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ぽや様は優しいし、藍くんみたいに恋人を振り回したりするタイプじゃないと思うから安心して甲斐くんを預けられますね☺️(藍くんゴメン笑) 次回も楽しみにしてます!
甲斐Side
「うわぁ‥、」
もう何度目になるだろう。飽きることなく口をついて出る感嘆の声に、横に立つ健人さんがくすっと笑う。堪えきれなかったとでもいうように。
子供じみていただろうか。咄嗟に羞恥心が襲い、キュッと唇を噛みしめた。
「す、すいません‥///」
「いや、全然。むしろ可愛いと思った‥」
予想外の返しに、えっ?と顔を覗き込むと、天井の中央に飾られる高級感溢れるシャンデリアの光を受ける健人さんの頬が、異様に赤いことに気付く。それに、空調がよく効いた部屋なのに、パタパタと手で仰ぐ仕草を見せているし。
暑いのだろうかと、そんな考えが浮かぶが‥その前の”可愛い“という発言を思い返し、一気に自分の頬が熱くなる。
「あ、///どうも‥です‥」
こんな時はどう返すのが正解なんだろうか。分からない。気まずくなり、すぐ近くのベッドの上にダイブし、激しく揺れる感触に、笑いながら楽しむ藍さんの姿に視線を移す。
僕以上に、はしゃいでいる。
今日は元々、水族館の後に都内の某ホテルを予約してあった。予約してくれたのは祐希さんらしい。でも、スイートルームだとは思いもしなかった。
一歩、中に入ると‥想像以上の広さと、天井から調度品まで見ただけでも分かる高級な品々に囲まれた空間に、自然とため息が漏れてしまう。
そして、ホテルに着くまで、どこに行くかも知らされていなかった藍さんが、グチグチと文句を言い放っていたが‥僕と同様、部屋に足を踏み入れた途端、子供のように目を輝かせた後、一直線に走り出した。
さっきまで、口を尖らせていたのに‥。
そして、その足でベッドにダイブしているのだ。
「藍さんも子供みたいですね、くすっ、」
「藍は‥やり過ぎ、」
苦笑いしながら健人さんが呟くが、顔は綻んでいる。
「ふふふっ、でも、さっきまで機嫌悪かったですから‥治って良かったです、」
「‥‥‥あの、さ‥」
「えっ?」
「‥今でも‥藍の‥こと‥」
そこまで発した後‥健人さんは口を閉ざしてしまう。不思議に思い、続きを待つが‥そのタイミングで部屋のチャイムが鳴り響く。
振り返ると、ルームサービスが届けられたようだ。さっきまでベッドの上で飛び跳ねていた藍さんがいち早く近寄っている。
食欲をそそる匂いが部屋中に充満する。
「お腹空いたな、食べよ」
ポンッと肩を叩かれ、健人さんに見つめられる。さっき言いかけた言葉は何だったのか‥気になって仕方なかったが‥自分から聞く勇気はなかった‥
健人さんからも話す素振りもなく‥そのまま、テーブルへと腰掛けた。
「ん‥‥‥‥‥、ふにゃ‥‥‥」
やけに重たく感じる瞼を開ける。いつの間に寝てしまったのか。それに身体が異様に気怠い。ズキズキと頭痛もする。ふぁ‥と大きく欠伸をして、喉もカラカラになっている事に気が付いた。
あれ‥?さっきまで皆と食事していたのに‥。
少しずつ明確になっていく意識の中、気が付けばベッドの上で横になっていた。のそっと動いた弾みで、ベッドのスプリングが軽く揺れる。
すると‥‥‥、
「あれ?起きた?」
頭上から優しい声が降りかかる。ふと、見上げると‥健人さんが気遣うようにこちらを見下ろしていた。
「どう?気分、悪くない?」
「‥だい‥じょぶです‥えっ、あの‥僕って‥」
「覚えてない?藍がワイン勧めてたくさん呑んだろ?途中‥止めたんだけどな、あまりにも甲斐が嬉しそうに呑んでたから‥それ以上は言えなかった。ごめん、」
「えっ‥本当ですか‥?」
信じられない。まさか、健人さんの前で記憶が無くなるほど呑んでしまうなんて‥咄嗟に身体に纏う布団を頭まですっぽり覆い隠した。
恥ずかしくて、顔も合わせられない!!
「どうした?気分悪い?」
「ちが‥います‥///」
「‥俺といるの‥嫌だった?」
「えっ!?」
予想外の言葉にガバっと上体を起こす。僕は、ただ酔いつぶれた自分が恥ずかしくて顔を隠していただけだったが‥
そんな僕を少し寂しそうな瞳が見つめている。
「‥やっぱり、藍と一緒が‥良かったよな‥」
「な‥んで‥?」
そんな事を言うのかと思うのと同時に‥改めて室内を見渡した。先ほどまで食事を取っていた部屋とはまた少し内装が微妙に違っている。
そうか‥ここは違う部屋なのか。と言う事は、さっきまで居た部屋に藍さんと祐希さんがいるんだろう。
「その‥藍と一緒にしても良かったんだけど‥やっぱりあっちも2人のほうが‥いいかと思って‥」
「2人‥‥‥‥?あっ、藍さんと祐希さんの事ですか?‥健人さんも知ってるんですね‥二人の関係を‥」
「直接は聞いてないけど、見てたら分かるから‥藍なんか特に‥」
「そう‥ですね‥確かに‥って、それよりも!!」
急な大声が思わず口をついて出てしまい、健人さんが驚きながらこっちを凝視する。
「ビックリした‥」
「健人さん、さっきから藍さんの事話してるけど‥それ、なんですか?」
「えっ‥いや‥なにって‥」
「だって、変ですよ?藍さんの事ばかり聞くなんて‥」
「‥変じゃないよ‥だって、甲斐‥お前‥好きだろ?」
「‥何がですか?」
「‥‥‥‥藍の事‥‥‥」
「え‥‥‥‥あっ、‥‥」
「前に失恋したって話してたろ?あれ‥藍だろうなって俺、知ってたから‥」
「‥‥‥」
「失恋しても、まだ好きなんじゃないかと思ってさ‥だから、俺なんかより‥藍の方が‥」
「それ本気で言ってます?」
まだ会話の途中だったが、構わず強引に割り込んだ。優しい健人さんの事だ、僕がまだ藍さんに未練があると思って、部屋を自分と変えたら良かったんじゃないかと言ってくれているんだろう。
今日度々聞かれた「藍の方が‥」というセリフは僕の為を思って言ってくれているんだと。
だからこそ、何故か胸が締め付けられるようだった。鼻の奥がツンとする。
不意に涙が滲みそうになり、慌てて拳でゴシゴシと拭う。
「か‥甲斐?‥ごめん、俺、嫌なこと言った?」
「ぐすん、言いました‥」
「悪かった、ごめん‥泣くなよ‥」
「ふぐっ‥、泣いてません‥」
まるで子供だ。泣いていないと強引に話す僕を‥突然、力強く引き寄せられると抱き締められた。
それでも気を遣うような抱擁。涙のせいで鼻を啜ると、ほのかに健人さんの匂いが優しく包み込む。
「嫌だったら、言って?」
「ふっ、‥それ言うの‥2回目ですね‥」
「‥ごめん‥」
「嫌じゃない‥」
「えっ?」
「嫌なわけないじゃないですか‥」
抱き締める優しい腕から上体を少し起こすと、優しい瞳を見つめた。
自分の想いを伝えるために‥
「今日、僕楽しかったんですよ?、健人さんがいたから‥」
「‥甲斐‥」
「藍さんは好きでした‥でも、それはもう終わったんです。だって、今日は‥‥」
「今日は‥?」
「ずっと、健人さんの事しか考えてなかった‥胸がドキドキするんですよ‥こんな僕は‥嫌ですか?」
声が震えるが、本当の気持ちだ。ちゃんと伝えようと目の前の誠実な瞳を見つめた。優しい瞳が、僕だけを映したまま大きく見開かれる。
信じられないというように。
薄暗い室内でお互いの瞳が対峙する。酔っているせいだろうか‥今なら素直になれる気がした‥
「健人さんの事を‥もっと知りたいんです‥嫌‥ですか?」
そう再度聞くと、さっきよりも激しい抱擁に包まれた。正直、息苦しい。だが、その息苦しさも健人さんが与えてくれているのなら、余すことなく受け入れたくて堪らなかった。
理屈じゃない。身体中が求めているのかもしれない。
心臓がドクンと跳ねる。身体中の血が滾る。これ以上ないぐらいにキツく抱き締められているのに、自分からもキツく抱き締め返す。
ああ‥身体が無くなればいいのに。境界線も消えて、一つになりたいな‥
一つになって溶けたい‥。
包み込む温かさが、酷く心地よかった。
「甲斐‥」
切なげに、それでいて、こんなにも慈しむように名前を呼ばれたことがあっただろうかと‥思えるほどの愛を確かに感じ‥
僕は‥‥‥、
自ら、健人さんの唇に自分の唇を重ねた。
薄く、少しカサついた唇に。
彼の戸惑いが触れた唇からも伝わってくる。
でも、それはほんの一瞬で‥
すぐに潤いを求めるように熱い舌が侵入してきた。
それは‥
長い夜の始まりだった‥