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気のせいやろか。
考えすぎやろか。
ここ一ヶ月くらいの間、俺の頭の中にはこの言葉ばかりが浮かんでいる。
わざわざ面と向かって指摘するほどの何かがあるわけではないのだが、なんとも言えない違和感というものが始終纏わり付いてくる感覚がなかなか消えてくれなかった。
得体の知れないモヤモヤが、捉えようのない透明なおかしさが、全身を擽ってくるようでムズムズと気持ちが悪い。
明確なきっかけはなかったように思う。
ただ、気付いた時にはもう、何かがおかしかった。
これは俺の相棒の話である。
つい先日、都市伝説の域を出ないような降霊術に彼と挑戦した。
嬉々とした満面の笑みを浮かべてコピー用紙を掲げた彼の名は、ラウールという。
彼は毎月、どこでどうやって調べたのか・知ったのか、というようなマイナーなグッズを持参しては俺の前に広げる。
エンジェル様と言ったか。
先月は第三者の意見を聞こうと銘打って、どちらかというとオカルトのジャンルに分類されるであろうツールを用いて霊との交信を試みた。
全ては俺たちが目指したい場所に辿り着くため。
俺たちでは到底計り知れないもの、目に見えないもの、そういったものの全てを知っているのなら教えて欲しいと、ワクワクしながら十円玉の行先を見守っていた。
これまでは、俺たちだけで解決してみようとがむしゃらに突き進んでは、その度に落胆してきたからだ。
結局、俺たちだけでは何もできなかった。
幽霊や不思議な現象を見ることはおろか、感じ取ることさえできなくて、「これでホントに辿り着けんねやろか…」と、漂流した船の上にいるような心許なさを抱えながら、俺もラウールも毎月の会合に臨んでいた。
まさかうまく行くとは思っていなかった。
ただの十円玉が声をかけただけで一人でに動き出すわけないだろう、なんて内心は思っていたのだが、なんと、それはゆっくりと、ゆっくりと動き出した。
初めは俺を驚かそうとしてラウールが動かしているのだと思ったが、そうではないらしかった。
本当に霊が降りて来てくれたのだ!
そう思い至っては嬉しくて、ついに俺たちの会合に一つの希望が見えるかもしれないと期待した。
暗闇の中に一条の光が差したような、そんな心地だった。
結果的に俺たちが一番欲しかった答えについては何も教えて貰えはしなかったが、初めての「不思議な体験」そのものに、俺たちの心は高鳴っていた。
それから日は経って、ラウールから言われていた「次は康二くんが決めてよ!」という宿題に頭を悩ませているうちに、冒頭の違和感というものが頭の中にある考え事の殆どを占めるようになった。
最早、自身に課された目先のやることになど、かまけている場合ではないのかもしれなかった。
現在時刻は昼下がりの13時54分。現在地はとあるテレビ局の楽屋の中。
収録時間までにはまだゆとりのある只今、俺たちは広いそのスペースの端っこに固まって、用意していただいたお弁当に手を付けていたところだった。
「めめ!これちょーだいっ!」
「ちょ!おい!」
談笑しながら9人全員で弁当を食べていると、突然ラウールはめめのおかずをひょいっと箸で掴み、一口に頬張った。
またか。
そう思ったのが正直な感想だ。
ここ数日のラウールは、やたらとこういう行動が多い。
自分も全く同じものが入ったものを食べているのに、わざわざ人のものを掻っ攫うのだ。
俺たち以外の方とご一緒する現場でやってへんやろな…?
とかなり心配なのだが、今のところそういった話を出演者さんやスタッフさんから聞いたことはないので、まだ大丈夫だろうと都合よく見て見ぬふりをしている今日この頃である。
一悶着はあったが、優しいめめのおかげで喧嘩になることもなく弁当を食べ終えることができた。
空になったトレーを九枚集めてからテーブルの真ん中に重ねて置いていると、阿部ちゃんがそれを手伝ってくれた。
「阿部ちゃんおおきにな!」
「いえいえ、二人でやった方が早いから」
「阿部ちゃん最近元気やんな。なんかええことあったん?」
「んー?ふふっ、そうだね。あったね」
「へー!なんがあったん?」
「ふふふ、内緒」
「えー!!なんでや!教えてくれたってええやんかー!」
「うーん。そうだなぁ…、とっても素敵な友達に出逢えたの」
「ほぇー!そらええな!最近仲良くなったんか?」
「ううん、ずっと前から友達だったの」
「おぉ?」
「俺が知る前から、俺が会う前から、俺を誰よりも大切にしてくれる、そんな優しい子がいてくれてたってことに、つい最近気付いたの」
「なんや難しい話やな。でもええね、相棒みたいなもんってことやんな」
「うん。ふふっ、恥ずかしがり屋さんなのか、自分の中にしっかりルールがあるのか、全然顔見せに来てくれないんだけどね」
「でも大切にしてくれてんねやろ?健気やなぁ、ええ子やわ」
「そうだね、ふふ。大好きなの」
「その子も阿部ちゃんがそう思てくれてて幸せやろな」
「そうだといいな。直接は会えないから心の中でその子に想うの、「いつもありがとう」って」
「そういう友情もあんねやなぁ、なんやちょっと羨ましいわ」
「康二もラウールと仲良いじゃん」
「せやで!ラウは相棒やねん!」
「うん。俺から見ても、二人には特別な何かがあるんだろうなって思うよ」
瞬間、ギクッと心が強張って、ピシッと体が固まった。
俺とラウールの秘密の会合に、内に秘めていたこの気持ちに、いよいよ気付かれてしまっただろうかと内心焦ったが、「こういうご縁というか絆みたいなものって、ずっと大切にしていたいね」と阿部ちゃんは微笑むだけであったので、ホッと胸を撫で下ろした。
「亮平、片付けありがと。スタジオ行こう…?」
「あ、蓮。うんっ、行こっか!」
寂しそうに萎れる犬のような顔をしためめが、こちらへ近寄って来て阿部ちゃんに声をかけた。
ここ最近、「倦怠期通り越して氷河期か?」と思わずにはいられないほどにめめと距離を取っていた阿部ちゃんだったが、どうやらその蟠りは解けたらしい。
幸せそうに顔を綻ばせる阿部ちゃんは、めめと手を繋いで楽屋を出て行った。
俺もそろそろ移動しようかと二人の後に続いて歩みを進めていくと、彼らの会話がふと耳に入ってきた。
「康二となに話してたの?」
「ふふ、あの子のこと」
「そういえば、もう二ヶ月くらい経つね。あれから会えた?」
「ううん、全然。舘様にお願いしたら会わせてもらえそうだけど、なんだかそれはあの子の気持ち?頑張り?に水差しちゃいそうでさ」
「あー、確かに。俺の方はそうでもないかも」
「えっ!蓮の子会いに来てくれたの!?」
「いや、顔見せてくれたわけじゃないんだけど、一人でいる時に物音したり、なんか困ったこととか考え事してる時とかに、いいアイデアとかコメントとかがパッと閃いたりするんだよね」
「蓮の役に立ちたいんだろうなぁ。あの子、ホントにわんちゃんみたいだったもんね。ふふ、可愛い」
「むぅ…、…俺は…?」
「んふふっ、そうやって、我慢しないでなんでも言ってくれるようになった蓮は、もっと可愛い」
「!! 亮平…!好きっ…!」
「ふふ、俺も好きだよ」
「もうスタジオ着いちゃうね。はぁ…まだくっついてたい…」
「だぁめ。続きはお家でしよう?」
「うん…」
「俺も足りないから、いっぱいにして…?」
「〜っ、ぁ、ぅ…、…はい…っ…」
「あの子」とは誰のことだろうか?と考えているうちに、ついつい二人の会話に聞き入ってしまっていたが、気付けば目の前の彼らは、公衆の面前でかなりギリギリのラインを攻めてイチャついていた。
彼はこんなにも恋愛に、更に言うなれば色事に関して積極的だっただろうか?と首を傾げるほどに、阿部ちゃんは艶かしい雰囲気を湛えてめめを上目に見つめている。
一方のめめはと言えば、誘惑するように艶やかに光る阿部ちゃんの瞳に見つめられると、タジタジと視線を彷徨わせながらも嬉しさを全身に滲ませて身悶えていた。
「色気のあるバカップル」
二人を眺めながら、思ったままのネーミングを遠慮会釈なく付けてから、そのまま二人の後を肩をすくめるような気持ちで着いていった。
収録が終わり楽屋に戻ってくると、中には異様なものがあった。
異様?いや、異形…と言うべきだろうか…?
「降ろせって〜ッ!」
「きゃはは!!ちっちゃーいっ!」
俺よりも先に帰って来ていたラウールが、 さっくんを抱き上げて辺りをグルングルンと回っていたのだ。
子供をあやすかのようなその戯れを、彼はなぜしようと思ったのか。
それを全くといっていいほど思い計ることができなかった。
しかし、どこかこの光景を懐かしく思う自分がいた。
前にどこかでこんな場面を見たような気がするのだ。
それは現実に起こったことだったのか、それともーー。
そばにいたしょっぴーは、呆れたようにその光景を眺めつつ、苦そうに顔を歪めていた。
「もー!急になんだよー!んははっ!」
さっくんは楽しそうに笑っていたが、しばらくすると耐えきれなくなったようにしょっぴーが立ち上がった。
「おい、そんくらいにしとけ」
「えー。……やだっ!!」
「は?おい、ふざけんなよ。佐久間離せ」
「やだよーっだ!」
「なんでだよ!!?」
「楽しいんだもん!しょっぴーこそ、なんで僕の邪魔するの?」
「はっ?!…ぃ、いや…別に…」
「じゃあいいじゃん!僕、佐久間くんと遊びたいの!」
「やめろって」
「しょっぴーに止める権利ないもーん」
「くっ!………の…ッ…」
「へ?ごめん、今なんて言ったの?」
「〜ッ!だから!佐久間は俺のだから!触んな!!」
突然のしょっぴーの大声に、俺はもちろんのこと、ラウールも驚いたように目を丸くした。
しかし、一番驚いていたのはどうやらさっくんだったようで、「へ…?」と間抜けな声を出した後、「…にゃぷ…」と独特な鳴き声を発してから真っ赤になった顔をラウールの胸に埋めた。
その仕草にショックを受けたのか、しょっぴーは「んなッ…!?」と愕然として、白いその顔を更に真っ白くした。
ラウールは「うーん…」と唸ると、未だ自身の胸にへばりついていたさっくんを床へ降ろした。
「もー、そこまで言うならしょうがないなー。返してあげる」
「ったく、ガキじゃあるまいし、いい加減にしろよなっ…」
「えへへっ、そんなに怒っちゃって、変なのー!」
怒られているというのに、こんなにヘラヘラしているラウールは珍しい。
普段からいい子な彼は、口は悪いが怒られるようなことはしない。
これはどうしたことだろうか。
「うっせ。俺の勝手だろ。佐久間帰るぞ」
「えっ、あ、うんっ…、」
しょっぴーはさっくんの手を引くと、逃げるように急ぎ足で歩いていった。
「しょ、しょうた、ありがと…」
「べ、別に…。見ないフリも、気持ち隠すことも、もうしねぇって決めてただけだから…」
「んへへ…。あ、今日ご飯どうする?」
「そうだな…、夜飯にパンってのもいいんじゃねぇか?久しぶりにあん時みたいな、かったいフランスパン食いてぇ」
「にゃははっ!マジ懐かしいね!俺たち毎日パン食べてたよね!買って帰ろっか。ワインも買ってく?」
「お前すぐ酔うからだめ。せっかく早く帰れんだから、シラフのお前とゆっくりいろんなことする」
「〜っ、…ずる…」
「るせ。ボケっとしてた分相殺してぇんだよ」
俺の横を通り過ぎる間際に聞こえた二人の会話は、なんとも穏やかなものだった。
デビュー前は二人でずっとパンでも食べていたのだろうか?と思ったが、当時の彼らはそんな過去があるようには思えないほどには距離が遠かったように記憶していた。
いつの間に一緒に食事をするのが当たり前になったのだろうと首を傾げたが、手持ち無沙汰になったラウールに声をかけられると、そんな疑問は雨に洗い流されたように跡形もなく消えていった。
「ねぇ康二くん、今日はもう終わり?」
「おん、もう帰ろ思てたで」
「じゃあ一緒にご飯食べようよ!最近してなかったし、作戦会議しよう!」
「おおええね!なん食いたい?」
「野菜食べられるところ!」
「アバウトやな!なんの野菜や!」
「セロリ!セロリ食べたいのっ!」
「…はッ!?」
さっきも言った気がするが、もう一度言わせてもらおう。
これはどうしたことだろうか。
確か、ラウールはセロリが嫌いだったはずだ。
それに、普段なら即座に唐揚げと言うであろうこの子が、真っ先に野菜を食べたいだなんて、何があったのだろう。
ファッションショーでも控えていて食事制限をしているのかと思って先を促したが、よりにもよって自分の苦手な食べ物を選ばなくてもいい気がするのだが…。
「……ホントにセロリでええんか…?」
「うん!セロリがいい!」
「ほうか…、ほんならバーニャカウダでも食えそうなとこ探そか。それともスーパー行って俺ん家で作るか?」
「康二くんのお家がいい!」
「おっしゃ、ほな行こか」
「はーい!」
翌日、俺は一人考え事に耽った。
昨日はなんとも言えない気持ちを抱きながら、ラウールと夜ご飯を食べた。
嬉しそうに苦手な食べ物にかぶりつくラウールを末恐ろしく感じながら、胡桃ソースに浸した野菜をちびちびと齧っていた。
あれはなんだったのだろうか…。
ラウールの様子がおかしい感じはするが、そう結論づけるにははっきりとした根拠は何もなく、この直感は感覚的過ぎていて、ぼんやりとしていた。
彼の味覚が変わっただけなのかもしれない。
セロリ嫌いを克服したのかもしれない。
そう考えれば説明はつきそうだったので、わざわざ言及はしなかった。
「なんやったんやろなぁ…」
そう独り言ちていると、楽屋のドアがキィ…とゆっくり開いた。
突然の物音にビクッと体を跳ねさせてからその方を見やると、ふっかさんと照兄が部屋に入ってきていた。
今日はこの三人で仕事をする。
実はこの日を密かに楽しみにしていた。
「おはよーさん!」
「おー、康二早いな、おはよー」
「康二おはよう」
「今日のロケ楽しみやったんよ!」
「へー、珍しいね。この手のロケを康二が楽しみにしてたなんて」
「まッ、まぁ!俺も大人んなったってことや!」
「いつもみたいに泣くなよー。…つか、照も大丈夫そ?」
「? なにが?」
「なにがって、だって今日のロケ地あれっしょ?…心スポ」
そう、今日はこの三人で心霊スポットに行くのだ。
正直なところ、まだ行ってもいないのに既に帰りたくて帰りたくて仕方がないが、いい機会だとも思っていた。
私情しか挟まってはいないが、この仕事は後々の役に立ちそうな気がしていた。
まず一つ目に、幽霊をこの目で見られるかもしれない。
二つ目に、不思議な体験ができるかもしれない。
そして三つ目に、ラウールから出された宿題に良いヒントがもらえるかもしれない。
俺には霊感なんてものはないし、元来怖がりな性格なので、この手のことはからっしきだった。
とあるきっかけがあって、ラウールと【超常現象探求クラブ】なるものを発足したが、内心はいつだってビビり散らかしていた。
これまでも、ラウールとはいろいろなことにチャレンジしてきた。
先月のエンジェル様やタロットカードに始まり、果てはネットで調べたおまじないの類にも挑戦した。
そして、心霊スポットにも時折足を運んできた。
仕事で曰く付きの場所を訪れるのは初めてだったが、ラウールとは何度もそういった場所に行っていた。
都内ですぐに行けそうなところをネットで調べ、仕事終わりに車を走らせては目的地を気の済むまで散策してから俺の自宅に二人で戻り、夜を明かしてまた仕事に行く、という生活を月に一回繰り返してきた。
確か、去年の夏頃からこの取り組みは始まったと記憶している。
振り返ってみると相当な日数が経っていたなと気が付いて、急に気恥ずかしくなった。
俺ら、ぞっこんやん…っ…。
俺たちのこの気持ちの先にいる人物の顔を思い浮かべると、途端に頬に血が通って、全身から汗が出てきそうな錯覚を覚えるほどに暑くなった。
照兄はふっかさんの心配するような言葉にしばしの間考えるような素振りを見せてから、明るい表情をこちらに向けた。
「うん、大丈夫。俺にはふっかがいるから」
「すげぇ盾にしようとしてんじゃん!?」
「あ、いや、そうなんだけど、そうじゃないっていうか…」
「え、なになに、どういうことよ?」
「なんでもないのっ!とにかく!ふっかがそばにいてくれるから、俺は大丈夫なの!」
「なんだそれ…、ったく…っ、」
「ぃひひっ、俺と舘さんだけの秘密ー」
「まぁ心スポつっても、特になんも起こんないっしょ。いつも通りやろうぜー」
変に濁した話し方をする照兄に呆れたようなため息を吐きながらも、ふっかさんは満更でもなさそうに顔を綻ばせていた。
全員が揃っているかを確認しに楽屋まで来てくれたスタッフさんの後を追って、移動用のワゴン車へと向かった。
テレビ局の廊下を歩いている時、ふと聞こえた照兄の不満げな声が耳に残った。
「お前にも会いたいんだけどな。…今日会えたりするかな。また夏が来ちゃうよ?そろそろ帰ってきなよ………ふっか…」
ふっかさんなら、ちゃんとここにいるではないか。
そう思ったことは、なんだか口に出さない方がいいような気がした。
現場にはアナウンサーの方と、かなりトンチキな格好をしたおばちゃんとが待機していた。
「おはようございまーす」とスタッフさんも含めてこの場にいる皆さんへ挨拶をした後で、この後の流れについての説明を受けた。
アナウンサーの方は、周っていく箇所の説明や曰くについて解説をしてくれるそうだ。
基本的に中に入っていくのは俺たちだが、緊急事態に備えて霊媒師の先生をスタッフさんが呼んでくれていたそうで、そういうわけでおばちゃんははここにいてくれていたそうだ。
本家本物の霊媒師を前に、俺は妙な感動を覚えていた。
仕事が終わった瞬間いろいろなことを質問したい、なんて願望が湧き出してくる。
言うなれば、このおばさんが居る領域に俺たちも行きたいのだから、どうしたらそうなれるのかとか、どうしてその道に進んだのかとか、何でもかんでも聞きたくてうずうずしていた。
早速一つ目の心霊スポットに照兄とふっかさんとで足を踏み入れ、およそ室内とは呼べないほどに朽ち果てた家屋の中をゆっくりと見て回って行った。
アナウンサーの方によれば、この家は近くで残酷な殺人事件が起こってから人が居つかなくなり、いつの間にか廃れてしまった集落の中の最後に残った建物だという……。
「なんでここだけ建物残ってんだろうね」
「わかんないけど、古い家から順番に壊れていっちゃったのかもね」
「やっぱ雰囲気あるなぁ…」
夕方からテレビ局を出発して、ここに到着した頃にはあたりはもうすっかり暗くなっていた。
闇の中で見るボロボロの木造住宅は、なかなかに怖い。
壁紙は剥がれ落ちており、そこかしこには穴が空いていた。
辛うじて歩ける場所には大体ビリビリの布か新聞紙がぐちゃぐちゃに散らばっていて、歩みを進めるたびに、ギシ…ギギィ…と腐りかけの床板が軋む音がした。
先ほどスタッフさんから説明された通りに、居間だったのであろう開けた場所で足を止めた。
ここで十分程度待機し、霊障をカメラに収めてきてほしい、ということだった。
期待しているとはいえ、やはり怖い。
何かが出てきたらと思うと、自然と呼吸は浅くなった。
「特になんも起きなさそうね」
「そうだね、…っ!?ぅわぁー!!」
「ッ!?照兄なんやァ!なんやの!わあ“あーッ!」
「でっかいクモいたのっ!!」
「なんやクモかいな!!驚かさんとって!」
「だっておっきかったんだもんっ!!」
「クモよりお化けん方が怖いわ!はぁ…もう……ぇ…?」
照兄の大声の元凶が大したことはなかったと安心したのも束の間、直後俺の目は何かを捉えた。
暗くてよく見えないが、遠くの方で何かが蠢いている。
なんやあれ…?
前のめりになって目を凝らすと、どうやらゆっくりとこちらに向かって、誰かが歩いてきているとわかった。
怖いと思う気持ちが強くなっていけば居ても立っても居られず、二人の肩を激しく叩いた。
「ちょ、ちょちょ、ちょ、だっ、誰かおる…!こっち来てるッ!」
「えッ!?うそ!?どこ!?」
「んー?どこよ」
「あそこや!ちょっとずつ近付いて来てん!!」
「マジじゃん!え、うそ、あんなハッキリ見えることある?」
「ほんとだ…!え、女の人…?」
「わからん……って、あれ…?消えた…、なんで!?なんで消えたん!?」
「あれ…いなくなってるね…」
「見間違いだった?」
先程までそこにいたはずの何かが、突如跡形もなく姿を消した。
パニックに陥った頭では落ち着けるわけもなく、その場で照兄とふっかさんにしがみついた。
ふっかさんはともかくとして、お化け屋敷が苦手だったはずの照兄も落ち着いてるのが不思議だった。
「なんで二人ともそんな落ち着いてるん!?」
「いや、俺お化けとか信じてないし」
「俺もいっぱいお化け屋敷行ったり、ちょっとしたことあったりで慣れちゃったから…でも怖くないわけじゃないよ」
「温度差えぐいて!もっと一緒に叫ぼうや!声出したら怖くなくなるかもしれへんやろ!?」
俺一人だけが喚いている状況に、焦燥感が募っていく。
腕を目一杯に振って、この摩訶不思議な状況を分かち合おうと捲し立てた。
またどこからか現れるかもしれない。
警戒するように辺りをキョロキョロと見回していくと、先程見た場所の真反対側にあの人影を見つけた。
それは、俺たちの目と鼻の先まで迫って来ていた。
「ぁ、ぁ、ぁッ、ぁ“ああーッ!?そっ!そこ!そこおる!」
「ぅわ!めっちゃ近いじゃん!」
「うそ!!え!ちょっとずつこっち来てるよ!」
「もう出ようや!これホンマにやばいて!!」
「もう十分経ったよね!?行こ!」
「確かにやばいかも、出よ!」
一歩一歩ゆっくりと近付いてくるそれから逃げるようにして、三人一列になって入ってきた通路を駆け抜けた。
アナウンサーさんと霊媒師のおばちゃんが待っていた場所まで辿り着くと安心感から足がもつれ、その場に倒れ込んだ。
「ホンマに無理やってぇ…っぐすっ…」
「あれは怖かったね…一回消えたってことはやっぱり本物の幽霊だったのかな…」
「わっかんねぇけど、何事もなく戻って来れてよかったわ」
俺たち以外に生身の人間がいると実感した安堵やら興奮やらで、自然と涙が溢れた。
一応はカメラの前なので怖がるようなリアクションだけを前面に出したが、「やっと幽霊をこの目で見ることができた」と嬉しくもあって、この雫には様々な感情が混ざり合っていた。
「皆さん…どうでしたか…?」
おずおずといった様子で、アナウンサーさんが問いかける。
「ホンマに怖かった…!アカン…あれ死ぬで…」
「マジでハッキリ見えました」
「初めて幽霊見ました」
俺たちの言葉に、アナウンサーさんは驚いたように口を手で押さえながら感嘆した。
「えーっ!ほんとですか!?…先生、これは…」
「ええ、念の為ですが除霊した方が良いでしょうね」
「えっ…、俺ら取り憑かれてしまってるん…?」
「…いえ、禍々しい気配は感じられません。安心してください。念の為、ですよ」
「ぅわぁ…ほんならよかったわ…」
「では、皆さんそこに座っていただいて、目を閉じ、顔を俯かせてください」
霊媒師のおばちゃんに促されるままに地面に腰を下ろし、目を瞑った。
彼女がボソボソと呟くお経のようなものを上の空で聞きながら、次々に浮かんでくる考え事に耽った。
お祓いされるんなんか、初めてやわ…。
ええ野外研究やったわ。
これはまさに超常現象やな。
帰ったらラウに報告や。
にしても、次の会合ん時どないしよか。
今日改めて思ったけど、幽霊に聞きたいこと聞けるわけでもないやろし、心スポはもう行き尽くしてしまってるから、流石にネタ切れやな…。
うーーーーーん…。むずいで。
あ、霊媒師の人に交霊頼むゆうん、えんちゃう?
そんならエンジェル様より知りたいこと教えてくれるかもしれんし。
ラウに相談してみよか。
「…皆さん、お疲れ様でした。目を開けてください」
体感としては五分くらいはありそうな長い読経が終わった。
声のする方へ顔を向けながら目を開くと、そのおばちゃんはお祓いに使うハタキのようなものではなく、コミカルなポップが印字されたプラカードを俺たちの眼前に掲げていた。
「ドッキリ大成功」
そこに書かれた文字を見た瞬間、俺はいつものように声を上げた。
「ぅわ!!!ホンマに!!もうっ!!」
結局、今日のこのロケは毎度お馴染みの、あのイタズラ番組が企画していたものだった。
「なんだ、ドッキリだったのか…」と帰りのワゴン車の中で、一人落ち込んだ。
あの場所は心霊スポットでもなんでもなく、肝試しや怖い体験をしたい人向けに改築をした建物だったそうで、しっかりと管理人もいたし、なんならマニアの間では人気の施設だったそうだ。
「リアルなお化け屋敷」というのが、コンセプトらしい。
そこにエキストラで入ってくれた女性が二人、俺たちを挟むようにスタンバイし、交互に俺たちの前に現れては徐々に距離を詰めてくる…という流れだったと、後々の説明で教えてもらった。
アナウンサーの方も、霊媒師のおばちゃんも、みんな仕掛け人だったのだ。
またやられた…と悶々する気持ちもあったが、それ以上に悔しさの方が勝っていた。
初めて超常現象を目の当たりにできたと思うたんに…と落胆しては、いじけたようにむくれた。
「はぁ…、そんな上手い話、そうそう転がってへんか…」
やるせなさをため息に乗せて吐き出し、目で追えないほどの速さで移ろいでゆく高速道路の照明をぼんやりと眺めた。
深夜に起きていることは仕事柄珍しくはないが、この時間帯は 小腹が空く。
何かあったかなとポケットの中をまさぐった。
特にお腹を満たせるようなものは何も入っていなかったが、代わりに小さな紙が指先に触れた。
その感触に、数十分前の記憶が呼び起こされた。
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「あなた、どこに行ったの」
撮影がひと段落してカメラが止まった後、あのおばちゃんは唐突に俺にそう問い掛けた。
聞かれていることの意味が分からず「え?」と返すと、おばちゃんはこちらへ真剣な眼差しを向けた。
それはどこか、鬼気迫っているように感ぜられた。
「あなたの持つ何かに強く惹かれているわ。すぐそばにいる。気に入られてしまっている。そう簡単には引き剥がせない」
「は、はぁ…」
「あたしはまだ名前が売れてないから信じてもらえないかもしれないけれど、言っておくわ。早くどうにかしないと取り返しのつかないことになるわよ。これ、一応渡しておくわね」
そう言って渡されたのは、名刺だった。
真っ黒い台紙には、おばちゃんの名前と住所、何かのサイトのURLが書かれていた。
色のせいなのか、ドッキリの後だから彼女のことを本物とは思えなくなっていたせいなのか、全てが胡散臭く思えた。
とはいえ、この退屈な移動時間の暇つぶしくらいにはなるかとスマホを開き、おばちゃんの名前を検索してみた。
検索欄の一番上にあった見出しをタップして手作り感満載のホームページを見たり、また戻って口コミを自由に書き込めるWebページをスクロールしたりした。
彼女が霊媒師として働いているのは、どうやら本当らしかった。
口コミの文章を信用するならば、腕は良いようだ。
おばちゃんの言っていたことを加味してみると、今日の仕事はなかなかにキツいものがあっただろうと思われた。
誇りを持っている仕事に対してドッキリという形で呼ばれてしまっては、巡ってきた貴重なメディアへの露出といえども、最終的には「ただのおばちゃん」という肩書きで視聴者の印象に残って終わってしまうだろう。
プライドだって傷付くだろうに、それでも出演してくれたあの人の心の広さを感じては胸が詰まった。
あ、そういえば…。
もう一つ、やはりこの人は本物だったのだろう、と言えるかもしれない出来事を思い出した。
それぞれの車に乗り込む間際、おばちゃんは何故かしょぼくれている照兄に声をかけていたのだ。
「あなた、もう探さなくていいのよ」
「へ…?」
「あなたが想うモノは、しっかりとあなたのそばにいてくれているわ」
「…ほんとですか…!?今どこにいるんですか?!」
「それはあなたが一番よくわかっているでしょう。大切なのは、目に見えることじゃないわ」
「ひかるー!早く帰ろうぜー!録画しといたテレビも見たいし、最近買ったゲームも一緒にやりたいー!今帰ったらちょっとぐらいはできんべ!」
「…ぃひ、やっぱあそこにいたか」
「ええ。あなたがここに来た瞬間からあなたと彼のこと、ずっと守ってたわ。それこそ、あたしみたいな仕事をしてる人なんか必要ないんじゃない?ってくらいの勢いで、周りにいたモノ全てに威嚇してね、ふふっ」
「んはははっ、ありがとうございます」
「あんなに強い気持ちを向けてもらえることなんて、そうそう無いわ。大切にしてあげてね」
「はい、一生離しません。何があっても、絶対に」
「あらあら、あなたも大概ね」
おばちゃんと照兄は初対面のはずだろうが、やけに通じ合った会話をしていた。
照兄にとってその話は全然素っ頓狂なものではなかったようで、おばちゃんの話に真剣に聞き入っていた。
その最中、早々にワゴン車に乗り込んでいたふっかさんに呼びかけられると、納得したようににんまりと笑っていた。
:
:
:
照兄とふっかさんといい、さっくんとしょっぴーといい、めめと阿部ちゃんといい、どうやらそれぞれに何かしらの事情があるようだ。
普段から睦まじくやっている彼らの間に立ち入るのも野暮だろう。
羨ましくはあるが、俺は俺にできる努力をしようと気持ちをもう一度奮い立たせた。
次の会合んときは、あのおばちゃんとこ、ラウと行ってみよか…。
出されていた難しい宿題にケリをつけると、窓枠に肘をついてもたれ、忙しく変わっていく外の景色にもう一度視線を戻した。
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それぞれのペアが色んなお話から繋がってきててなんか読んでてすごく楽しい✨✨