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本気で驚いている様子の美琴へ、真知子が「ああ、言ったことがなかったか」と苦笑いする。いつか頃合いを見てと後回しにしていたら、何をどこまで話したかが分からなくなると笑って誤魔化していた。
「この人とは私がまだ娘だった頃からの付き合いでね、あやかしのことで困った時に助けて貰うことが多い」
「いやいや、最近はほとんど頼って貰えなくなったけれどね。私なんてもう、用無しって訳だ」
真知子の説明を山峰は豪快に笑いながら打ち消す。祓い屋ではないみたいだけれど、あやかし関連のことを生業にしている人だから視えるのかと、美琴は勝手に納得した。視えるようになって日が浅いから、まだまだ知らないことだらけだ。
と、美琴の背後に隠れるようにしていた子ぎつねが、ブルゾンの裾をくわえて引っ張ってくる。
「――あ、そっか。ゴンタと散歩に行くつもりだったんだった。行ってきます」
「ああ、気をつけていくんだよ」
「はーい」
予定外の寄り道に、待ちきれない妖狐が急かしてきたと思い、美琴は山峰に向かってぺこっと頭を下げてから、慌てて玄関へと向かう。そうでなくても今日は散歩に出るのが遅くなってしまっているのだからと、ゴンタに「ごめんごめん」と謝った。普段はお喋りな妖狐が、なぜか今日はやたらと静かだと思いながら。
もうすっかり暗くなった外の通りは、駅前に近付いていくほど賑やかになっていく。チェーン店の居酒屋が入ったビルも多く、ゼミやサークルの飲み会らしき集団が店の前で集まって騒いでいたりする。そんな人通りの多い場所は避けつつ、美琴はゴンタの散歩コースを辿っていく。
順路は児童公園を通り抜けていったり、河川敷を走ったりと犬の散歩みたいだけれど、時には得意げに塀や屋根の上へ軽々と飛び乗ってみせるところは身軽で俊敏な妖狐ならでは。
登っていたブロック塀からトンと飛び降りた後、ゴンタが美琴のことを見上げながらふぅっと溜め息交じりに聞いてくる。
「あの爺さんって、よく来るのか?」
「え、山峰のお爺ちゃんのこと? そうだねー、数か月に一度くらいだけど、お婆ちゃんの友達の中では一番よく見かけるかな」
「げ、数か月ごと……」
ふるふると首を横に振って、子ぎつねはうんざりという表情になる。いつも朗らかな山峰の何が苦手なのか、美琴にはさっぱり分からない。長居されるのを毛嫌いする真知子も彼が来ると露骨に機嫌がいいし、あの家にとって山峰は数少ない歓迎される客だ。
美琴はスマホを耳に当て、通話しているフリをしながら横を歩くゴンタへ聞き返した。
「なんでそんなにお爺ちゃんが苦手なの?」
「なんでって……あんなの、平気なあやかしの方が少ないぞ! 大体、山守りでもある大天狗が、なんでこんなところまで降りて来てんだよ⁉」
「はぁっ⁉ 大天狗⁉」
「まさかお前、気付いてなかったのか……?」
ハァっと呆れが混じった溜め息を吐いて、ゴンタが憐れむような眼をして見上げてくる。あやかしのことを知らなさ過ぎだと、軽くバカにされている気分だ。否、知らないことが多い自覚はちゃんとそれなりにはあるし、そのせいでアヤメ達から怒られっぱなしだった。
「いや、だって……普通にヒトだと思ってたし。あ、でも、ツバキさんのこともずっと気付いて無かったもんね、私……」
人化していても占い師のマリーみたいに分かり易い目印があれば流石に気付く。猫又のツバキのように完璧に人に変幻されていると、さっぱり見分けることができない。幼い頃からお爺ちゃんと慕っていた山峰もまた、あやかしが姿を変えた存在だったとは……
今日は朝からいろいろあり過ぎて、完全にキャパオーバー気味だ。
「天狗……。っていうか、山守りって何? あのお爺ちゃん、普段は山に住んでるの⁉」
電車で何駅か先にある低い山だろうかと思ったが、ゴンタにそこは違うと訂正される。天狗、それも大天狗が治める山は、もっと大きくて奥深いところにあるのだという。そんな遠いところにいるはずの大あやかしと、真知子がどうやって知り合ったのかも気になるところだ。
「住んでるっていうか、統治してるっていうか……とにかくあの爺さんに睨まれたら、容赦なくかくりよへ追い帰されるって話だ」
『かくりよの門番』それが山峰の通り名なのだという。この現世で好き勝手な行いをしたあやかしは、大天狗の裁きにより元の世へと強制的に戻されてしまう。あやかしからすれば、別に後ろめたいことがなくても、喜んで関わりたい存在ではない。
「ふーん、そうなんだ」
幼い頃から抱いていたイメージとはかけ離れ過ぎていて、あまりピンとは来ない。でも、豪快な笑い方や、寛容な雰囲気なんかは天狗っぽいと言えばそうかもしれない。そして、呼び名を持っているということは、山峰が大物に分類されるあやかしだという証拠。
大天狗には他のあやかしをかくりよへ帰す力があるということは、今回は康之の家にいた二体のことを祖母は相談しているのだろうか。あのあやかし達がもう辛い思いをしなくてすむようにと、美琴は心の中でそっと祈った。