テラーノベル
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#へたくそだけど許して
結月
23
#元カレ
まぁ
30,752
「碧斗、いらっしゃい」
俺の姿を見るなり、柚乃が明るく声をかけてきた。
「いいタイミングに来たわね」
やっぱりそう思われたかと、俺はからかい口調の柚乃に苦笑で返す。
「そういうわけじゃないよ。偶然だよ、偶然。お邪魔なら帰るよ」
柚乃への憎まれ口を本気にしたのか、詩乃が慌てた顔で俺の袖を軽く引っ張った。
「そんなこと言わないで。全然、邪魔じゃないんだから」
柚乃はくすっと笑い、自分の言葉をすぐに撤回する。
「今のは冗談よ。碧斗が邪魔なわけないじゃない。碧斗が座る場所は、戸崎さん側でいい?」
柚乃は言いながら立ち上がり、カウンター脇に置いてあるスツールを取りに向かおうとした。
それを詩乃が急いで止める。
「待って、柚乃。こっちのテーブルの上はもういっぱいだから、碧斗にはリビングの方に座ってもらおう。私もそっちに移動するね」
詩乃は俺の背中にやんわりと触れながら、リビングのソファの方へと促した。
詩乃がダイニングテーブル側から離れたがっていることに気づき、俺は素直に従う。
「今、お皿と、お料理を運んでくるから、少し待っててね」
「あぁ、ありがと」
キッチンに向かおうとした詩乃に、柚乃が声をかける。
「詩乃、ここでも全然大丈夫だよ。碧斗の場所、あけられるよ」
詩乃は困ったように微笑みながら、柚乃を振り返った。
「ありがとう、柚乃。だけど、実はうちのスツールって、あんまり長い時間座ってるとお尻が痛くなってくるんだよね。だから、リビングの方がいいかな、と思って」
「なるほどね」
「あら、それならお母さんとお父さんがそっちに行くわよ」
しかし詩乃はその申し出には頷かず、さらりと笑って流す。
「大丈夫だよ」
それまで俺は黙っていたが、詩乃の援護になるのならと、口を挟む。
「俺のことは気にしないでいいよ。長居するつもりはないからさ」
「でもねぇ……」
双子の母親は、すまなさそうに俺を見た。
俺は続ける。
「それにほら、俺は割と頻繁に飯をご馳走になってるわけで、今日はお客さんの戸崎さんのおもてなしに集中してよ。って、邪魔するみたいになった俺が言うことじゃないけど」
「邪魔じゃないってば」
詩乃に加えて、柚乃と彼女たちの母親までもが口を揃えた。
「それはどうも」
照れ臭かったこともあり、俺はわざとおどけた口調で返した。
それを見て詩乃は笑ったが、俺の目にそれは、ほっとした笑いに見えた。
その後、詩乃はキッチンに行き、てきぱきと動く。リビングに戻ってきた時には、トレイの上に何品かの旨そうな料理を乗せていた。
テーブルの上に皿を並べ終えて、俺の隣に腰を下ろした詩乃は、いつになく饒舌だった。自分の箸の進みが止まりがちになるほど、俺に話しかけてくる。それは詩乃にとって、戸崎の存在から気持ちを逸らすためには必要なお喋りだったのだろう。
それから一時間ほどが過ぎた頃、戸崎が腰を上げた。俺も含めた全員に丁寧な挨拶をして、帰って行った。
柚乃が玄関まで見送りに出ていった後のダイニングで、双子の父が気の抜けたような顔をして椅子に背を預けた。
「いやぁ、なんだか緊張したなぁ」
母親の方はテーブルの上を片づけていたが、その手を止めて、くすくすと笑う。
「あら、全然そうは見えなかったけど」
「いやいや。だって、うちに来るような柚乃と詩乃のボーイフレンドって言ったら、今まで碧斗君だけだっただろ?しかも碧斗君は、小さい時から知ってる子だしさ」
「だけど、戸崎君、好青年でしょ?」
「確かにな。しかし、母さんと同郷だったんだな」
「あら、言ってなかったかしらね。でも、それもあるからかしら。なんだか親近感が湧いちゃってね」
「ま、また機会があったら、呼んだらいいよ。今度は酒有りでね。彼、飲めるって言ってたから」
詩乃はリビングのテーブルを拭きながら、両親の会話を静かに聞いていた。口元は笑みを刻んでいたが、目は笑っていなかった。
彼女の様子を気にかけながら、俺はトレイに食器を乗せてキッチンに運んでいく。
「あらっ、碧斗君。ありがとう。後は私たちがやるから、大丈夫よ」
「でも、ご馳走になったわけだから、これくらいはね」
「碧斗、ありがとう」
詩乃は俺からトレイを受け取り、礼を口にした。
それは俺の耳に、この場にいてくれてありがとうと言っているように聞こえた。
「お母さん、詩乃、それから碧斗も、ありがとう」
戸崎の見送りを終えて柚乃が戻って来た。俺たちの顔を見回しながら、腕まくりをする。
「残りは私が片づけるよ」
「じゃあ、お母さんと一緒にやりましょ。その方が早く終わるからね。碧斗君はもう帰っちゃう?なんなら、お父さんのお酒の相手でもしていく?」
帰ったら、早々に課題をやっつけなければならない。もともとそのための辞書を借りにここに来たのだ。俺は苦笑しながら断る。
「今日はもう帰るよ。じゃあ、俺はこれで。ごちそうさまでした」
俺は皆に礼を言ってリビングを出た。
ドアが閉まり切る前に、詩乃が慌てて俺を追って出てきた。
「待って、碧斗!辞書!」
「あ、そうだ。やばい、忘れるところだった」
「私のでいいよね?持ってくるから、玄関で待ってって」
「悪いな」
詩乃の後ろ姿を見送った後、俺は靴を履き、そこで待っていた。
しばらくして階段を降りる軽やかな足音がして、詩乃が戻って来た。
「お待たせ。じゃあ、これね」
俺は詩乃から辞書を受け取る。
「ホント、助かるよ。来週早々に返すから」
「うん。課題、頑張ってね」
「あぁ。じゃあ、またな」
俺はドアを開けて外に出た。そのままドアを閉めようとして、手が止まる。詩乃が着いてきたのだ。
「ん?ここでいいぜ」
「門のとこまで」
「うん?そうか?まぁ、いいけど」
好きな相手に見送ってもらえるのは嬉しい。背後に感じる詩乃の気配にやや緊張しながら歩を進め、門を出た。
「じゃあな」
詩乃はこくんと頷いた後、小声でつぶやくように言う。
「今日は、本当にありがとう」
見下ろした詩乃の顔には切なさがにじんでいた。
それを見た俺は、なぜか彼女の言葉をそのまま聞き流せないような気分になってしまう。
「なぁ、聞いていいか?」
「何を?」
「今の礼の意味」
詩乃の表情が固まった。
「だって、感謝するのは、俺の方だろ。飯をご馳走になって、辞書まで貸してもらってさ。それなのに、どうして詩乃が『ありがとう』って言うんだ?」
もちろん、その理由はすでに察している。けれど、なぜか無性にはっきりさせたいような気持ちになった。戸崎を避けようとしているくせに、時折思い出したようにちらりと彼に視線を走らせる詩乃に苛立ったせいなのか、それとも何か別の感情のせいなのか、自分でもよく分からないような混沌とした気分で、俺はあえてその問いを口にした。
俺の質問は不意打ちだったらしい。答えを探すかのように、詩乃は目を泳がせた。
俺は詩乃から目を離さないまま、続ける。
「なぁ、詩乃はあの人のこと、好きなんだろ。気持ちを伝えないままでいいのか?」
詩乃は息を飲み、次いで悲しい顔をした。
そんな表情をさせるつもりはなかったと、俺は詩乃に質問を真っすぐにぶつけたことをひどく後悔した。それに、よくよく考えれば、今俺が詩乃に言った台詞は、自分に跳ね返ってくるものでもある。俺が偉そうに言えることではなかった。
「ごめん。変なこと、言ってしまった。忘れてくれ。じゃあ、俺、帰るから」
そのまま適当にはぐらかすことだってできただろう。ところが詩乃は、背中を見せた俺に、真剣な口調で頼み込む。
「柚乃には絶対に言わないで。お願い」
「言わないよ。言うわけないだろ」
俺は肩越しに詩乃に断言した。双子の仲を壊すような真似はできないし、するつもりもない。俺にとって、二人とも大切な存在なのだから。
詩乃は安堵したように吐息した。
「ありがとう、碧斗」
「あぁ」
家に向かって歩き出そうとして、立ち止まる。振り返って俺は詩乃を真っすぐに見た。
「いつでも話、聞くから」
詩乃は驚いたように目を見開いたが、すぐにふわりと微笑み、こくんと首を縦に振った。
恐らく、失恋したてで傷口がまだ開いたままの詩乃に、今の俺が掛けることができる言葉は、それくらいしか思い浮かばない。
詩乃が戸崎への気持ちに折り合いをつける日を待とうと思う。俺が彼女に自分の想いを伝えることができるのは、まだ先のことになりそうだ。
コメント
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碧斗、優しい。詩乃がかわいそうでなりません。