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レモン
ふわねこカラメル
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見慣れない天井だった。白を基調とした高級感のある漆喰の天井に、淡いシャンデリアが静かに揺れている。朝の柔らかな陽光が、カーテンの隙間から優しく降り注いでいた。手触りの良いシーツは、シルクのように滑らかで、ふかふかの羽毛布団が体を優しく包み込んでいる。
ここは……私のアパートじゃない。私のベッドじゃない。疑問が怒涛のように押し寄せてくる。
「え……? どこ……?」
記憶の糸を必死にたぐってみる。ワインバーでワインを何杯も飲んで、笑って、泣いて……真言寺くんに肩を預けて……そこから先が、ぼんやりとしか思い出せない。右手をゆっくり伸ばすと、逞しい背中に触れた。
温かくて、しっかりと筋肉の張りを感じる広い背中。その瞬間、意識が一気に覚醒した。
「……!?」
慌てて体を起こそうとした瞬間、布団の中で自分の服装に気づく。昨夜のワンピースは綺麗に脱がされ、代わりに柔らかいシルクのパジャマに着替えさせられている。しかも……ブラとショーツも、誰かに丁寧に外された痕跡があった。心臓が激しく鳴り響く。隣で寝ていた背中が、ゆっくりと動いた。
「……ん、佐々森さん……おはようございます」
低くて、少し眠そうな声。真言寺くんが体をこちらに向け、ゆっくりと目を開けた。黒髪が朝の光に乱れ、黒縁メガネは外したままの素顔が、いつもより大人びて見える。
「え……真言寺……くん?」
私の声が裏返る。彼は少し照れたように微笑み、布団の中で私の手をそっと握ってきた。
「大丈夫ですよ。昨夜、かなり酔ってしまって……僕の部屋に連れてきました。心配だから、一晩中そばにいました」
「あなたの……部屋?」
「心配しないでください。着替えは僕の姉に頼みました」
私は慌てて周りを見回した。そこは、ただの部屋ではなかった。天井が高く、壁一面に大きな窓。部屋の奥にはシンプルで洗練されたデザインの家具が並び、床の横には高そうなアート作品が飾られている。
一目で分かる——この広さ、この内装、このシーツの質感……明らかに普通のサラリーマンやアルバイトが住む部屋ではない。
「……ここ、どこ?」
真言寺くんは少し迷うような間を置いてから、静かに答えた。
「僕の実家……というか、僕の部屋です。都心の高層マンションの最上階。……実は、僕、真言寺グループの……跡継ぎなんです」
その言葉が、頭の中で何度も反響した。真言寺グループ——日本を代表する巨大財閥。不動産、ホテル、金融、製薬……ありとあらゆる分野で頂点に君臨する一族。
「え……嘘……」
私は思わず布団を胸まで引き上げ、目を丸くした。彼は申し訳なさそうに、でもどこか甘えたような目で私を見つめてくる。
「ずっと隠してて、ごめんなさい。会社ではただのアルバイトでいたかったんです。佐々森さんのそばに、普通の後輩として近くにいたかったから……」
彼はゆっくりと体を起こし、私の乱れた前髪を優しく指で梳いた。その指先は、昨夜ワインバーで感じたものと同じ——温かくて、優しくて、でもどこか支配的な力強さがあった。
「昨夜、佐々森さんが泣きながら『もう誰も信じられない』って言ってたから……ここなら安心できると思って」
顔が一気に熱くなる。酔って泣きじゃくっていた自分の姿を想像して、恥ずかしさで耳まで真っ赤になった。
「……私、何てこと言っちゃったの……」
真言寺くんはくすっと小さく笑い、私の頰にそっと唇を寄せた。キス寸前の距離で、甘い声で囁く。
「全部、聞きましたよ。『真言寺くんは違うよね?』って。……僕、すごく嬉しかった。佐々森さんが僕を頼ってくれて、僕に心を開いてくれて」
彼の指が、私の首筋を優しくなぞる。
布団の中で、私の腰にそっと腕が回された。
「もう、佐々森さんは一人じゃないんです。これからは、僕が全部守ります。会社のこと、佐藤聡太のこと……全部、僕が片付けてあげますから」
「……片付ける」
「復讐です」
その言葉に、甘い震えが背筋を走った。見慣れない豪華な部屋、見慣れないほど優しい年下の御曹司。
「復讐……」
昨夜のワインの余韻と、朝の陽光の中で、私はようやく理解した。私の人生は、もう元には戻らない。真言寺くんの温もりと静かな眼差しの中で、復讐の炎が燻り始めた。
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