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翌朝。教室の空気はいつも通りだった。
けれど、遥の内部は、どこかが確実にずれていた。
夜、日下部の部屋にいた時間。
何もされず、ただ「居場所」としてそこに置かれた事実。
それを反芻するたび、心が軋む。
(……あんなの、知らなきゃよかった)
その「知らなかった世界」が、自分の演技を壊していく。
けれど──
「……おはよう、彼氏くん」
蓮司の声は、後ろから。
背後に指を這わせながら、わざとらしく甘ったるく囁いてくる。
「昨日さ、……泣いてたでしょ? 日下部の前で」
遥の背筋が凍る。
言い返せない。
誤魔化すこともできない。
反応すれば「図星」、しなければ「肯定」。
蓮司は、笑った。
遥の無言すら、完璧な“回答”として受け取ったように。
「やっぱ、可愛いなぁ。バレてないつもりだった?」
耳元に、吐息まじりの声。
「安心してよ。俺、そういうの、嫌いじゃないからさ」
机に突っ伏そうとした瞬間、
蓮司の手が、遥の顎を指で持ち上げた。
「……なあ、どっちがホントの遥クンなの?」
「日下部に泣き顔見せてる方? それとも──俺に脚開いてる方?」
遥は、一瞬、息が詰まった。
目を伏せることすらできず、ただ見上げたまま、視線が宙を泳ぐ。
「言ってごらん。……どっちが“素直”なの?」
笑いながら、追いつめてくる。
悪意でも暴力でもない、愉悦と嗜虐を混ぜた支配。
「……どっちも、嘘だよ」
ぽつりと、遥は言った。
「じゃあ……どっちの嘘が、本当になりたいの?」
蓮司は嗜虐的に微笑む。
けれどその奥には、遥の“壊れかけの境界”が見えていた。
(俺が壊すか、日下部が救うか──その瀬戸際でおまえ、どこに立ってんの?)
遥が演技を重ね、壊れたふりをして逃げ続ける限り、
彼にとっては「もっと壊したくなる」材料にしかならない。
「……今日、放課後さ。ちょっと、遊び行こうよ。俺の“特別ルート”で」
それは、明らかな“合図”だった。
逃げられない、と分かっていての誘い。
遥は返事をしなかった。
ただ、視線の端にうっすら見えていた──
日下部の後ろ姿だけが、なぜか、やけに遠く見えた。
(……おまえは、壊れないままでいてくれ)
そう思った瞬間、
“自分はもう戻れない”場所にいることを、遥は痛感していた。