冷やするほど、
僕は意識し始めていた‥。
藍Side
「おっ、いい感じじゃん?あの2人‥」
「‥‥‥‥」
「なぁ?そう思うだろ?」
「‥さぁ?どうやろ‥」
キツいかと思ったが‥心の整理がつかない俺はつい棘のある言い方をしてしまう。
甲斐達から少し離れた位置で2人を眺めているわけだが‥
興味本位なのか声が弾む祐希さんとは対照的に俺の気持ちはどんどん落ちていく。
「‥まだ怒ってんの?」
やや呆れたような口ぶりに、それでも、年下の恋人を慈しむようなニュアンスが含まれている。
「怒って‥ますよ?」
「ガキだな‥笑」
「‥来るんやったら‥言ってくれれば良かったのに‥」
「それじゃ、サプライズになんねぇじゃん!」
「そんなサプライズなら要らんし‥そもそも、何で来たんすか?」
「誘われたからに決まってるだろ?それに‥」
「それに‥?」
「‥恋人と不貞行為をした相手がいるんだ、そりゃ来るだろ?また良からぬことをしないように見張っとかないと‥」
急に至近距離になったかと思うと、耳元でボソボソっと呟かれる。
不貞行為‥その言葉に思わず下を向く。
そして、少し離れた位置で宮浦さんと会話をしている甲斐をチラリと盗み見る。ここからだと、二人が何を話しているのかは全く分からない。
しかし、それでもニコニコと微笑む甲斐の表情からは、楽しげな様子が伺える。
甲斐‥‥‥
俺が祐希さんと遠恋で会えず寂しい夜を過ごしていた時、慰めてくれた。それは、身体を重ねること。
いけないことだとは分かっていた。それでも、温もりを求め、快楽に溺れてしまった。
甲斐が俺に寄せる気持ちすらも利用して‥
結局、帰国した祐希さんにあっさりとバレてしまうわけだが‥甲斐には申し訳ないことをした。
俺が言える立場でない事も知っているが、甲斐には幸せになって欲しい。今はそう思えて仕方ない。
「‥甲斐ばっかり見るね‥何?恋しいわけ?」
ふと気づけば、横で冷たい視線を向ける祐希さんが苛々した口調で問いかけてくる。先程とは打って代わり、不機嫌極まりない。
普段自分の感情を表に出さない彼にしては珍しい。あまりにも珍しい光景に、不意に笑ってしまった。
おかげで、さらに祐希さんの眉毛が吊り上がる。
これはあかん‥と、慌てて甲斐達の元に駆け寄ろうと動きだすが、そんな俺の肩をグイッと引き寄せ‥
「今夜‥覚えてろよ‥」
という捨て台詞に、今度は俺の心が縮み上がる。そこまで強く掴まれたわけではないのに、彼が触れた肩が異常に熱く感じる。その熱がじわじわと侵食し蝕まれそうな感覚に陥りそうになるのを振り切るように‥その場を後にした。
甲斐達の元に駆け寄り、荒い息を整える。少し移動しただけなのに、呼吸が荒い俺を見て、2人が目配せしながら笑う。
後から来た祐希さんは、不敵な笑みを浮かべていたが‥
その後は、特に何も起こることなく、順序よく館内を散策した。
薄暗い館内は、幻想的でそれでいて閉塞的な空間にも思え‥青白いライトに照らされた魚たちの姿を見ているとまるで深海に迷い込んだような錯覚に陥る。
非現実的とも思えるロマンチックさに、横を通り抜けるカップルは各々手や肩を組み、幸せそうである。
それに比べて俺等は‥
にこやかに笑い合う甲斐達は、館内に入った時と比べると二人の距離がやや近くなっている気がする。
(そういえば‥祐希さんはあの2人を、いい感じだと言っていたよな‥)
もしかして、宮浦さんは甲斐を‥。
そして、祐希さんはそれを知ってるって事なんやろか‥
横隣にいる祐希さんの顔を見上げる。さっきの事もあり、警戒しながらだが‥。
しかし、ポーカーフェイスに戻った彼の表情からは何も読み取れなかった。
ストレートに聞いてみるか‥そう思いもしたが‥止めておこう。どうせ、はぐらかされるに決まってる。
そうしているうちに、奇妙な水族館デートは終了した。
館内を出ると当たりは暗く夜の帳が下りた様だ。
んーっと軽く背伸びをしていると、
「行くぞっ!」
と軽く背中を押された。
「えっ?」
気がつけば、甲斐も宮浦さんも、足早に歩き出している。何も知らない俺だけが一瞬取り残されるわけだが‥そんな俺をグイッと引っ張る力強い腕に目線を投げる。
さっき背中を押してきた腕だ。
「ど‥どこに行くんすか?」
‥なんでこうも俺だけが知らないのだろうと‥訝しみながら祐希さんを見上げるのに‥
当の本人は、俺の目を見ても‥意味ありげに笑うだけだった。
ただ‥
不意に手を握られ、絡みつく指の熱さに‥ドクンと心臓が高鳴った。
ドクン、ドクン‥。
自分の心臓の音がやけに大きく感じられ‥それを悟られないように平静さを保つ事で精一杯だった俺は‥
ただひたすら、引っ張られる腕に身を預けるしかなかった‥