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夕日を、眺めていた。

オレンジ色に染まる世界は静寂に包まれている。

何を考えていたのかも思い出せず、何故ここにいるのかも分からなかった。

ただ、沈んでいく夕日はとても綺麗だと思った。

「…帰らなくちゃ」

ふとそう思い、 1人砂浜を歩き出す。

見慣れた道を歩いているのに、知らない場所を歩いているかのような不安が襲う。

街は不気味なほど静かで、まるでこの世界には誰もいないかのようだった。

気のせいだと自分に言い聞かせ、何も考えないようにした。


夜になり、寝る時間になっても何故か寝付く事ができず何度も寝返りをうつことを繰り返している。

眠れないなんて久しぶりだ。仕方なく起き上がり暇つぶしにスマホを手に取る。

「あれ…」

スマホの電源が入らない。充電がないのかと思ったが充電器に繋げても反応がない。 どうやら壊れてしまったようだ。

仕方なく部屋の明かりを付けようとするも、電気はつかなかった。

「…停電?」

何か、変だ。

部屋のカーテンを開けると街灯の明かりが見え、少しだけほっとした。

街の方にもチラホラと明かりがついていて、ここら一帯が停電している訳ではないらしい。

家の中は暗く周りがよく見えない。

このまま眠れる気もせず、かといって何もせずに朝を迎える気にもなれずコートを羽織り外に出た。

外は思いの外明るかった。

適当に行き先も決めず歩いていると海岸に到着した。

帰る気にもなれず、そのまま座り込んで海に浮かぶ月を眺めた。

ずっと前にも同じような景色を眺めていたような気がする。

ああ、婆ちゃんの葬式のときか。

あの日も眠れなくて夜中に家を抜け出したんだっけ。

「……」

思い出せば、虚しくなるだけだった。

過去に、僕はここで1人泣いていた。

祖母の死はあまりにも衝撃的で、表面上取り繕ったって本当の意味で立ち直るにはしばらく時間がかかると思ったが、翌日には気持ちは落ち着いていた。

…何故かあの日、隣に誰かがいたような気がする。

それなのに記憶にはそんな人は存在しない。

「…さむ」

風が吹き、その冷たさに目を細める。

…どうして、こんな気持ちになるんだろうか。

膝を抱えて蹲り、下を向く。

どれだけそうしていただろうか。顔を上げた頃には世界は朝の光に包まれていた。



いつもの部屋で目が覚め、いつものように支度をして仕事に向かう。

毎日は、同じような事の繰り返しで今日だって何も変わらなかった。

「じゃあ、また明日ね!」

穂波が元気にそう言い店のドアを閉めた。

街はもう既に日が沈み暗くなっている。

帰ろうと歩き出したとき、ふと隣の雑貨屋の窓から見えたひとつの絵に足が止まる。

何故か心臓がうるさくなって、気がつけば店に入り絵の前に立ち尽くしていた。

海から朝日が昇るその絵は、初めて見るはずなのにどこか見覚えがあった。

僕は何か、大切なことを忘れている。

そんな気がするのに、何一つとして思い出すものはなかった。

「あれ…」

涙が溢れ、頬を伝う。自分でもどうして涙が出るのか分からない。


「その絵が気に入ったのかい?」

背後から声が聞こえ、咄嗟に涙を拭い何も無かったかのように頷く。

「これは私の友人が描いたものなんだ。私もとても気に入っている」

白い髭を生やした老人は、感慨深そうに絵を見つめてそう言った。恐らくこの店の店主だろう。

「…あの、その人について教えてくれませんか」

何故かどうしても、気になってしまった。

店主と目が合う。店主は一瞬驚いたような顔をしたが、温厚そうな笑みを浮かべた。

「いいだろう。もう店は閉める時間だから、上がっていくといい。あ、そこのカーテンを閉めてくれ」

はい、と返事をして近くにあったカーテンを閉める。ショーウィンドウに並べられたアクセサリーや置物が自然と視界に写った。 とてもオシャレで様々なデザインが目を引く。

…売れるだろうな。

「ついて来なさい」

店主に促され2階に上がる。どうやら2階で生活をしているようだ。

1階の雑貨屋のように、2階もアンティーク調に全体がデザインされている。

「なかなか洒落ているだろう?これは私の趣味じゃないがな」

ヤカンで水を沸かしながら、店主は楽しそうに語りだした。

「この部屋や店をデザインしたのは君が知りたがってる、私の友人なんだ。彼が、お前の部屋は殺風景すぎるとかなんだとか言ってこんな風にしたんだ」

リビングの椅子に腰掛け店主の背中を眺めていると、店主は紅茶を僕に差し出した。

「さて、本題に入ろう。どこまで聞きたい?」

少し考え、

「知れるのなら、何でも 」

そう答える。

どうして、会ったこともないはずの人の事がこんなにも気になるのだろうか。

「そうか。それなら全てを話そう。いつか誰かに話してみたいと、ずっと思ってたんだ」

店主は紅茶を含みゆっくりとした動作でティーカップを置くと、思い出を懐かしむように語りだした。



私が彼に出会ったのは、私が7歳になったばかりの頃だったと思う。その頃、私は両親を事故で亡くし祖父に引き取られた。

祖父は頑固で厳しい人で、私は祖父に懐く事ができなかった。両親を失った悲しさや慣れない環境に、幼い私は酷く落ち込んでいた。

ある日、話し声が聞こえた。

「…先生は子供が好きか?」

「まあ、そうだな」

「ならあの子の面倒を見てくれないか、頼む」

誰かにそう頼み込む祖父の姿が見えて、私は見捨てられたのかと思った。


「はじめまして。名前、教えてくれないか?」

目の前に現れたのは、先程祖父に先生と呼ばれていた人物だった。

その人はしゃがみこみ私と同じ目線になり、その柔らかそうな金色の髪や深い緑色の瞳がどこか別の世界の人間のように見えて気になった。

「……あきら 」

「いい名前だ。あきら、俺と一緒に遊ぼう」

その人はそう言って笑顔を見せた。怖いと思っていたが、なんとなく悪い人ではないと分かった。

「…やだ」

それでも遊ぶ気になんかなれず、そっぽ向く。

「ほら、このおもちゃとかカッコイイじゃないか。お父さんに買って貰ったのか? 」

お父さん、その言葉が酷く胸にささった。 気持ちが抑えられず、涙が溢れる。

「なんでおとうさんとおかあさんはしんじゃったの……うぁぁあん」

「…ごめん、ごめんな」

彼は私を胸に抱き寄せ、泣きじゃくる私をずっと優しくなだめてくれた。その日はそのまま泣き疲れて寝てしまった。


翌日も彼は私の元へ訪れた。昨日の出来事から彼を信頼することができ、とても懐いた。それに、彼は一日中私の世話を焼いてくれた。朝早く家に来ては、料理や火事が苦手な祖父に代わって全てをテキパキとこなす。

彼が作る料理は母が作ってくれるものよりも美味しかったし、母よりも私に優しくてずっと傍にいてくれたし、父より沢山遊んでくれたし、面白いことも沢山教えてくれた。


「先生、あきらの事は感謝しても仕切れないが…そろそろ新しい絵を描いてくれないか。先生の絵を買いたいという人が沢山いるんだ」

「断る。金には困ってないしな」

「お願いだよ。これからは俺もあの子にちゃんと向き合う。だから絵を描いてくれ」

「…しょうがないな。その言葉、信じるよ」

「ありがとう!」

祖父と彼の会話をドアの隙間から聞いていたが、もう少し近ずこうとしたときドアが大きく開いてしまった。

「あっ…おはよう… 」

「おはよう。あきら、仕事が入ったから今日は遊べなくなった。しばらく忙しくなるから爺さんと仲良くするんだぞ」

「え?」

今日は遊べないというその言葉に衝撃を受けた。祖父は頷き、今日は俺について来なさいと言った。 祖父とは一緒にいてもつまらない。確かに俺と向き合おうとしてくれたが、今更、なんて思って心を開くことはできなかった。

当時私が心を開いていた人物は、彼しかいなかった。

翌日になっても彼はやって来ず、私は1人で過ごした。寂しくて、彼に会いたくて、私の話を聞いて欲しくて仕方がなくなった。

それから彼が姿を現したのは1週間後の事で、その頃からだろうか、私は彼に執着するようになった。依存、と言った方がいいだろう。彼しか信じられなくて、彼さえいてくれれば他の事なんか全部どうでもよく思えていた。

小学、中学へと上がっても私には友達ができなかった。でも、要らないし欲しいとも思わなかったんだ。私が欲しいのは、彼だけだったから。

「先生は結婚しないの?大人でしょ 」

祖父が彼を先生と呼ぶように、私もそう呼んでいた。

「はは、そうだなぁ」

否定も肯定もせず笑う姿に、身を乗り出す。

「俺が大人になったら可哀想な先生と結婚してあげるよ…わっ」

先生は私の頭をわしゃわしゃと掻き回して、冗談もほどほどにしろ、と笑っていた。その笑顔が、窓の外の光を浴び輝いていて私の心臓の鼓動が激しくなった。 まだ幼さの残るその整った顔立ちが、とても綺麗だと思ったんだ。


また更に時間が経って、大人に近づき理解する。私が彼に向ける感情は、恋や愛だと呼ばれる類のものだということに。

私はわがままを言って彼の家にまで付いて行き、彼の真似をして隣で絵を描いたり、毎晩のように彼のベッドに潜り込み隣で寝た。近過ぎる距離に彼は苦笑しつつも、突き放す事はなくもう諦めているようだった。

ある日一緒に街を歩いていると、女性二人に声をかけられた。お友達と一緒ですか、私たちと一緒にお茶でもしませんか、と頬を赤らめて彼の顔をじっと見つめている。友達、そう言われた事に違和感を覚えた。私と彼には結構な年の差があるはずで、親同然の彼が周りから見れば私とそう変わらないことに今更になって気がついたのだ。

彼の顔が世間的に見てどれほどいいものなのかは外を歩いていて強く実感する。他人に妬いてしまうのも事実、どうせなら醜い顔をしていれば良かったのに、なんて思う自分がいた。





君がいる明日は、もう来ないこと。

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