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重い足を引きずるようにしてなんとか自宅へと帰って来た俺は、未だ整理のつかない頭のままベッドへと腰を下ろした。力無く項垂れた頭をゆっくりと持ち上げると、虚な瞳で目の前にあるテーブルを眺める。
本来の目的を果たすことなく埃を被り始めた、そこに置かれた一通の封筒。俺はそれを手に取るとボンヤリと見つめた。
彼女と別れた翌日に玄関ポストに入っていた、宛名だけ書かれたこの封筒。以前にも何度か手紙を貰ったことがあった俺は、この封筒が彼女からのものだとすぐに気付くと、開封することなく一カ月以上も放置していた。
もしかしたら、この手紙をもっと早く読んでいたら──あるいは彼女が自殺するという未来は変えられたのかもしれない。そんな考えが頭をちらつき、気になった俺は今更ながらに封筒を開いてみた。
『約束だよ』
意を決して開いた紙に書かれていたのは、たった一言だけの短い文だった。
それを見た瞬間に罪悪感より不気味さが勝った俺は、手紙を投げ捨てると小さく声を漏らした。
「なんだよ……、これ……っ」
明らかにペン以外のもので書いたような、不恰好な赤い文字。
(まさか……っ、血……?)
常軌を逸した彼女の行動に背筋を凍らせると、手紙をゴミ袋へと入れてすぐさま外へと飛び出す。
一刻も早くこの手紙を処分したい。そう思った俺は、ゴミ捨て場へと向かうと勢いよくゴミ袋を投げ捨てた。
(約束って、一体何のことだよ……っ)
息の上がった呼吸を整えながら踵を返すと、自宅へと戻ろうと再び歩き始めた──その時。
見覚えある姿を視界に捉えると、俺は一気に階段を駆け上がった。
(なんで……っ、なんでアイツが……っ!)
間違いなく今目にしたのは、死んだはずの莉子の姿で。一瞬にして恐怖の頂点に達した俺は、バクバクと鼓動を早めた。勢いよく玄関扉を開くと、閉じた扉に背を預けながらハァハァと肩で息をする。
暫くの間その場から動くことのできなかった俺は、ようやく落ち着き始めた呼吸を整えるとふらつく足元で一歩前へと踏み出た。どうやら、途中で脱げてしまったらしい片方のサンダル。それに気付いた俺は、汚れた片方の靴下を脱ぐと玄関から室内へと足を踏み入れた。
──次の瞬間。
纏わりつくような重い空気が部屋中を充満すると、俺の全身から吹き出すような冷や汗が流れ出た。
(何か……っ、いる──)
そう思った次の瞬間、俺の耳元でおぞましい程の不気味な声が響いた。
『迎えにきたよ』
─完─